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第162話 ルーンミスリルの使い道

 考えた末、俺はルーンミスリルそのまま渡すのではなく、加工してからミコトさんに贈ることに決めた。

 ただし、問題もある。ミコトさんの職業である巫女は、俺のような料理人と同じく、装備による制限を受けることがあるのだ。特に重量が一定を超えると、一部のスキルが使用不能になる。ミスリルは金属としては非常に軽量なので、うまくすれば重量問題はクリアできるかもしれないが、巫女の場合、巫女服を着るとステータスボーナスの恩恵を受けられるので、下手にミスリルの防具を贈っても、倉庫の肥やしになる可能性が高い。

 そこで俺が思いついたのが、ルーンミスリルによる髪飾りだった。

 兜やヘルメットといった頭装備は、防御力が高いものの、髪や顔を隠してしまうため、見た目を重視するプレイヤーには敬遠されがちだ。ミコトさんとの付き合いは長いが、彼女が身につける頭装備といえが、髪飾りやかんざしの類ばかりで、兜どころか帽子をかぶっている姿さえ見たことがない。

 もっとも、髪飾り系の装備は兜に比べて防御力が低いという欠点がある。ミコトさんはヒーラーであり、基本的に敵の攻撃を受ける役割ではないものの、インフェルノ戦やキング・ダモクレス戦のように、万が一の事態もあり得る。そんな時、ミスリル製の髪飾りなら、ある程度の防御力を確保できるうえ、ルーンミスリルともなれば付加効果も期待できる。彼女にとって確実にプラスになる装備だと確信した。

 そうしてプレゼントの方針を固めた俺だったが、問題はルーンミスリルの加工だった。鍛冶師をサブ職業にすることは可能だが、俺のレベルでは到底手に負えない。こればかりは専門職に頼むしかなかった。


「――というわけで、メイにルーンミスリルの製作を頼めないかな?」


 メイの工房を訪ねた俺は、事情を説明して彼女に協力を依頼した。このサーバーNo.1の鍛冶師であるメイが作ってくれれば、単に作れるだけでなく、高性能な付加効果も期待できる。ルーンミスリルを有効に使うのは、これ以上の適任者はいない。


「……指輪を作ってくれとか言われたら断っていたかもしれないが……髪飾りか。いいアイデアだな」

「指輪? 指輪はアクセサリー扱いだから、防御力向上の恩恵が少ないし、ルーンミスリルを使うのにはもったいないだろ。髪飾りなら防御力も上がるし、重量制限にも引っかからない。これがベストだと思う」


 俺が当然のように説明すると、メイはわずかに目を伏せ、意味ありげに口元を歪めた。


「……いや、そういう意味で言ったんじゃないが……ショウにそういう気がないなら、別にいい」

「………?」


 メイの視線が妙に意味深だったが、髪飾り作成に反対しているわけではないので、気にする必要はないだろう。


「それより、ミコトの誕生日が近いなんて、私は知らなかったよ。自分の誕生日も気にしてなかったから、そんな話はミコトとしてなかったし」


 メイは少し渋い顔をした。

 無知を反省しているのかもしれないが、俺も直接ミコトさんから聞いたわけではないので、メイのことは責められない。


「だったら、俺とメイからのプレゼントってことにしようか。メイの負担分として、製作料をただにしてくれたら、俺も助かるし」

「いや、ハナから製作料を取るつもりはなかったが……でも、そうやって一枚噛ませてもらえるのなら助かるな。ミコトへのプレゼントだと思えば、製作にも気合いが入るし」


 俺の提案は受け入れてもらえたようでよかった。俺一人からのプレゼントよりも、きっとミコトさんも嬉しいだろうし。


「じゃあ、そういうことでお願いしていいかな?」


 二つ返事で了承されると思ったが、なぜかメイはすぐに答えず、腕を組んで考え込んだ。

 何か問題があるのだろうか?

