「お前のところのギルドは、ネームドモンスターを狩れるくらいメンバーが充実しているんだろ? 今さら俺達を勧誘する必要なんてないんじゃないのか?」
俺は呆れ気味にマテンローに問いかけた。彼の所属するギルド「蒼天の牙」は、ネームドモンスター討伐を成し遂げるだけの精鋭が揃っているはずだ。それなのに、俺達に固執する理由は何なのだろうか?
…………!
しばし疑問の答えを考え、俺は一つの可能性に思い当たる。
クマサン、ミコトさん、メイの三人は、現実世界では驚くほどの美人揃いだ。もちろん彼女達はリアルの情報を極力秘匿してはいる。だけど、もしも何かのきっかけでマテンローがその事実を知ったとしたら? もしかすると、彼の狙いは、彼女達を自分のギルドに引き込んで、ゲームでも、リアルでも、疑似ハーレムを築こうと考えているのかもしれない!
俺は、その恐るべき計画に戦慄する。
「マテンロー、さてはお前……」
俺は鋭い視線を彼に向けた。
ちょっとバカっぽいけど、裏表のない人間だと思っていたが、今までの態度は俺を欺くための仮面だったのかもしれない。
クマサン、ミコトさん、メイの三人は、プレイヤーとしても、人としても、魅力的だ。あの三人とワイワイしながらこの世界で一緒に冒険し、時にはリアルでも会って楽しくお喋り――そんな羨ましいことが許されていいのだろうか? いや、よくない! そんな奴は、アナザーワールドの全男性プレイヤーの嫉妬で呪われるべきだ!
どこかから「お前が言うな」との声が聞こえた気もしたが、俺は睨むように視線を強めた。
「さすが、ショウだな。気づいちまったか」
俺の視線を受け、企みを見破られたと観念したのか、大袈裟に両手を広げた。
やはりこの男、ハーレムを狙っていやがったのか!
俺は怒りの声を放とうとするが、その前にマテンローが言葉を続ける。
「俺は
彼は、俺が想像したものとはまるで異なる狙いを口にしていた。
「HNMだって!?」
俺は驚きの声を漏らしたが、別にHNMという言葉を知らないわけではない。
ネームドモンスターは、通常モンスターとは違い、固有の名前を持ち、同時に存在するのは世界に1個体のみ。一度倒されれば、再ポップまでには一定時間が必要になる。短いものでも24時間、長いものだと1週間経っても再ポップしない奴までいる。このネームドモンスターは、ほかでは手に入らないようなレアアイテムのドロップを期待できるが、その分、容易には倒せない強さを持っている。
そして、このネームドモンスターの中でも、特に強力で倒すのが困難な敵を、ハイネームドモンスターと呼んでいる。とはいえ、運営側がそのように線引きしたわけではなく、公式にはすべてNM《ネームドモンスター》で統一されており、HNMはプレイヤー達が勝手にそう呼びだしたものにすぎない。だが、今やもうその呼び名は、プレイヤー間では常識だ。
たとえば、白き巨大な狼「フェンリル」、オークの王「リチャード」、獰猛な魔熊「赤カブト」、こいつらはHNMと言われているモンスターで、何の準備もなしに遭遇しようものなら、一瞬でやられてしまうのは間違いない。
だが、幸か不幸か、俺達一般プレイヤーがそういったHNMと戦闘になる可能性は、現実にはほとんどない。
なぜなら――
「でも、今確認されているHNMって、結局HNMギルドに独占されてるんだろ?」
俺の指摘に、マテンローは苦い顔で頷く。
そう、世の中にはHNMを専門に狙うギルドなんていうものが存在していて、その連中はHNMを見つけ次第、狩っているのだ。俺達みたいな一般プレイヤーが割り込む余地なんてない。
そもそも、HNMも含めてNMが再ポップする仕組みが厄介だ。NMは一度倒されると、NMごとに決められた一定時間は再び姿を現さない。そして、その時間が経過した後も、再ポップするかどうかは完全ランダム。再ポップしない場合は、さらに6時間ごとに再抽選が行われる仕組みだ。
HNMギルドの連中はこの仕組みを熟知している。前回倒した時間を記録しておき、再ポップの可能性があるタイミングに合わせて出現地点へ集合する。そして再ポップしなければ解散。6時間後にまた集合……。それを繰り返す粘り強さは感心するが、正直、一般プレイヤーにはそんな時間の使い方はできない。
特にドロップアイテムが魅力的なHNMである「フェンリル」となると、再ポップのタイミングには複数のHNMギルドが一斉に集まり、出現した瞬間に熾烈な取り合いが始まるらしい。
普通に考えれば、そんな世界に、俺達が関われる余地は皆無だ。
マテンローは拳をぎゅっと握りしめ、低く唸るように言葉を吐いた。
「……確かに、今のHNMは、『片翼の天使』、『ヘルアンドヘブン』、『異世界血盟軍』の三つのHNMギルドによって独占されている状態だ」
そのギルド名を聞いて、俺の背筋がむずむずっとしたのは気のせいじゃないだろう。
……他人のギルド名にどうこう言うつもりはないが、何というかこう、妙に中二病的な響きがあるよな。
俺のギルド「三つ星食堂」って、それに比べたらだいぶまともだよな。
……なあ、そう思うよな?
