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第164話 月夜見の銀華

 メイに文字チャットを送った翌日、ルーンミスリルの髪飾りが完成したとの連絡を受け、俺はメイの工房へ足を運んだ。


「ありがとうな、メイ。すぐに作ってくれて助かるよ」

「まぁ、私だってミコトの誕生日を祝ってやりたいからな」


 メイは照れくさそうに笑った。その飾らない仕草が妙に温かい。

 いい奴なんだよな、メイは。

 そのとき、システムメッセージが目の前に浮かび上がった。


【メイからトレードの申し込みがありました。許可しますか? はい/いいえ】


 迷うことなく「はい」を選択すると、トレードウィンドウが開かれた。

 メイの側に表示されたアイテム名を見た瞬間、俺は思わず息を呑む。

 ――「月夜見の銀華」。

 自分の考えた名前が、そのままアイテムに刻まれている。それが嬉しくもあり、同時にどこか気恥ずかしさも覚える。

 トレードを終え、自分のアイテムボックスに「月夜見の銀華」が収められると、早速その性能を確認した。

 ルーンミスリル製とはいえ、防御力自体は普通のミスリルの髪飾りと変わらないはずだ。鍛冶師の作成時の成功度によって防御力にボーナスがつくこともあるが、今回に関しては、それはハズレの追加効果だろう。ルーンミスリルなら、通常の装備では得られない追加効果が期待できる。


「……防御力は50。通常のミスリルの髪飾りと変わらないな。ということは――」


 防御力がそのままということは、それ以外の追加効果がついている可能性が高い。ルーンミスリルの髪飾りなら、魔法系スキル威力5パーセントアップと魔法防御5パーセントアップが標準的な効果だが、さらに上乗せされている可能性もある。

 俺は期待に胸を膨らませ、アイテムの効果説明を読むが――


【魔法系スキル威力5パーセントアップ】

【魔法防御5パーセントアップ】


 目にしたのは、ルーンミスリルの髪飾りの標準的な効果だった。

 ルーンミスリルの髪飾りはもともと作成難易度が高く、そこらの鍛冶師では作成可能レベルにさえ届かない。それを思えば、こうして手に入れられただけでもメイに感謝すべきだと理解はしている。

 それでも――メイならば、と期待してしまった。

 勝手な期待なのに、俺はメイを目の前にしながら落胆の色を隠せずにいた。

 だが――

 記載された効果説明にはまだ続きがあった。そのことに気づき、俺はすぐに視線を下へと這わせる。


【消費SP10パーセント減少】


「――――!?」


 息を呑む。

 反射的に顔を上げ、目の前のメイを見つめた。

 彼女は得意げに腕を組み、俺の反応を存分に楽しんでいるようだった。


「どうだ? 鍛冶師メイの力を思い知ったか?」


 俺は声も出せないまま、大きくコクリと頷く。

 このゲームにおいて、スキルは最も重要な要素だ。特に戦闘では、それが勝敗を左右すると言っても過言ではない。そして、スキルを使用する際に消費するSPの量は、戦術に大きな影響を及ぼす。

 そのSP消費を抑える効果は、数あるアイテムの付加効果の中でも群を抜いて貴重なものだった。1パーセントの減少ですら重宝されるのに、「月夜見の銀華」には10パーセントもの減少効果が付与されている。

 こんなアイテム、一度手に入れたら誰も手放さない。市場でさえまず見かけない逸品だった。


「……まさに、神だ」

「ちょ、そこまでじゃないって」


 思わず漏れた言葉に、メイは露骨に照れた様子を見せた。彼女は真正面から褒められると意外と弱いようだ。


「……ルーンミスリルの加工自体難易度が高いだろうに、よくこんな追加効果を引き当てたな」

「まぁ、私もかなり気合い入れたからな」


 ゲームの世界は所詮乱数、気合いなんて関係ない――と言う者もいる。だが、俺はそうは思わない。今のVRゲームなら、プレイヤーの意気込みや執念が電気信号に変換され、何らかの形でサーバーにまで届き、処理に影響を与えていても不思議じゃない。

 きっとメイの想いにゲームが応えてくれたんだと、俺には信じられた。


「……ありがとうな、メイ」


 俺は「月夜見の銀華」を手の中に具現化させると、じっと見つめた。

 花を模した繊細な細工が施された髪飾り。ぱっと見は銀色だが、ミスリル特有の銀色には一切のくすみがなく、その輝きは月のようにどこか神秘的だった。ミスリルがtrue-silver――「真の銀」とも称される理由も、この輝きを見ればうなずける。

 性能、ビジュアル、どれを取っても超一級品だ。

 これを頭につけたミコトさんを想像すると、今からもうワクワクしてくる。


「……これは本当にすごいアイテムだよ」

「だろ? 今になって、自分用のアイテムとして作っておけばよかったと思ったんじゃないか?」


 メイに言われて、俺は思わずキョトンとした。

 そんなこと、考えもしなかった……。


「いや……それはないかな。俺には、頭には狂気の仮面、足にはヘルメスの靴がある。料理スキルに影響あるから腕の装備にも制限があるし、胴だと重量制限に引っかかる可能性も出てくる……。何より、ミコトさんが喜んでくれるのが一番嬉しいだろ?」


 今度はメイの方が、キョトンとした顔で俺を見ていた。

 でも、すぐに呆れたような、それでいて感心したような、不思議な笑みを浮かべる。


「……やっぱりショウはショウだな。私が見込んだ男なだけのことはある」


 なんだかよくわからないが、褒められているようだ。

 それにしても、メイはいつの間にか俺のことを、見込んでくれていたらしい。その事実に、少し驚く。


「とりあえず、見損なわれてはいないようで、何よりだよ。ミコトさんの誕生日には、三人そろって渡したいから、メイもちゃんとログインしてくれよな」

「ああ、わかってるって」


 メイがしっかりと頷いてくれたのを確認し、俺は「月夜見の髪飾り」をアイテムボックスにしまった。

 三人からのプレゼントなんだから、俺一人で渡すわけにはいかない。それでは、すべて自分の手柄にしてしまうようなものだ。

 しかし、そうなると、単にアイテムを渡すだけというのも味気ないな。

 もう少し何か考えたほうがいいかもしれないな……。



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