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第33話 新情報

 翌日、ログインして自分の店で仲間達を待っていると、最初にやって来たのはメイだった。


「ショウ、いい店になったじゃないか。前の店より、私はこっちの方が好きだぞ」

「ありがとな。メイのおかげだよ。……そうだ。少しだけで頭金として100万くらいは返しておくよ」


 よく考えたら昨日は権利書をただで受け取り、少しのお金もメイに渡してなかった。

 1000万は無理でも、100万くらいなら今の俺にも払える。誠意を示すためにも、このくらいは返済しておかないとな。


「無理をするな。料理の材料をための資金だって必要だろう?」

「それはそうだけど……何も返してないのはさすがに申し訳なくて……」

「何だ? もしかして少しでも早く返済して、私をギルドから追い出したいとでも思っているのか?」

「そんなわけないだろ! メイを俺の方から追い出すことなんて絶対にない!」

「そ、そうか……。それなら別に返済を急ぐ必要もないだろう」


 メイは少し照れたように視線を逸らす。

 その反応の理由はわからないが、少なくとも今のところ、彼女は俺からお金を受け取るつもりはなさそうだ。彼女の意志の固さは俺もよくわかっている。今回はその好意に甘えることにした。


「ショウらしくて、良い店だな」


 気づけば、クマサンが店に入ってきていた。


「ありがとう、クマサン。良かったらこれからも前みたいに通ってくれ」

「ああ、もちろん。そのつもりだ」


 店内を見回しながらカウンターの方へ歩み寄るクマサンに、先にカウンター席に座っていたメイが振り向く。


「クマサン、いいところに来たな。渡したいものがあったんだ」


 メイの言葉にクマサンの歩みが止まる。どうやらトレードの申し込みをされているようだ。


「メイ、これは……」


 クマサンが驚いている。

 何か変なものでも渡されたのだろうか?

 怪訝に思っていると、クマサンの腕装備が光沢のある黒色のアームガードへと変わった。


「高い防御力に加えて、行動時に敵のヘイトを上昇させる効果を持つ黒鉄鋼腕装備、名付けて『ベアアーム』だ。作成時のランダムボーナスで高い耐火性能もついている」

「聞いたことのない装備名だが、もしかしてこれもメイが名前を付けたのか?」

「まあな」

「でも、こんな装備を買えるお金はないぞ」


 重戦士は防御力を上げるために、装備に金をかけなければならない。クマサンも俺と同様、金銭問題では前から苦労していた。


「やるよ。どうせ私が持っていても使うことはないからな」

「でも、ヘイト上昇効果のある腕装備なんて、滅多に市場に出回らない。売りに出せば相当な値段がつくんじゃないのか?」

「それはそうかもしれないが、別に金には困っているわけじゃないからな」


 メイからは、何か対価を求める気配も、恩を着せようという様子も感じられない。思い返せば、彼女は自分の作りたいものだけを作ると豪語していた。

 もしかして、クマサンのために作ったとか?

 いや、さすがにそれは考え過ぎかな。

 ギルドのために何か作るのは嫌だと言っていたもんな。


「メイがそう言うんだから、クマサンも素直に貰っておきなよ。きっとまた、恩返しする機会もあるだろうし」

「そうそう。敵のドロップでしか手に入らない素材もある。そういう時に、気が向いたら力を貸してくれればいい」


 クマサンはその言葉に照れくさそうに頷いた。

「……そういうことなら、ありがたく使わせてもらう」


 クマサンの言葉は慎ましく、表情も一見するといつものままのようだが、付き合いの長い俺にはその顔から喜びが滲み出ているのがわかる。

 優れた装備を持つことは一流プレイヤーの証とも言える。プレイヤースキルの高さに比べて、装備がそのレベルにまで達していないクマサンにとって、誇れる防具を手に入れることがどれほど嬉しいか想像に難くない。

 クマサンのそんな姿を見て、俺も心が温かくなっていた。

 そのとき、もう一人のギルドメンバーであるミコトさんが店の入り口から顔を覗かせた。


「新しいお店、いいですね! ギルド拠点にぴったりじゃないですか!」

「いらっしゃい、ミコトさん」

「ショウさん、開店おめでとうございます」


 ミコトさんは店内をキョロキョロ見回しながら入ってきたが、すぐにクマサンの新しい腕装備に気づいたようだ。


「あれ? クマサン、腕装備を新調したんですか?」


 こういうちょっとした変化にもすぐに気づくとは、さすがミコトさんだ。

 気づいてもらえたのが嬉しいのか、クマサンは誇らしげに新たな腕装備を撫でた。


「ベアアームだ。メイがくれたんだが、ヘイト上昇効果のあるすごい腕装備なんだ」

「へぇ、ベアアームって、クマサン用って感じの名前でいいですね」


 二人のやり取りを耳にして、俺はふと疑問を抱いた。


「そういえば、今回は名前に『メイ』ってつけなかったんだな。てっきり、名前を付けられるものには全部『メイ』ってつけてるのかと思ってたよ」


 軽い気持ちで尋ねたのだが、なぜかメイは急に焦りだした。

 その様子を横目に、ミコトさんは茶化すように笑いながら口を開く。


「聞いた話では、メイさんは本当に心から納得した武器や防具にしか『メイ』という名前をつけないらしいですよ。しかも、『メイ』の名前のついた武具は、どれだけの金額を積まれても簡単には手放さないとか。どうやら、余程メイさんに気に入られたプレイヤーしか、『メイ』の名を冠する装備は渡してもらえないらしいんですよ」


