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第123話 連絡

 キング・ダモクレス戦の敗北以降、俺達「三つ星食堂」の面々は、以前よりも増してレベル上げに励むようになっていた。

 ゲームによってはレベル補正というものがある。キャラクターのステータスだけでなく、相手とのレベル差に応じて能力に補正がかかるというシステムだ。ゲームによっては、このレベル補正が著しく、とにかくレベルさえ上げておけば誰でも勝てるが、逆にレベルが低いと何をやっても太刀打ちできないなんてこともある。

 この「アナザーワールド・オンライン」では、そのレベル補正は、ゼロではないにしても、わずかなものだった。そのため、頑張ってレベルを上げたところで、俺達が急に強くなるわけではない。それでも、ギリギリの戦いでは、そのわずかな差が勝敗を分けることを俺達は知っている。

 ゲームの中でも――いや、ゲームの中だからこそ、負けるのはいやだ。

 だから俺達は少しでも高みに上がるために、レベル上げの苦労はいとわない。


「これで50匹目!」


 大猪に料理スキルでトドメをさして、弾んだ声を上げた。

 今日の狩りは順調だ。

 場所は王都の西に広がる狩場。その中でも人気なのは、一匹あたりの経験値が多いオークの棲む集落と、倒しやすくリポップも早いスケルトン系モンスターが湧く墓地だが、どちらも俺の料理スキルが効果を発揮しないため、俺達はこの魔物の森を選ぶことになった。

 効率ではオーク集落や墓地に劣るものの、幸いにもこの場にはライバルとなるパーティがいない。そのため、俺達はこのエリアを独占し、順調に狩りを進めている。人気狩場で他のパーティと取り合いをするくらいなら、こうした穴場を回るほうが結果的に経験値効率は良かったりするのだ。


「ちょっと休憩しようか」


 SPもだいぶ減ってきていたので、適切なタイミングだと思い、みんなに声をかける。


「そうだな」

「はーい」

「ちょうどキリもいいところだしな」


 仲間達の賛同を得て、俺はその場にしゃがみ込んだ。緊張していた身体が、ほっと緩む。


「今日のショウは料理スキルが冴えてるな」


 クマサンが俺の隣にしゃがみ込みながら、気さくに声をかけてきた。まるで、それが当たり前かのように。

 この前、二人で出かけて以来、俺は妙にクマサンとの距離が縮まった気がしていた。心の距離だけじゃない。こうしてゲーム内でも、ふと気づけば隣にいることが増えたような気がする。


「クマサンがしっかりターゲットを取ってくれてるからだよ」


 軽く返しながらも、俺の胸の内は高揚していた。お互いを褒め合うやり取りは、はたから見れば少しイタイ光景かもしれないが、俺としては悪い気はしない。クマサンに認められることは、純粋に嬉しかった。

 視線を向ければ、そこにいるのは俺よりも大柄で、いかつい熊型獣人。いかにも戦士然とした、頼れる姿だ。

 それでも、なぜだろう。俺の脳裏にはリアルで見た華奢なクマサンの面影がちらつく。見た目も体格もまるで違うのに、不思議とあのときの印象が重なる。


 ――外見はどこも似ていないのに、なぜだろうか?


 片膝をついてしゃがんでいるクマサンの上から下まで見てみるが、答えは見つからない。

 だが、一つ気づいたこともある。

 新たに発見したクマサンの弱点――わき腹が無防備に晒されていることに。


 ――あの時は怒られたけど、わき腹つついた時の反応は可愛かったなぁ。


 思い出した途端、イタズラ心がむくむくと顔を出す。

 休憩中でも、立ち上がりさえしなければ周囲に手を動かすくらいの行動は可能だった。このままクマサンの隙を見逃す手はない。

 もちろん、下手にちょっかいをかければ怒られるだろう。だが、怒ったクマサンも、それはそれで可愛いものだ。つまり、俺にとってこれは「勝ち確」なわけである。


「隙あり!」


 俺は防具の隙間を狙い、勢いよくクマサンのわき腹に指を突き入れた。過去の記憶を期待しながら。

 しかし――


「ショウ、余計なことをするな」


 淡々とした声。驚くどころか、冷静に俺の手を払いのけるその動きに、拍子抜けする。

 あのときみたいに、身体を捻って可愛い声を上げる――そんな反応はどこにもない。


 このゲーム「アナザーワールド・オンライン」では、味覚や触感も脳に電気信号を送ることで再現している。ただし、痛みはカットされ、触感もかなり抑えられている。敵の攻撃を受けても軽い振動程度で済むのだから、わき腹をつついたくらいでは反応が薄くなるのも、冷静に考えれば当然だった。


 ――これじゃあ、あの時みたいな可愛い反応は期待できないってことかよ!