 気になって尋ねようとしたが、その前にメイが口を開く。


「……クマサンにはこのことを話したのか?」

「いや……話してないけど?」

「……やっぱりな」


 何故かメイは深くため息をついた。

 なぜここでクマサン?――と一瞬思ったが、すぐに理解する。

 俺とメイからのプレゼントということになれば、クマサンだけが蚊帳の外に置かれた形になってしまう。それはギルド内の人間関係に微妙な亀裂を生む可能性があった。ギルドマスターとして当然考慮すべきことなのに、メイに指摘されるまで気づかなかったとは、我ながら情けない。


「……ごめん、メイ。危うく見落とすところだった。三人からのプレゼントにしないと、クマサンが肩身の狭い思いをするし、ミコトさんもクマサンから何もないことを不審に思うよな」


 俺は何度も深くうなずいたが、メイの顔はまだ晴れていなかった。


「それもあるが……ショウは、もう少し女心というやつを……いや、なんでもない」


 メイは何かとても大事なことを言いかけたような気がしたが、首を横に振り、それ以上言葉を紡ぐのをやめてしまった。

 今後の俺のために、その先を聞いておきたいとは思ったが、今彼女にそれを聞くのは、それはそれで不正解なのだと、俺の本能が告げていた。


「とりあえず、クマサンにも事情を話して、三人からのプレゼントってことにしてやれ。ルーンミスリル以外の素材は、私が鍛冶の素材として倉庫にあるが、その分の費用をクマサンに出してもらえばいい」

「いや、その費用なら俺が――」

「それじゃあ、意味がないだろ。むしろ、ショウが出すルーンミスリルの相場の半分を出すとさえ言いかねん」

「いや、さすがにそんなことは――」


 言いかけたところで、ふとクマサンの顔が思い浮かぶ。

 彼女の責任感の強さを考えれば、そういうことを言いかねない。

 髪飾りを作るには、ルーンミスリル以外にも素材が必要だが、それらは市場でほかのプレイヤーから購入できるものばかりだ。金銭的にも、ルーンミスリルを手に入れるのと比べれば雲泥の差がある。


「クマサンの人柄を考えれば、メイの言うことももっともだな」

「いや、人柄どうこうじゃないが……これ以上フォローすることもないか。とにかく、クマサンに事情を話したから、費用については私に連絡するように言っておいてくれ」

「……わかった」


 何か含みのある言い方だったが、メイのことは信用している。彼女に任せておけば問題は起こらないだろう。俺を除いた三人の中では彼女が一番年上ということもあり、ついつい頼ってしまうが、もともと俺の力なんてたかが知れている。困ったときは頼っていいんだと、俺はこのゲームを通じて教えてもらった。


「メイがいてくれて、本当によかったよ」


 素直な気持ちを口にしたつもりだった。けれど、なぜかメイはピタリと動きを止めた。


「……なんだよ。今さら鍛冶師のありがたみがわかったのか?」

「いや、鍛冶師うんぬんじゃなくて、メイという存在が俺にとってどれほど大きいかってことだよ」

「――――!?」


 一瞬、メイの表情がこわばる。

 それから、小さく息を呑み、視線を逸らした。


「――ったく……」


 かすかにつぶやいた声は、聞き取れないほど小さかった。

 怒らせたわけじゃないはずだが……もしかして、頼りすぎてそろそろ迷惑に思われてきたのだろうか?

 何かフォローの言葉を探しかけたそのとき、メイが不意に顔を上げる。


「ああ、もう! 余計なことはいいから、とっととルーンミスリルを渡せよ!」


 その口調とは裏腹に、表情は怒っていなかった。そのことにほっと胸を撫で下ろす。

 ……でも、その頬、微妙に赤くないか?

 照れているようで、いつもより可愛く見える――そんなことを思いながら、俺はトレードを申し込み、トレードボックスにルーンミスリルを放り込んだ。


「よろしく頼むな」

「言われなくても、最高の仕事をしてやるよ」


 メイは得意げに胸を張り、トレードを確定させる。

 だが、その直後、何かを思い出したように俺の方を見た。


「……あ、そうだ。出来上がった髪飾りの名前はショウが考えておけよ」

「え、名前?」

「『ルーンミスリルの髪飾り』のままじゃ味気ないし、私が命名するのもちょっと違うだろ?」


 突然の指名に戸惑う俺をよそに、メイはニヤリと笑った。

 鍛冶師が自作したアイテムは、完成時にデフォルトの名前から変更が可能だ。俺のメイメッサーも、メイの命名によるものだが、まさか自分が名付ける側になるとは思っていなかった。


「せいぜいミコトに合う名前を考えてやれよ。考えついたら文字チャットでいいから、すぐに送ってくれ。命名できるのは完成した時だけだから、それまでは製作を止めておく。なるべく早めに頼むぞ」

「わ、わかった……」


 うーむ、これはなかなかプレッシャーだ。

 メイに依頼できたのはよかったが、思わぬ宿題をもらってしまった。



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