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第30話 旅立ち

 馬車の荷台に私とエルとルナが乗り、御者はゴルデスマンさんがしてくれている。

 そんな中で私はみんなに伝える。


 私はエルたちを呼ぶただのエサでしかないこと、私を助けたエルたちは獣人を匿っていると難癖をつけられてしまうかもしれないこと、手薄になった城に攻め入りアルを暗殺しかねないこと……。


「確かにその可能性はありそうですね」

「ガイアスならやりかねんな。急ごう」


 二人は至極冷静な対応で、ゴルデスマンさんは手網を思いっきり引っ張り馬のスピードをさらに上げた。

 お尻の負担も配慮して欲しいものである。

 ルナはそのことが分かっているからか私に黒尽くめから剥いだあろう布を綺麗に包んで簡易的なクッションにしてくれて私に手渡してくれた。

 何処の馬の骨が着ていたのか分からなかったが、背に腹はかえられぬ、よく見て綺麗な部分を上にして座ることにした。


「僕の方は大丈夫ですが、兄さんが……」

「今は心配しても仕方ありません。アル様は私と同等くらいにはお強いのでそうそうやられるとはお考えられません」


 心配するエルに向かって、ルナは隣に寄り添い、震えるエルの手を握りしめていた。


 アルがルナと同じぐらい強いだなんて初耳なんですけど!?

