「なっ!?」
無理無理無理無理無理!
生理的に無理なんですけど!!!
足を引っ掛けようとしてたくせにどうしてそうなる訳!?
え、何。この世界じゃ避けたら婚約しなきゃいけないとかじゃないよね!?
ルナからそんなこと一言も聞いたことがなかったし、あっても一夫多妻と一妻多夫だけだ。
基本的に一夫多妻が多く、一妻多夫はまれなケース。
驚きながらも彼を見るとニヤニヤとした顔がさらに無理だと私の心が叫びたがっていた。
彼の後ろにいる明らかに取り巻きであろう二人もニヤついているのだ。
百歩譲って……百歩譲ってだよ? 三人の中から選べって言われても絶対真ん中の君は選ばないからね?
ドウシテ君ハソンナニ自信満々なワケ?
「ゴウ。いきなりの告白に彼女は困惑してるみたいだ」
「そりゃ無理もないさ。名家の中の名家、ハシズの子息に言われたんだ。驚きもするだろうさ」
取り巻きの二人は彼にそう伝えた。
エナメル線のような色をしたチリチリ頭の男とどうして重力を無視してそんなにツンツンさせてるの? と疑問に思う茶髪の男。
そしてチリチリ頭が言うにはこのいやらしい男はゴウと言うらしい。
私しか自己紹介してないせいでこのクラスの生徒の名前は誰一人として知らない。
きっと有名な名家、らしいので自己紹介をしなくてもレナ先生は知っていると思われていたのでしょうね。
私ゃこの世界に転生されたばかりだし知らないことが多すぎるんよ。
なんて思考を巡らせていると鐘の音が響き渡る。
どうやら次の授業が始まるようだ。
「また後でな、マリア」
既に自分の女にでもなっていると錯覚しているのか右手の人差し指と中指だけを立たせ私に何かを投げるような動きと気持ちの悪い声で私の名前を呼ぶと席に戻っていく。
うん、無理。次の授業が終わったら速攻ミレッタのとこに行こう。
その後の授業は早くミレッタのとこに行くことばかり考えてしまい、果たしてどんな授業をしていたのかあまり覚えていない。
☆
鐘の音がなると同時に私は走った。
かの者を救うためでなく自分を救うために。
だが私はミレッタのクラスを知らなかった。
何処までも果てしなく続く廊下に私は戸惑った。
気付けばクラスも道行く生徒たちも居なくなっていた。
そう──迷子になったのだ。
「ここどこ……」
王立魔法学園なのは間違いない。
だって建物から出ていないのだから。
「はぁ、引き返そう」
真っ直ぐ進んできたので来た道を戻れば自分の教室に辿り着ける。
初めはそう思っていた。
次の授業が始まるかもしれないので速やかに元来た道を戻っている。
しかし、ルームランナーに乗っているのではないかと錯覚してしまうほど右も左も同じ景色で空き教室が続いていた。
果たして私はこんなに遠くまで移動してきたのだろうか。
いくらさっきの人たちから逃げようと必死になっていたからってそんな速く移動してきた覚えはない。
「さっきのこともあったし疲れたね」
もう授業に間に合わなくてもいいや。
とりあえず空き教室にある椅子に座って休もうかな。
私は何気なく左にあった空き教室に入り、適当な席に着いた。
中に入り席に座るまで私のクラスと同じ作りではないと気付かなかった。
よくある小中学校の教室だった。
「どうしてここは普通の教室なんだろうか?」
逆に私のクラスが普通ではない?
