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第34話 新たな挑戦

 4人パーティなら基本構成は、タンク、ヒーラー、アタッカー、アタッカーだ。場合によっては、アタッカーのうちの一人をサポーターにすることもある。

 重戦士と巫女は立派なタンクとヒーラーだから問題ない。しかし、残り2枠が料理人と鍛冶師なんて聞いたことがない。

 しかも、挑む相手はドラゴンときている。

 どこの世界に、重戦士、巫女、料理人、鍛冶師のパーティでドラゴンと戦おうなんていう無謀なパーティが存在するというんだ?


「ちょっと待ってくれ! ドラゴン相手に俺の料理スキルが通用するかどうか、わからないんだぞ? ドラゴンはまだ実装されていないから、検証のしようもないし」

「だから試してみればいいじゃないですか。スキルが使えなかったら、その時はその時で笑い話になるだけですし」

「いや、そんなお試しに付き合わされるのなんて、クマサンだっていやだろ?」

「……俺はこのメンバーならやってみたい」


 クマサンはなぜかミコトさん派だった。

 この二人なら、ほかにもパーティを組んでくれる人はたくさんいそうなのに、なぜあえて料理人の俺を含めたパーティで挑もうとするのか……。


「二人はよくても、メイのことも考えないと。メイは鍛冶師なんだよ。戦闘に連れていかれても、できることがなくて、きっと肩身の狭い思いをさせることになる」


 俺自身、今でこそ敵さえ選べば戦いに役立つことができるようになったが、かつての俺はパーティの中で何もできない無力さを痛感していた。その悔しさを知っているからこそ、メイに同じ思いをさせたくなかった。


「確かに鍛冶師としては戦いの役には立てないかもしれないが、私には潤沢な資金を使ったアイテム攻勢がある。攻撃も回復もできるぞ」


 そうだったぁ! メイにはそれがあったんだ!

 ヌシに挑む際に、すでに山のように準備していた魔法のスクロールのことを思い出した。


「これで決まりですね! じゃあ、実装されたら、ギルド『三つ星食堂』でドラゴンに挑戦しましょう!」


 ミコトさん達に押される形で、ドラゴンへの挑戦が決まってしまった。

 でもまぁ、よく考えれば、このメンバー以外でドラゴンと戦う機会なんて、俺にはきっとないだろう。みんながその機会を与えてくれるというのなら、俺に断る理由なんてあるはずがなかった。


「みんながそれでいいのなら……俺もドラゴンと戦いたい! よろしく頼む」

「ああ、任せておけ」

「職人の力、見せてやろうな」


 頼もしい仲間達の言葉に、心が熱くなる。

 だが、ここで話は終わらなかった。


「あ、そうですよ! ショウさん、どうせならドラゴン戦を記録してVチューバーの動画にしてみませんか?」


 おいおい。ミコトさんがまたとんでもないことを言い出してきたぞ。

 確かにこの前、クマサンとはゲーム動画でもどうだろうかという話をしていたけど……。


「Vチューバー? 何だそれは?」


 一人、事情を知らないメイが困惑した顔を浮かべている。

 そういえば、メイにはまだVチューバーのことを話していなかった。

 俺達3人はクマーヤ作成に関わっているが、メイはそれに関しては完全に部外者だ。

 動画公開となれば、メイまで映り込むことになる。ただでさえこのサーバーでは有名人であるメイが首を縦に振るとは思えない。


「実は――」


 ミコトさんがメイにVチューバー「クマーヤ」についての説明を始めた。

 クマサンが元声優の熊野彩であることは伏せつつ、クマサンの了承を得て、実はクマサンが女性であること、そしてクマーヤの声を当てていること、クマーヤのキャラクターをミコトさんが描いたこと、それらの編集を俺が担当していること、料理動画を投稿したがパッとしなかったことなど、俺達のVチューバー活動をメイに話した。


 でも、こんな話を聞かされたら、メイは疎外感を感じてしまわないだろうか?

