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第129話 戦いの後の戦い

 一緒に戦うのはこれで二度目だというのに、俺はもう「ヘルアンドヘブン」のメンバー達にすっかり仲間意識を抱いていた。二度だけ――そう思うのは数字だけの話だ。戦った相手を思い出せば、納得せざるを得ない。HNMの「フェンリル」と「キング・ダモクレス」だ。普通の戦闘とは桁が違う。そういう極限の戦場を共にしたからこそ、感じるものも違ってくる。


 だが、仲間として戦ってきた俺達だったが、ここからはライバルへと変わる。

 ドロップアイテムを巡るロット勝負――その時間がやってきた。

 ドロップアイテムを見れば、さすがHNMだけあって、市場において高値で取引されているアイテムや、そもそも市場にさえなかなか出回らないようなアイテムの名前が並んでいる。

 前回「ヘルメスの靴」を譲ってもらった恩もあるので、俺が使えないアイテムならパスするつもりだが、そうでないアイテムなら全力でロットするまでだ。

 そうやって俺がロットに向けて気持ちを昂らせていると、パーティチャットではなく、ギルドメンバーだけでやりとりできるギルドチャットで、内緒話をするようなメイの小さな声が聞こえてきた。


「ショウ、これって私達もロットにしていいのか?」


 少し離れたところにいるメイに視線を向ければ、彼女は不安げな顔でこちらを見つめていた。

 無理もない。参加人数でいえば、俺達は4人、ヘルアンドヘブンは12人。貢献度で見ても、ヘルアンドヘブンの方が大きいことは否めない。メイがロットに気後れする気持ちも理解できる。

 だが、俺達の功績だって決して小さくない。

 クマサンはサブタンクとしてしっかりと役割をこなしてみせた。ミコトさんとメイはヒーラーとサブヒーラーとして、一度も崩れることなくタンクを支え続けた。俺はダメージディーラーとして最多ダメージを与えた自負がある。俺達四人の活躍がなければ、今回の勝利はなかったかもしれない。それになにより――


「ねーさん、俺達もドロップアイテムにロットしていいんだよね?」

「当たり前だろ」


 考える間もなく返ってくる気持ちの良い返答。

 ねーさんは、貢献度なんて物差しでロットの権利を語るような人じゃない。

 俺達も遠慮なくロットしようぜ――そんな意味を込めて、メイに親指を立てると、メイは安心したように微笑んでくれた。


 ――さぁ、いよいよロット勝負だ。


 そう意気込んでアイテムロットを始めようとしたところで、周囲のアタッカー陣が妙に緊張した様子を見せているのに気づいた。

 どうしたの?――そう尋ねようとしたが、ドロップアイテムの中に、ある一つの名前を見つけて納得する。


「――ダモクレスの剣がドロップしていたのか」


 ダモクレスの剣――それは、ノーマルダモクレスからはドロップせず、キング・ダモクレスからしかドロップしない超レア武器だ。最大の特徴は、その特殊効果だ。敵に一撃を与えるたび、天空からもう一つの剣が降り注ぎ、追加の一撃を与える。つまり、実質的に二回攻撃を実現する剣なのだ。

 もっとも、二回分のダメージを与えられる特性ゆえ、攻撃力自体はかなり抑えられている。単純なダメージ量で見れば、この剣の二回攻撃分を一撃で凌駕する武器も珍しくない。純粋な物理攻撃力だけを求めるのなら、ダモクレスの剣は決して最強の剣ではないのだ。

 しかし、この剣の真価はそこでは終わらない。最大の強みは、その「属性効果」を完全に二回分適用できる点にある。たとえば、シアがキング・ダモクレス戦で使用していた「雷撃斬」というスキル――この技は物理攻撃と雷属性攻撃を複合したものだが、ダモクレスの剣を装備することで、物理部分は控えめな威力ながらも二回適用される。一方、雷属性の攻撃部分は効果をそのまま二回分加わるため、総ダメージ量を劇的に増加させるのだ。

 さらに注目すべきは、属性効果がダメージ系にとどまらない点だ。毒や麻痺、あるいは即死といった状態異常系の属性にも、適用される。ダモクレスの剣で二回分の攻撃を繰り出すたび、状態異常の判定も二倍行われるため、実質的に成功確率は倍増する。戦略次第では、この剣は最優の剣となり得るのだ。


「アタッカーのみんなが急にピリピリしだしたのもわかるよ」


 先ほどハイタッチを交わし合った隣のシアも、戦闘中よりも神妙な面持ちになっていて、気安く声をかけられそうにない雰囲気だった。


「……でも、俺には必要ない武器なんだよなぁ」


 近接アタッカー達の中で、俺だけがダモクレスの剣に興味を示していなかった。

 なにしろ、俺の武器は包丁だ。ダモクレスの剣を装備しては、俺の生命線である料理スキルが使えない。つまり、俺にとっては無用の長物というわけだ。

 ヘルメスの靴がドロップした時、ヘルアンドヘブンのみんなは俺のためにパスをしてくれた。その恩義を考えれば、ここは潔く譲るべきだ――そう結論を出しかけた、その時。

 アイテムロットに、ヒーラー達や裁縫師のミストまでもが加わっているのが目に入った。


 ――え、ロットするの?


