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第97話 マテンローの提案

「マテンロー、お前、本気で三大HNMギルドに対抗していくつもりなんだ……」

「当たり前だろ!」


 清々しい顔でそう言い切れるマテンローを、俺は少し眩しく感じてしまう。

 素直に自分の夢を追えるその姿勢は、嫌いじゃない。

 だけど、象徴だなんて言われても、正直むず痒い。

 メイは言うまでもなくサーバー1の鍛冶師だ。ミコトさんもキャラクター容姿、性格、プレイヤースキルのどれをとっても申し分なく、このサーバー内でヒーラーの人気投票でもすれば上位に入るのは確実。クマサンも実績こそまだまだ乏しいが、インフェルノ戦の動画をアップして以降、タンクとして一目置かれる存在になっている。三人とも象徴として掲げても恥ずかしくないだろう。


 ……でも、俺はどうだ?


 所詮、ハズレ職業と言われ続けてきた料理人。料理スキルが戦闘で使えることがわかったとはいえ、その力は汎用的にどの敵に対しても通用するようなものじゃない。象徴なんて重たい肩書を背負うには、到底役者不足だ。

 それに何より、ギルド「三つ星食堂」は俺にとって居心地のいい場所だ。そして、このギルドを支える三人の仲間達――クマサン、ミコトさん、メイ――彼女達の存在は、俺にとってかけがえのないものだ。だから、自分からこの場所を壊して、ほかのギルドに入るなんて考えられない。


「……マテンロー、お前の気持ちはよくわかった。過大評価だと思うが、俺達のことをそんなふうに評価してくれてること自体は、正直嬉しいよ。でも、やっぱり俺は今のギルドが好きなんだ。お前だってギルドマスターなんだから、自分のギルドの思い入れがどれだけ強いか、わかるだろ?」


 俺の言葉に、マテンローはハッとしたように目を見開いた。


「た、確かに――」


 その顔を見る限り、ようやくギルドマスターに対して勧誘をすることの失礼さに気づいたようだ。彼は相手の気持ちを考えるということが、ちょっと苦手なのかもしれない。

 でも、ギルドマスターとしての強引さは、決して悪いものではない。むしろ、彼のようなリーダーには必要な資質とも言えるだろう。実際、彼の率いる「蒼天の牙」は、NMを討伐できる実力者達を何人も抱えている。

 それに比べて俺のギルドは……たったの四人。設立時の三人からは一人増えたとはいえ、それ以上の拡大は見込めず、そもそも勧誘すらまともにしていない。そんな自分の不甲斐なさを改めて感じて、俺は思わず顔をしかめる。

 だが、その様子を見て、マテンローは俺が怒ったと勘違いしたらしい。


「そんな気を悪くしないでくれよ。悪い、突っ走りすぎたかもしれん。でもな、ショウ。俺は、お前らのインフェルノ戦の動画を見て、心が震えたんだよ。お前らと一緒なら、HNMにだって挑めるって思ったんだ!」

「いや、そこまで気にしているわけじゃないよ」


 実際、マテンローが勘違いしているだけなので、別に謝ってもらう必要はない。

 それより、同じサーバーで一緒にゲームをしているプレイヤーも、本当にあの動画を見てくれているのだとはっきりわかって、そっちの方が驚きと感動がある。

 マテンローは俺の言葉に少しホッとしたような表情を浮かべたが、すぐに再び真剣な顔に戻った。


「それならよかった。でもよ、ショウ。お前だってHNMに興味がないわけじゃないんだろ? あの動画を見ればわかる。あんな熱い戦いができる奴は、心のどこかでより強い敵との戦いを求めているはずだ!」

「…………」


 マテンローの言葉に、俺はすぐに「そんなことはない」と言い返せなかった。

 実際、俺の心の中には、HNMと戦ってみたいとの思いが確実に燻ぶっている。

 以前の俺なら、そんなものは自分には縁のない話だと切り捨てていただろう。HNMに挑むなんて、夢のまた夢だと。だが、「猛き猪」そして「インフェルノ」との戦いを経て、強敵との死闘が持つ高揚感を知ってしまった今、それを否定するのは難しい。

 現実世界では命を懸ける戦いなど決して許されない。だが、このVRの世界――アナザーワールドでは違う。たった一つしかない命を危険に晒すことなく、限界まで挑むことができる世界。この世界にしかない特権だ。

 マテンローの言葉が俺の中で火をつけた。その火を完全に消し去ることは、もはや不可能だった。

 そんな俺の迷いを察したのか、マテンローは少しトーンを落としながら提案してきた。


「ショウ、俺のギルドへ入ってくれって話は今はやめる。その代わり、『蒼天の牙』と『三つ星食堂』で協力してHNMに挑むっていうのはどうだ? 同じギルドでなくても、『1stドラゴンスレイヤー』のお前らが一緒に戦ってくれるなら、それだけで箔がつくってもんよ」