なんて思っていると一匹の白い子猫が教室に入ってくる。
首輪は付けておらず野良猫みたい。
白猫は教室に入るなり教壇に登ると二つ輝く碧眼がしっかりと私を見つめる。
『獣の臭いがする』
白猫は私を見つめてそう口を開く。
可愛い見た目とは打って変わって男性のそれも老人の声だ。
獣耳と尻尾が見えていなくても動物は人の何倍もの嗅覚がある。
その臭いの原因が私にあるとお見通しのようだった。
「獣?」
私はシラを切った。
けれど次の言葉で我を忘れて驚くことになる。
『獣術か』
「知ってるの!?」
驚いてから自分がシラを切っていたのを思い出した。
「ふっ。まだまだ青いの。三百年振りに獣術を使う者を見たわい」
白猫は見た目にそぐわない笑い方をして私に段々と近づいてくる。
今更猫が喋っているだなんて驚きはない。
それに白猫からは恐怖を感じない。
私はバレてしまったのでブレスレットを外し、本来の姿を白猫に見せる。
そうして一度本来の姿を見せたので再びブレスレットをはめた。
「ふむ。猫型の魔獣か」
白猫は関心しながら私の座っている椅子の周りをくるくると見渡した。
「実は獣術についてよく分からなくて……気付いたらこの姿になってたんです」
「意図せずその姿に、か──」
私の隣の机に登り、人のように顎に手を当てて白猫は考え込んでしまう。
もしかしたら私と似たような事例があったりするのかな?
それだったらその人がどう対処したかを知っているなら私も同じようにすればいいだけ。
「初めて聞いたな」
ありゃ。
机からずっこけたくなる気持ちを抑えて白猫を見た。
「これも何かの縁だろう。お主、名前は?」
何の縁なのだろうか。
堪らず首を傾げてしまう。
「マリア・スメラギ、です」
白猫は私の名前を訊ねてきたのでそのまま答える。
猫に話し掛けていると言うのに何故か敬語になってしまった。
そういう魅力というかオーラというか何かが白猫は持っているのだ。
「マリア。ワタシと契約しないか?」
一瞬、脳裏にかの有名な白いウサギもどきが過ぎったが脳内で首を振って散らす。
「契約って契約魔法のことですよね?」
「それ以外に何があると言うのだ。ワタシと契約を結んでおけば今後匂いで怪しまれることは少なかろう。どうだ?」
確かに白猫の言う通りだ。
でもなぁ契約ってなんだか大変そうなんだよね。
プライベート空間にいつも居るんでしょ?
お風呂の時もトイレの時もご飯の時も寝る時だって近くに居ると思うと気を遣いそう……。
「浮かない顔だな。別に契約したくないならしなくてもいいんだぞ。それに気に食わなかったら破棄してもらっても構わない」
「そっか。破棄出来るんだっけ。なら仮契約しとこうかな」
白猫の言葉を聞いて納得した私は立ち上がり恐る恐る白猫の前に立つ。
だけどね、呪文が思い出せない。
「どうしたのだ?」
白猫も不安そうに私を見つめる。
アルも前使ってたよね。どんなだっけ?
コントラスト……みたいな?
なんか違うなコンテスト?
それだと大会になっちゃうね。
確か目にはめるアレの名前に似ていた。
そうだ! コンタクトだ!
「
青い光が私と白猫を包み込む。
初めて交わす契約魔法。特段暖かいとかそんな感想はなく不思議な感覚だ。
そしてすぐに青い光は消えていく。
「久しぶりの感覚だ。改めてよろしくな、マリア」
「は、はい。えーと……」
私は名乗ったのに白猫は名乗っていないのにようやく気付き、困惑しているのを悟ったのか白猫は口を開く。
「そうか。名を名乗っておらんかったな。ワタシの名はシロム。それと仮と言えど契約したのだ敬語など要らん」
「うん、それじゃあ改めてよろしくね。シロム」
握手……と言ってもいいのか分からないけど私たちは互いの手を重ねる。
「うむ。結界も解除してもいいだろう」
シロムは私の左肩に乗ると自分の手と手を叩いて何かをして見せた。
すると私は今まで空き教室の中に居ると思っていたが、いつしか廊下の真ん中に突っ立っていた。
「今のは?」
「ちょいと結界を張らせてもらっていた。魔獣が忍び込んで来たと思っていたからの」
と言うことらしい。
私はずっと廊下の真ん中を歩いていたことになる。
ちょうど始業のチャイムも鳴ったことだしシロムを肩に乗せたまま私は自分の教室に戻ることにした。