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第131話 クマサンが怖い……

 さてと、それじゃあ改めて、残りのアイテムのロットを終わらせるか。

 武器・防具はもう片付いたが、素材系アイテムの中には貴重なものもある。ドロップ数は多いので、一つや二つは持って帰りたいところだが……。


 ――ロット終了。


 ……結果は、残念ながら微妙だ。


「ダモクレスの剣で運を使い果たしてしまったのかもな」


 結局俺が手に入れたのは、微妙な使い道しかない素材アイテムが一つだけだった。まぁ、ダモクレスの剣という大本命でロット勝ちしている身分としては、贅沢は言えないが。

 そんなふうに自分を納得させていると、ユニオンチャットでねーさんの明るい声が響いてきた。


「みんな、今回はお疲れ様! 特に『三つ星食堂』の人達には世話になったよ。あんた達が来てくれなかったら、うちらは戦うことさえできなかった。ヘルアンドヘブンのギルドマスターとして、礼を言わせてもらう!」


 その言葉に、胸の奥がじんと温かくなる。

 俺達はねーさんに誘ってもらえなければ、この再戦の舞台に立つことさえできなかった。感謝するのはむしろこっちの方だ。それでも、こうして全員の前で俺達を称えてくれるのは素直に嬉しい。

 ここは三つ星食堂を代表して、ギルドマスターの俺がきちんとお礼を言わないとな。


「俺達こそいい経験をさせてもらいました。微力な俺達ですが、少しでも役に立ったと思ってもらえたなら光栄です。もしまた人数が足りないことがあったら、声をかけてもらえると嬉しいです」


 ねーさんだけでなく、この戦いに参加したヘルアンドヘブンの全員に、感謝の気持ちを込めて伝えたつもりだ。そして、欲をいえば、また彼女達と共に戦いたいという思いも交えつつ。


「ありがとな~」

「またよろしく!」

「おつかれ~」


 ユニオンチャットには次々と返事が寄せられ、短い言葉の中にそれぞれの気持ちが込められているのがわかる。素直に嬉しい。でも、こうしたやりとりは冒険の終わりを告げる合図でもあり、仲間達との別れを静かに感じさせるものだった。

 そして――


【ユニオンが解散されました】

【パーティが解散されました】


 無機質なシステムメッセージが画面に並び、気がつけば俺は一人になっていた。

 少しの寂しさを感じていると、不意に横から声がかかった。


「ショウニャン、今回も助かったにゃん」


 顔を向けると、ミネコさんがいつものようににこやかに立っていた。


「こっちこそ。ミネコさんのおかげで楽に戦わせてもらえたよ」

「私達ってもしかして、ベストパートナーじゃにゃい?」


 軽口を叩く彼女に苦笑いしながらも、冗談めかしたその言葉に少しの嬉しさが込み上げる。ミネコさんはぴょこぴょこ軽やかに手を振りながら遠ざかっていき、俺は彼女を見送ってからふと振り返った。


 さてと――


 俺が振り返ると、クマサン、ミコトさん、メイの三人はすでに集まっていた。

 俺もその輪に入るべく、近づいていく。


「みんな、お疲れ様」


 みんないい顔をしている。アイテムロットでは、三人とも素材アイテムはゲットしていたが、レア装備は誰も取れてはいない。それでも、キング・ダモクレスへのリベンジを果たしたのだ。彼女達が今回の戦いに満足してくれているのは、その顔を見ればわかる。


「ショウさんもお疲れ様です」

「気持ちのいい人達だったな」


 メイの言葉が、自分が褒められたわけじゃないのに、なぜか嬉しかった。


「だろ?」

「こうやってHNMギルドと繋がりを作っておくのも悪くないな」

「それもありますけど、今回はショウさんが『ダモクレスの剣』をゲットです! それってすごいことですよ!」


 ミコトさんが目を輝かせて言う。その隣で、クマサンがニヤリと笑った。


「もし売ったら、ショウの借金なんて余裕で返済できるな」


 クマサンの言葉に俺は愕然とする。

 ……売るだって?

 ダモクレスの剣は、まだこのサーバーに数本しか存在していない。キング・ダモクレス自体、ダモクレスがリポップする際、低確率で現れるHNMなため、そもそも戦闘すること自体が困難なモンスターだ。その上、剣の性能の高さから、手に入れたプレイヤーが手放すことはまずない。そのため、市場にはまったく出回っていない。そんなものを売りに出せば、一体いくらの値段がつくか想像もできない。


 ――その場のノリで渡してしまって、売ることなんて全く考えてなかった。


「いやいや、売るなんてもったいないぞ! 確かにショウにとっては戦力アップにはならないかもしれないが、ダモクレスの剣持ちがギルドにいるというだけでも、箔がつくってものだ」