 もしアルもルナのように受け流したり引き寄せたりする剣技を使えるのならば心配するだけ損であろう。


 それよりも問題はエルなんだよね。

 私が獣人ではない、と主張はしているものの、それはあの民衆みんな信じているのか分からない。

 そこについて私は一切触れてこなかったし、エルたちも話そうとはしてくれなかった。

 あの中に居た人間が私を連れ去った可能性も捨てきれないのだ。


 ……やっぱりそろそろ頃合なのかな。


「ルナ、私が付けていたブレスレットを持ってきてたりしますか?」

「御座いますよ」


 なんて出来たメイドさんなのでしょうか。

 彼女の要領の良さには感服させられてばかりだ。


 ルナからブレスレットを受け取り、私は決意を固め、話し始める。


「……ルナ、エルを頼みます。ヒックさん、聞こえますか? そちらに向かいたいのですが」


 私の声に反応してブレスレットに付いている宝石が一つ光り、あっという間に馬車の荷台ではなく、一昨日見たワンルームの部屋に居た。


「ごめんね。全部聞かせてもらってたよ」


 カップにミルクを入れ、私に手渡しながら謝られる。

 申し訳ないと思っているからか、カップを持っていない手は後頭部を抑えていた。


「ありがとうございます。聞いてて大丈夫です。むしろ聞いていて欲しかったですし」

「そう? それでマリアちゃんはどうするの?」


 いつものにこやかな表情で訊ねられる。

 きっと私が何を言うかもう分かっているはずだ。

 一度ミルクを飲み、心を落ち着かせる。


「私を王都に連れて行ってください。お金はありませんが……一生懸命ヒックさんの元で働きたいです!」


 両手でカップを持ちながら私は必死に訴えかける。

 すると、ヒックさんは予想通りだったのか、クスクスと笑いながら話し始めた。


「言うと思ったけど、ボクの元で働かせる訳にはいかないかな」

「どうしてですか!」

「理由は三つ。一つはまだマリアちゃんは未成年なこと。そのブレスレットの宝石はね、はめている人の年齢が分かる魔石を使っているんだ」


 ヒックさん私の付けているブレスレットの宝石の一つを人差し指でツンっとつつく。

 すると目の前には自分の名前と年齢が浮かび上がっていた。

 結果は"マリア・スメラギ、十四歳と二ヶ月"どうやら私の見立ては間違いではなかったようだ。

 だがそのせいで、私はヒックさんの元で働くことが出来ない。


「二つ目、ボクは王都に居ることも多いけど、こうしてグラダラスに出張をすることもある。だからそんなマリアちゃんを働かせる訳にはいかない」


 確かに最もな理由である。

 ヒックさんの元で働くなら私もヒックさんに同行しなければいけない。

 そうなると私はグラダラスに行くことも多いだろう。

 獣人に厳格な国、モドキだろうがなんだろうがどんなに主張をしても私は獣耳と尻尾が生えているとバレたら捕らえられてしまうだろう。

 そんなことになればヒックさんに多大なるご迷惑を掛けてしまうのだ。


「最後に……ゼス王からこんな物を預かっててね。どうして自分で渡さないのか、いやまぁ、あの人の立場を考えれば理解は出来るんだけど……」


 テーブルに何かが入ってパンパンの袋と、ルイス文字で書かれた一通の封書を置いた。


「それは何ですか??」

「マリアちゃんが成人するまでに不自由しないであろうお金と王立魔法学園への入学書類だよ」

「王立魔法学園?」


 ルナが教えてくれたっけ……確か、王都にある規模最大級の魔法学園の名前だ。


「うん、本当はもう少し後になってマリアちゃんが魔法にもっと興味を持ってくれたら打ち明けようとしてたんだ」


 右頬をかき、照れくさそうに白状をしていた。


「そう、だったんですね。ってことは私は王都に行って王立魔法学園に入学しろってことですよね?」

「平たく言えばそうなるかな」

「でもどうして王様がそんなことを……やっぱり私をこの国から追い出したかったのでしょうか?」


 私はグラダラスにとって邪魔な存在だ。

 多少のお金を使っても追いやる価値はあるのでしょうね。

 でもその考えはすぐに変わることになる。


「ううん、それは違うよ。実はゼス王もね獣人が大好きなんだ」

「えええっー!?」


 驚い私は座っていた椅子から立ち上がり、その反動で持っていたコップからミルクが飛び出し私の指に当たる。


 あちゅい。


 獣人嫌いとエルが教えてくれていたが、どうやらそれは間違いだったらしい。

 親の仇と言えどエルは獣人が嫌いとかそういうのはなさそうだし、アルに関しては獣人が大好きだ。

 そんな二人のおじいちゃんなら獣人が好きでもおかしくないのかな。


「ふふっ。やっぱり驚くよね。民衆の手前、自分が獣人を好きというのは公表出来ないからね。だからこそマリアちゃんのことを思ってゼス王は王立魔法学園に通って欲しかったみたい」

「そうだったんですね……」


 あの時、私を見て「ふむ」と何度も口にしてたのはそう言う意味があったのかな。

 今度会うことがあったらゼスオジにお礼を言っておかないとね。


「因みに処刑された獣人はボクが全て治療して今も何処かでゆるりと生活してるよ。マリアちゃんの時は特別でね。ゼス王の不在に、よく分からない濡れ衣……エルくんが怪我をして呼ばれてなかったら本当に危なかったよ」


 もし、エルが怪我をしていなかったらと思うとゾッとした。


「まぁそんな訳で、脱線しちゃったけど、どうする? ゼス王からは無理強いをしないように言われてるけど」


 首を傾げて訊ねられる。


「行きます……このままだと私はエルとアル……ううん、ゴルデスマンさんやルナ、みんなにまで迷惑を掛けてしまいます。それにヒックさんにだってこのまま居たら迷惑を掛けてしまいますし。魔法も上手くは出来ませんが楽しいですからね」


 折角、王立魔法学園への入学手続きと成人するまで困らないお金を貰ったので行かない訳にはいかない。

 なによりみんなの迷惑になるし、エルとアルの立場だけではなく、グラダラス自体危ぶまれてしまう。


「んー、ボクは別に迷惑ではないし、他のみんなも同じ意見だろうけどねぇ。でも宮廷魔術師として魔法に興味を持ってくれるのは素直に嬉しいね」


 顎を擦りながら私を気遣ってか、そんなことを口にし、魔法が楽しいと言ったからか嬉しそうにして、さらにまた話し続ける。


「それにマリアちゃんも薄々気付いてるんじゃないかな? 自分の身体能力や感覚が前よりも鋭くなってることにね。森での模擬戦を見させてもらってたけど最後の方はルナが押されてムキになってたくらいだし」


 ヒックさんの問に思い当たる節は何度もあった。

 最初はプリティラビットでの戦闘、あの時身のこなしが軽い気がしたんだよね。

 筋力量は無いにしろ、ルナとの模擬戦で短剣に切り替えた時、自分は軽やかに戦うことが出来た。


 だけど押してはいないんだよねぇ。


 それに私が誘拐される時、ドアが開いたのにすぐに気付けたのは獣耳が発達してきた証拠でしょうね。


「確かに夜目もそうですけど、少しだけ素早く動けたり周りの音が前よりも聞こえるような気がしますね……ルナはムキになってはいないような気がしますけどね」

「あんな搦め手を使うくらいだからね。自信を持っていいと思う」

「は、はぁ……」


 搦め手と言うより私が剣しか使わないと言う先入観で戦っていたのでそれは間違っていると教えてくれていたような気がするけど。


「どちらにせよ、急いだ方がいい。ボクがマリアちゃんとこうして話しているのを誰かに見られたら危険だ。ボクの手を握って」


 ヒックさんが右手を広げる。

 私は自分の手を乗せた。

 するとまばゆい光が私とヒックさんを包み込み、それに耐えられなくなった私は目を瞑り、光が収まるのが分かったので目を開けると……。


「うわぁ~!」


 土気色のブロックが街全体を敷き詰め、人間や獣人、それに耳の長いエルフが街中を楽しそうに歩いている。

 初めて見る光景に私の胸が踊らない訳がない!


「ようこそ。王都ハイネ、へ!」


 ヒックさんは満面の笑みを浮かべて私が王都に来たことを歓迎してくれた。

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