 3人のギルドの課外活動としてVチューバーを始めたのはいいけど、ギルドメンバーが増えた時のことは考えてなかった。

 クマーヤはすでに出来上がっているし、メイに今さら関わってもらうことも難しい。クマーヤの活動とギルドとは切り離さないといけないかもしれないな……。


「なるほど……」


 話を聞き終えたメイは、しばらく沈黙していた。

 俺は不安に駆られる。

 もしかしたら、メイが自分を邪魔だと感じてギルドを抜けたいと言い出すのではないか――そんなふうに考えてしまう。そんなことになったら、全力で引き止めるしかないが……。


「じゃあ、私に音楽を担当させてくれないか?」

「…………はい?」


 メイは真顔で俺を見つめてきた。


「今の話だと、誰も音楽に精通した者はいないようじゃないか」

「それはまぁ……。実際、著作権の問題で自由に音楽を使えないから、動画はクマサンの声だけで音楽はなしになっているけど……」

「だったら、私が動画にあう音楽を提供しようじゃないか」

「そんなことができるのか?」

「ああ、趣味で作った音楽のストックがあるし、もし合うのがなければ、一から作るまでだ」


 メイの提案に驚きを隠せなかった。

 天性の魅惑の声の持ち主のクマサン、美麗な萌えキャラを描けるミコトさん、そして音楽を作れるメイ――何なんだこのギルドは? 凡人は俺だけか?


「でも、みんな、冷静に考えてくれ。もしゲーム動画を公開するようなことになれば、俺達の誰かがクマーヤの中身だと推測される可能性がある。それに、その動画がバズるようなことになれば、サーバー内で俺達が下手に注目されることになるかもしれない。それでもいいのか?」


 俺はみんなの顔を見渡すが、誰も俺の言葉に動揺した様子は見せていない。

 特にメイなどは、そんなことは百も承知だとばかりの顔をしている。


「私は今でも有名人だから全然構わないぞ。ネットでも守銭奴だの偏屈だの、すでに適当なことを言われまくっているし、今さら騒がれたところで大差ない」


 メイの言葉に、ゲーム内での彼女の有名人ぶりを思い出す。すでに注目されている彼女にとって、さらに名が知られたところで影響を与えることは、確かに少ないだろう。


「私も別に構いません。ただ、提案しておいて言うのもなんですけど、あの料理動画の再生数を見てると、バズる気配はあまり感じませんけどね」


 ミコトさん、ごもっともな意見だよ、それは。

 俺は思わずうんうんと頷いてしまう。


「ショウ、俺達のことを心配してくれているのはわかっている。ありがと。でも、クマーヤがこのまま誰にも見てもらえないのは可哀想だ。……少しでも見てもらえる可能性があるなら、私も試してみたい」

「クマサン……」


 下手に目立って一番リスクがあるのは、クマサンだろうに……。

 彼女の決意に、俺も覚悟を決めるしかなかった。

 リスクはあるが、それ以上に、仲間達と共に新たな挑戦に立ち向かいたいという気持ちが高まってきた。

 それに、VRゲームであるこのゲームでは、実況しながらの配信はできないものの、後から戦闘などを振り返れるように録画モードが標準搭載されていて、自分視点だけでなく、パーティ戦闘の場合、客観的な第三者視点のモードでも記録を振り返ることができる。

 そのデータはパソコンにも移せるので、その録画データを使って動画を編集すれば、プレイヤー4人のうちの誰のデータなのかは特定できない。場合によっては、知り合いから提供されたデータだと言い張ることも可能だ。


「わかった! じゃあ、アップデート後、ギルド『三つ星食堂』の4人でドラゴンに挑戦し、その動画をVチューバーのクマーヤで公開しよう! みんな、それまでにしっかり準備を整えておいてくれ!」

「おお!」

「任せてください!」

「今から楽しみだ!」


 こうして俺達4人には新たな目標が生まれた。

 しかし、まさかそのドラゴン戦が、俺達のギルドとVチューバー・クマーヤの運命を大きく変えることになるとは、この時の俺には知る由もなかった。



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