 ミコトさんの言葉に、俺はなるほどと納得しつつも、あることが頭をよぎった。


「そうか……でも、俺の包丁にはメイの名前がついてるんだけど?」


 不思議に思ってメイの方を見ると、彼女は顔を隠すように後ろを向いてしまった。その背中からは、微妙に落ち着かない雰囲気が漂っている。

 包丁は武器でも防具でもないから、彼女の中では特別扱いする必要がないのだろうか?

 それとも、彼女にはほかにも何か特別な基準があるのだろうか?

 俺もそうだが、職人というやつは意外と曲げられない自分ルールがあったりする。きっと、メイにも彼女なりの複雑なルールがあるんだろう。


「……ミコトはいつも余計なことばかり言う。次はミコトに何か作ってやろうと思っていたが、その予定を考え直さなければならないようだ」

「うわっ! ごめんなさい! 調子に乗ってしまいました! お詫びに、仕入れてきたばかりの情報を教えるので許してください~」


 ミコトさんは慌てて手を合わせ、まるで罰を免れようとする子供のようにメイに謝った。その可愛らしい姿に思わず笑みがこぼれるが、同時に彼女の言う「情報」とやらに興味が湧いてきた。


「ミコトさん、その情報って何?」

「それがですね、次のアップデートの情報なんですけど、どうやらついにドラゴンと戦えるクエストが実装されるみたいなんです!」


 ドラゴンという言葉に、俺も含めて全員の表情が引き締まった。

 ファンタジーRPGにおいて、ドラゴンは象徴的な存在だ。

 しかしながら、このアナザーワールド・オンラインではいまだに実装されておらず、多くのプレイヤーが待ち望んでいたモンスターだった。

 近々アップデートがあることは告知されていたが、その内容についてはまだ何も公開されていなかった。だけど、ついにその情報が解禁され、その中にドラゴン実装があったのだろう。


「ドラゴンか……楽しみだけど、トッププレイヤー向けのクエストになるんだろうな。ドラゴンの肉は一度調理してみたいけど、ミコトさんやクマサンはともかく、俺が戦う機会はなさそうなのが残念だ。もちろん、いつかは挑戦したいとは思うけど。みんなが戦うことがあったら、その話をぜひ聞かせてくれよな」


 ドラゴンは俺にとっても憧れの存在だ。

 でも、俺も分はわきまえている。俺が戦えるなんて思っていない。

 まぁ、チャンスがあれば遠くから見学くらいはしてみたいものだが。


「それがですね、どうやらレベル上限制限付きのクエストで、4人までのパーティで挑めるみたいなんですよ! つまり、一部の人だけが戦えるってことではなくて、誰でも戦えるクエストってことなんです」


 レベル制限のクエストには2種類ある。

 一つは一定レベルに達していないと受けることができないクエストだ。このタイプのクエストは、勝ち目のない低レベルプレイヤーが挑戦しても勝ち目がないため、無駄に時間と労力を費やさないよう設けられている。このようなクエストは単純に「レベル制限クエスト」と呼ばれている。

 そして、もう一つが今ミコトさんが言った「レベル上限制限付きクエスト」だ。こちらは、「レベル制限クエスト」と違い、どんなレベルのプレイヤーでも受けることができるが、定められたレベルよりも高いプレイヤーは、クエスト中一定のレベルに強制的に変更されてしまう仕組みになっている。たとえば、レベル上限が50に設定されているクエストでは、レベル60のプレイヤーでもクエスト中はレベル50に引き下げられ、弱体化してしまう。これにより、レベルの高さによるごり押しができず、プレイヤースキルや装備の質が試される、より緊張感のある戦いが繰り広げられるのだ。

 運営がこの「レベル上限制限クエスト」を設けた理由は、多くのプレイヤーに平等な条件でドラゴンと戦う機会を与えようということなんだろう。

 とはいえ、料理人の俺を誘ってくれるパーティなんてないだろうから、どっちみち俺が戦う機会はないんだろうな。


 俺はそんなふうに、半ば他人事のように思っていたのだが――


「そういうわけだから、実装されたらこのギルドの4人で挑んでみましょうよ!」

「……へ?」


 なんだかミコトさんが変なことを言い出してきた。



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