「……確かに、そうだな」


 メイの言葉にクマサンが頷く。


「ショウさん、一度装備しているところを見せてくださいよ」


 三人の視線が一斉に俺に注がれた。その期待するような熱い眼差しに、ゲームの中だというのに、背中に冷たい汗が伝う。


「いや、それがその……」

「どうしたんですか? もったいぶらずに見せてくださいよ」

「別に俺に持たしてくれてもいいんだぞ?」


 ミコトさんとクマサンに迫られ、俺は顔を引きつらせて頭を掻いた。


「いや、見せたいのはやまやまなんだけど……ないんだ」

「ん? ないって何がだ?」


 クマサンの純真な瞳が、こんな時は逆に胸に突き刺さる。

 俺は思わず目を逸らし、ぼそりと答えた。


「……だから、ダモクレスの剣が」

「…………は?」


 クマサンの「は?」までの沈黙が長くて、とても怖い。

 言い訳の言葉を探しながら、視線が泳ぐのが自分でもわかった。


「いや、その、俺にはあんまり意味のない武器だったから……あげた――いや、貸してあげたんだ」


 危ない。あげたなんて言おうものなら、背信者としてギルドマスターから降格させられかねない気がする。


「貸したって誰に?」


 クマサンが静かに尋ねてくる。その静けさがかえってプレッシャーだった。


「えっと……シアさんに……」


 言った瞬間、クマサンが眉間に皺を寄せた。

 俺は思わず後退る。


「……よりによって、また女の子か。二人で何か楽しそうに喋っているとは思っていたが……」


 クマサンが何かつぶやいているが、後ろに下がったせいでうまく聞き取れなかった。

 でも、その顔の険しさから、決して俺にとって嬉しいことをつぶやいたのではないことだけはわかる。


「まぁまぁ落ち着きなよ。レンタル料をもらう約束をしていれば、ショウの判断は案外利口かもしれないぞ?」


 メイが助け舟を出そうとしてくれたようだが、そんな考えがあるわけないってば。


「いや、さすがにそんなセコイことはしてないよ……」

「ダモクレスの剣ならそのくらいの価値はあるが、確かに、世話になったギルドのメンバー相手にすることじゃないか……」


 メイから言い出したことだが、彼女は納得してくれたようだ。ただ、このフォローは、むしろ俺の判断ミスを浮き彫りにしただけな気もする……。


「期間はいつまでの約束なんですか?」


 ミコトさんの問いに、また目が泳いでしまう。


「え? 特には決めてないけど……あっ、シアさんがダモクレスの剣を手に入れたら返してとは言っておいたよ」

「それってほとんど無期限じゃないですか!?」


 ……ふむ。予想はしていたが、雲行きが怪しい。


「無期限というか、一応、必要な時には返してもらうってことにしてあるから……」

「そんなの当たり前ですって」


 ミコトさんの言葉が耳に痛い。

 そうだよね、当たり前だよね。シアさんの方から言い出してくれたことだけど、うん、その約束しておいて良かったよ。

 でも、ミコトさんは、小さいため息をつきつつも、それなりに理解をしてくれた様子なのが救いだった。

 ただ、クマサンだけはどうも納得がいかないようで、腕を組みながら口をへの字に曲げていた。その目は、いくばくかの怒りの色を帯びている。


「俺に貸してくれれば、ダメージが増える分、敵ヘイトが稼ぎやすくなったと思うんだが? それに、ショウが貸してくれたものなら……」


 最後の方は声が小さくて聞き取れなかったが、確かにクマサンの言うことは正しい。実際、それは俺も考えたことだったから。


「それはそうなんだけど、タンクのクマサンよりも、アタッカーのシアさんの方が、ダモクレスの剣の恩恵は大きいだろ? ヘルアンドヘブンとまた共闘するときに、アタッカーの戦力アップは俺達にもメリットがあるし」

「そんな機会が次いつあるかわからないがな」

「……はい、ごもっともです」


 俺は素直に頭を下げるしかない。


「……だいたい、私よりほかの女の子を優先するのがムカつくんだよ」


 下げた頭の上からクマサンの小さなつぶやきが聞こえてきた。残念ながら詳しくは聞き取れなかったが、ゲームの中では珍しく「私」という一人称を使っていたような気がする。ロールプレイを忘れるほどの怒りの声だった可能性を考えると、むしろ聞き取れなくて良かったかもしれない。

 確かに、ミコトさんやメイと違って、クマサンの場合は、ダモクレスの剣を使う明確なメリットがあった。そこを軽視してしまったのは、俺のミスだったかもしれない。


「……クマサン、悪かったよ。お詫びといっては何だけど、さっき手に入れた素材アイテム、いる?」


 自分でも情けない提案だとは思う。

 ダモクレスの剣の代わりになるわけがないし、クマサンが喜ぶとも思えない。でも、今の俺にできるのはこれくらいだった。この素材は、手に入りにくい代物ではあるけど、正直なところ今のところたいした使いみちはない。今後のバージョンアップ次第では、化ける可能性もあるが……。


「……いらない」


 だよねー! 俺だって、そう思ってたよ!

 でも、実際にすげなく断られると、やっぱりこたえる。


 はぁ……。今度の生配信の時には高級スイーツセットでも用意しておいて、機嫌を取るしかないかなぁ――そんなことを考えていると、文字チャットでクマサンからメッセージが届いた。

 みんなの前では言えないような罵詈雑言だったらどうしようと戦々恐々としながら、メッセージを開いてみる。


『合鍵』


 ……何だ、このメッセージは?

 まったくクマサンの意図が読めない。


『何かの謎解き?』


 そう返信して、ちらりとクマサンの方を見る――


 こわっ! めちゃくちゃ睨んでる! 目が完全に据わってるんだけど!



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