 もやもやした不満が胸に広がる。それでも、簡単に引き下がるような俺ではない。むしろ、こうなったら、意地でも反応を引き出してやる。


「この、このっ!」


 悔しさに任せて、クマサンの全身に連続で指を突き立てていく。


「ちょっと、ショウ! 動いたら休憩が解けるだろ!」


 クマサンが俺の手を掴もうとするが、俺はそれを巧みにかわしながら、さらに突っつく。途中からはクマサンも防御をやめて、反撃に転じ、逆に俺の身体を指でついてきた。もはや二人の悪ふざけだが、こんなくだらない時間に楽しさを感じてしまう。

 ――そのときだった。


「――ショウさんとクマサン、なんだか急に距離感が縮まってませんか?」


 不意に耳に飛び込んできたミコトさんの声。呆れとも怒りともつかない、何とも言えないトーンに、俺とクマサンの手がピタリと止まる。


「お二人、何かありました?」


 ――鋭い。

 一瞬、背中に冷たいものを感じたが、すぐに気を取り直す。

 心を落ち着けろ、何もやましいことなんてない――はずだ。

 確かに、この前、荷物持ちとして彼女の買い物を手伝ったけど――いや、正確には荷物なんて持たずにゲーセンで遊び倒したんだが――それは「何か」と言うほど大したことではない、たぶん。


「別に取り立てて言うほどのことは何もないぞ」


 俺が何か言うより先に、クマサンがいつもと変わらぬ声でさらりと返した。

 ……正直、助かった。もし俺が答えていたら、声が上ずっていたかもしれない。けれど、クマサンの冷静さに、どこか寂しさを覚えるのも事実だった。

 それはクマサンにとっては、あの日のことは、本当に何でもなかったということだから。

 もっとも、元声優の彼女なら、そんな演技だってできてしまうのだろうが、彼女にはそんな演技をする必要がない。だからきっと、今の彼女の反応は、素の反応に違いない。


「クマサンがそう言うのなら信じますけど……」


 ミコトさんは納得しきれない様子を見せつつも、一応疑いを引っ込めてくれたようだ。俺は内心ほっと息をつく。先に答えたのが俺だったら、こうはうまくいかなかったかもしれない。

 それでも、まだどこか怪しむような彼女の視線を気にしつつ、俺達は再び休息モードへと戻ると――


【フィジェットがボイスチャットを申し込んでいます。許可しますか? はい/いいえ】


 思いも寄らぬシステムメッセージが飛び込んできた。

 前に一緒にフェンリルと戦って一週間ほどか。フレンド登録をしたものの、あれからねーさんとは一度も連絡を取っていなかった。さすがに、HNMギルドのギルドマスター相手に、こちらから気軽に声をかけるわけにもいかない。

 もっとも、ミネコさんとはくだらない話を何度かチャットしていたおかげで、ヘルアンドヘブンの最近の活動についてはそれなりに把握しているんだけどな。


 俺は元気なねーさんの声を思い出しながら、ボイスチャット申請を承認した。


『ショウ、今どこにいる!?』


 相変わらずのパワフルボイスが耳に響き、彼女の笑顔と無邪気な仕草が脳裏に蘇る。


「王都の西、魔物の森でレベル上げ中だよ。ギルドメンバーと一緒にね」

『ギルドメンバーってことは、四人か?』


 さすがクマーヤの動画視聴者。うちのギルドメンバーの数もしっかり覚えていてくれるようで、ちょっと嬉しい。


「そうだよ。いつかねーさんに紹介したいと思ってる、クマサン、ミコトさん、メイの三人と一緒にパーティを組んでいる」

『それなら、ちょうどいい!』


 何がちょうどいいのか、こっちにはさっぱりわからない。先に説明してほしいものである。

 やれやれ相変わらずだな、そう思って息を吐いたところで――


『キング・ダモクレスがまたポップした!』

「――――!?」


 衝撃的な言葉に思わず息を呑む。

 つい先週の敗北の記憶が、鮮明に蘇る。

 俺達が今こうしてレベル上げの狩りをしているのも、あんな負けを二度と繰り返したくないからだ。

 だが、ダモクレスは一度倒されると、七日間は再ポップしないはず。時間的には確かに経過しているが、ねーさんの言葉が正しいのなら、2回連続でキング・ダモクレスが湧いたことになる。通常のダモクレスでなく、キング・ダモクレスが出現すること自体珍しいのに、2回連続はこのサーバーでは初めてのことだろう。

 再挑戦したい――そんな気持ちが湧き上がるが、肝心のメンバーが足りない。あれ以来、マテンローからの連絡はなく、こちらから声をかけたところで、すぐにメンバーを集められる保証はない。それどころか、マテンロ―にまだHNMに挑む気持ちがあるのかどうかさえ怪しい。

 せっかく奴がまた現れたというのに、挑戦すらできない悔しさが込み上げてくる。だが――


『ショウ、このままだとほかのギルドに取られる。今度は、うちのギルドと組まないか?』

「――――!!」


 ねーさんの声で、胸の奥にて燻ぶっていた悔しさが、一気に闘志へと変わった。



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