 それは思いもよらない提案だった。

 だが、よく考えれば、確かにHNMと戦うだけなら別に同じギルドでなくともよい。ギルドメンバー同士なら、離れていてもギルドチャットで一斉に会話ができるメリットがあるが、戦闘時にはパーティを組むわけだから、パーティ会話で事足りる。

 今の「三つ星食堂」を続けながらHNMと戦う機会が得られるのなら、決して悪くない話だ。

 ただし、この提案を受けるかどうかは、俺一人で決められることではない。ギルドメンバー全員と相談する必要がある。


「……みんなと話してみないと答えは出せない」

「まぁ、そりゃそうだよな。わかった。一度、ギルドメンバーと話してみてくれ。『蒼天の牙』と『三つ星食堂』の対HNM同盟、悪くないと思うぜ。俺達のギルド入りは、同盟を経験してからでいいさ」


 こいつ、まだ俺達をギルドに入れることを諦めてなかったのかよ。

 その諦めの悪さには、呆れを通り越して、もはや笑えてくる。

 でも、ギルド入りは論外としても、同盟自体は悪くないように俺には思える。


「わかった。一度みんなに話してみる。それまではこの件は保留だな」

「いい返事を期待してるぜ!」


 いかつい顔には似合わない爽やかな笑顔を浮かべながら、マテンローは席を立ち、軽い足取りで店を出ていった。

 俺は彼がいなくなったのを確認すると、ふと天井を見上げて考え込む。

 吟遊詩人総選挙のような戦闘のないクエストも、アナザーワールド・オンラインの魅力の一つだ。しかし、やはりMMORPGの醍醐味と言えば、ボス級モンスターとの死闘。特にHNMと呼ばれる頂点クラスの敵との戦いは、最高峰のプレイヤー達が憧れる舞台だ。

 料理人というただの負け職業だった頃の俺には、それは到底手の届かない願いだった。しかし、今の俺なら――


「……男ならやっぱり自分より強い奴と戦ってみたくなるよな」


 そんな心の声がつい口から出てしまった。


「何と戦ってみたいんですか?」


 柔らかな声に驚いて視線を下げると、いつの間に店の中に入ってきたのか、ミコトさん、クマサン、メイの三人がカウンターの向こうに立っていた。


「三人ともいつ来たんだ? もっと早く声を掛けてくれればよかったのに」

「ショウさんが天井見上げながら何か呟いていたので、ちょっと声をかけづらくって……」


 ミコトさんの返答に、俺は肩をすくめた。

 ……変なところを見られてしまったな。

 内心少し恥ずかしくなりながら、ちょうどさっきの話をみんなに共有するいい機会かもしれないと思い直す。


「実はさっきまでマテンローが店に来ていたんだ」


 俺のその言葉で、三人の表情が変わった。ミコトさんやクマサンは微妙に困った顔をするだけだったが、メイに至っては露骨に嫌そうな表情を浮かべている。


「……私、あの人にギルドへ勧誘されたんですよ。もちろん、断りましたけどね。一生懸命な人なのはわかりますけど、どうにも人の話をあまり聞いてくれないようで、私はちょっと苦手かもです」

「俺も誘われた。話を聞く気にもならなかったけどな」

「なんだ、ミコト達も声をかけられてたのか。私もああいう熱いタイプとは合わないんだよな。ギルドマスターなんて、ちょっと頼りないくらいの方が気楽でいい。ここぞという場面でリーダーらしさを出してくれればな」


 三人の率直すぎる意見に、俺は思わず苦笑いを浮かべる。


 ――マテンロー、お前、うちの女の子達には評判よくないぞ。


 三人とマテンローが鉢合わせしなくてよかったと、俺は少し彼に同情しながら胸を撫で下ろした。

 しかし、今の三人の感じだと、ほかからギルド勧誘を受けていることを、どうやら俺に隠すつもりはなさそうだった。三人から勧誘の話を全く聞いていなくて、勝手に不安に感じていたが、ギルドを移る気なんてさらさらなくて、わざわざ俺に話す必要もないと思っていただけなんじゃないかと思えてきた。

 肩の力が抜けて安堵した俺は、改めて三人に向き直る。


「そのマテンロー絡みで、ちょっと三人に話があるんだけど、いいかな?」

「別に構いませんけど……」


 三人とも一応の了承をしたものの、どこか不機嫌そうに見える。


 ――マテンロー、お前、ホントに女の子に人気ないな!


 俺は彼のことを気の毒に思いながら、俺は三人を個室へと誘った。



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