 一瞬、意表を突かれた気分だったが、すぐに冷静さを取り戻す。

 そうだ、非戦闘職しか効果が現れないヘルメスの靴と違い、ダモクレスの剣は全員に効果がある武器なのだ。俺だって、料理スキルが通用しない敵――アンデッド系やゴブリンなどの妖魔系――相手なら、今持っているどの武器よりも役に立つだろう。そういう意味では、確かにヘルメスの靴の時とは条件が異なる。


 ――なら、俺もロットさせてもらうか。


「ほいっと」


 欲しいアイテムならほかの人のロットを待って、出したい数字を頭に描きながら気合いを込めてロットするが、俺にとってダモクレスの剣はそういうアイテムではない。アタッカー陣がロットせず様子見している中、軽い気持ちでロットした俺の数値は895。

 運のない俺にしてはなかなかの出目だ。だけど、16人でロットする中では、勝てるような数値でもなかった。確率的には10人がロットすれば一人は900台が出る計算だ。800台では勝負にならない。


 ――ほかの大事なロットに、運を残せたと喜ぶべきかもしれないな。


 苦笑いしながらほかのドロップアイテムに目を移す。そこには、ダモクレスの剣ほどの希少性はないが、それでも滅多にお目にかかれない品々が並んでいた。


 修羅の兜――高い防御力と、防具では滅多にない攻撃力上昇効果を持った兜。


 女神の首飾り――ヘイト減少効果と高い状態異常耐性を誇るアクセサリー。アクセサリーとしては破格の性能を持つ。


 宵闇のマント――昼間は平凡なアクセサリー装備だが、夜間限定で防御と回避力が大幅に上昇する逸品。あと、見た目が格好いい。


 ドロップアイテムの中でもこの三つは、是非とも手に入れたいアイテムだった。女神の首飾りはクマサンには不要なアイテムだが、それ以外はうちのギルドのみんなにとっても役に立つものだから、俺は無理だとしても、誰かは何かを手に入れて欲しいと思う。


 ――まぁ、俺が手に入れるのがベストなんだけどな!


 まずは一つ目。修羅の兜へとロットする。


「こいっ!」


 ――ロット数値は287。


「オーケーオーケー。性能はいいけど、デザインは微妙だったからな。これは本命じゃない」


 一人つぶやいて、自分を慰める。

 修羅の兜ではすでに900台のロットが出ており、勝負にすらならなかった。


「俺が狙っているのは女神の首飾りだ。ここで俺の力を見せてやる!」


 気持ちを切り替え、再びロットする。


 ――ロット数値は355。


 さっきよりは上がった。でも、勝負にならない。すでにそれ以上のロット数値はいくつも出ている。


「本当に欲しかったのは、実は宵闇のマントなんだよね」


 誰かに聞かれたわけでもないのに、そんな言葉を口にしていた。

 実生活ではマントなんてつけたことないけど、正直憧れがある。ゲームのいいところは、現実ではできないような格好をしても奇異な目で見られないことだ。


「マントをつけるという俺の夢が、ついにかなう時がきた。ここまでのロット運のなさは、ここで高いロットを出すためだったんだ!」


 気合を込めたロット――出た数値は182だった。


「……俺のロットは400以下しか出ないのか?」


 狙いのアイテムは今回も手に入らなかった。どれか一つでも装備できていれば、ゲーム内で自慢できるアイテムだったというのに……。


「せめてクマサン達が何かゲットできていればいいんだけど……」


 三人の様子を順番に伺うが、どうも芳しくない表情をしている。どこまでロットを進めているのかわからないが、今のところめぼしいものは手に入れていないようだ。

 ついでに隣のシア達アタッカー陣の様子も見ると、こっちも落胆ムードだ。ダモクレスの剣へのロットは、よくなかったに違いない。

 わかる、わかるよ、その気持ち! 俺も今まで何度そうやってがっかりしてきたことか。


 沈んだ顔をするシアを見て、思わず何か声をかけようと口を開きかけたその時だった。


【ダモクレスの剣を手に入れた】


 唐突に飛び込んできたシステムメッセージに、一瞬頭が真っ白になる。


 ――え、何これ?


 混乱する俺の隣で、シアが顔を向けて口を開いた。


「ショウさん、おめでとうございます」


 その声は確かに祝福の言葉だったが、その顔はまるで敗北を噛みしめるかのように沈んでいた。

 かつてこれほど悲壮な顔で「おめでとう」と言われたことがあっただろうか? ――いや、ない!



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