俺の心の中で小さく正当化する声をよそに、マテンローは語り続ける。
「その三つのギルドは、初期からプレイしている高レベルプレイヤー達が集まったような組織だ。このアナザーワールド・オンラインのHNMコンテンツが、そいつらだけのものになってるなんて、おかしいと思わないか? 現状、俺達には戦う機会さえないんだぞ?」
「……でも、アナザーワールド・オンラインはモンスターと戦うことだけが目的のゲームじゃないだろ。それに、どうしてもHNMと戦いたいのなら、どこかのHNMギルドに入れてもらえばいいんじゃないのか?」
軽い気持ちで言った俺の言葉に、マテンローの眉がピクリと反応した。表情が一瞬にして険しくなり、その後は見る前に怒りを滲ませていく。
しまった。地雷を踏んでしまったか?
「それがだな!」
マテンローはカウンターのテーブルを叩くような勢いで声を張り上げた。
「そんな簡単に入れるもんじゃないから問題なんだよ! 『片翼の天使』の連中は、入団テストなんて偉そうなものを課してやがる。テストってなんだよ、何様のつもりだ!?」
言葉を吐き捨てるように続ける彼に、俺は少し引きながらも黙って耳を傾けた。彼の怒りはまだ収まりそうにない。
「しかもだぞ、テストに通って入れたとしても、HNM討伐の参加回数でポイントを溜めないと、ドロップアイテムにロットする権利さえ与えられないんだ! 新規メンバーはただ働きだ。その間に既存メンバーがうまい汁を吸うだけの仕組みなんだよ!」
言葉の端々から、彼がよほど嫌な目に遭ったことが伝わってくる。
これはどうやら、入団テストを受けに行ったけど不合格だったか、説明を聞いて断念したパターンっぽいな。間違いない。
俺は苦笑いしながら肩をすくめた。
「まぁ、だいたいのギルドがそういうもんじゃないのか? ルールがなきゃ混乱するし、むしろきっちりしてる方が信用できるだろう」
「それが嫌なんだよ!」
マテンローは立ち上がりそうな勢いで叫んだ。
「俺はもっと自由でオープンなHNMギルドを作ってやる! 来るものは拒まず、去る者は追わず! ロットは参加者全員が平等に! アナザーワールド・オンラインってやつは、そういうもんだと思わないか?」
「マテンロー……」
彼は熱い男だった。
一定のルールがないと、欲しいアイテムが手に入った途端にギルドを抜けられるリスクがある。「片翼の天使」が明確なルールを設けているのも、そういったことからだろう。
だが、俺としてはマテンローの考えに共感するものがある。理想を追わずして、なんのための現実か。
……マテンローよ、ハーレムを作ろうと企んでいるなんて誤解して、ホントごめん!
俺は心の中で彼に深く謝罪した。
だが、謝罪とは別に疑問も湧いてくる。
「……でも、そんな自由なHNMギルドを作りたいのなら、俺達を無理して誘う必要ないんじゃないのか? 同じ想いを持った奴らで集まれば済む話では?」
俺は浮かんだ疑問をそのまま口にした。
マテンローはゆっくりと首を横に振る。
「確かに人だけなら集められる。HNMを狩りたいって連中は、思っている以上に多い。だけど、既存の3大HNMギルドに対抗するには、象徴になる奴が必要なんだ! 悔しいが、俺には象徴になれるだけの実績がねえ」
そう言ってマテンローは俺を見つめてきた。
え、何、その意味深な目は?
そんなHNMギルドの象徴になれるような知り合いは、俺にもいないぞ?
慌てる俺に構わず、マテンローは、静かだが力強く言葉を続ける。
「ショウ、お前達四人ならその象徴に相応しい! HNMギルドの連中に先んじてインフェルノを討伐し、『1stドラゴンスレイヤー』の称号を手に入れたお前ら四人がいてくれれば、俺達も堂々と三大ギルドに対抗できる!」
はぁぁぁ!?
ちょっと待て! 俺達かよ!
俺は戸惑いながらも、マテンローに熱い口説き文句に、胸の奥がざわつくのを感じてしまった。