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第170話 運営イベント開始

 それぞれの役割が決まると、俺達は即座にパーティを組み、イベントへの参加申請を済ませた。

 あとは、開始時刻を待つだけだ。このまま時間が来れば、街にいても自動的にフィールドへ転送され、チャリオット同士の激突が始まる。

 ――だが、その前に、やっておかなければならないことがあった。


「みんな、とりあえずこの王都から離れよう。」


 静かに、けれど決意を込めて俺が言うと、ミコトさんが小首を傾げた。


「えっ? どうしてですか?」


 その問いに何か返す前に、俺は仲間達の顔を見た。

 すぐにクマサンがうなずく。


「……ああ、そういうことか」


 メイもそうつぶやいて、納得したように目を細めた。


「チャリオットはフィールドマップ上で行われる。ルール説明によれば、街にいるパーティは開始3分前に、強制的に街の外へ出されてしまうらしい。……つまり、どうなるかわかる?」


 ミコトさんは、はっと息を呑んだ。


「……周辺が、大乱戦になるってことですか?」

「その通り。おそらく現時点で一番人が集まっているのはこの王都だ。そんな場所で、全員が一斉に放り出されたら、いきなり修羅場だ。実力も戦略も無意味な、数と数の殴り合いになり、一瞬で敗退ってことになりかねない」

「だから、人の少ない場所まで移動しておく……そういうことですね?」


 ミコトさんの理解は早かった。俺は頭のいい生徒を見るように微笑んで、大きくうなずいた。


「ああ、そういうこと」

「了解しました!」


 そうして、俺達は急いで席を立ち、街の外へと足早に向かった。

 ルール説明から開始までの一時間の猶予は、パーティメンバーを選び直す時間であると同時に、イベントの開始場所を決めるための時間でもあったのだ。

 この一時間――ルール説明と役割決めに時間を使ったため、もうすでに一時間も残っていないが――で、俺達は自分達の開始地点を見定めなければならない。


 王都を出た俺達は、王都から伸びる街道をしばらく南に進んだものの、次第に足が鈍り、やがて誰からともなく歩みを止めた。王都から離れると決めたはいいが、肝心の目的地をまだ決めかねていた。

 俺達は一旦街道から外れ、小高い丘の上で顔を見合わせる。


「どうします? 辺境地域に向かいますか? 王都に戻って転送装置を使えば、まだ間に合うと思いますが?」


 ミコトさんの言葉に、俺は静かに首を横に振った。


「いや、辺境地域に行くのは得策じゃない」


 この世界のフィールドは、とにかく広大だ。辺境に行けば、ほかのプレイヤーと遭遇する確率は間違いなく減るだろう。だが、それは裏を返せば、ほかのプレイヤーと戦うこともなく、ただフィールドを走り回るだけでイベントが終わってしまう危険性を孕んでいるということでもある。

 今回のイベントは、最後まで勝ち残った一組を勝者とするサバイバル形式だが、同時に「王」を倒した数によっても報酬が用意されている。これは運営が、ただ逃げ回るのではなく、積極的に戦い、勝ち残ってほしいという意思を込めたルールなのだろう。ならば、俺はそれに応えたい。

 それに――


「ルール説明にも書いてあったけど、今回のイベントでは『魔障嵐』の問題がある」


 俺の声に、メンバーの表情が一瞬引き締まる。

 フィールドにプレイヤー達が散ったまま、戦いもなく終わることを運営も心配しているのだろう。だからこそ、魔障嵐という強制的な収束要素を用意していた。

 その嵐は、その範囲内にいるだけで、プレイヤーの体力を容赦なく削っていく。普段は一時的に表れて消えるだけの災害だが、今回は違う。イベント開始と同時に、その範囲は刻一刻と広がっていく。つまり、安全なエリアは次第に狭まり、最終的にプレイヤー達は必然的に同じ場所に集まっていくことになる。

 フォートナイトでいうところのストームと言えば、わかる人にはわかるだろう。

 ちなみに、今回のイベントでは、開始と同時に、メロディアの街の吟遊詩人イベントのときのように、専用フィールドが生成されるらしい。全マップをもう一つ丸ごと作り出すのだから、相当な技術力だ。イベント不参加のプレイヤー達とは、まったくの別空間になる。つまり、本来の世界に迷惑かけることはないし、向こうでは魔障嵐も発生しない。完全に、俺達参加者だけの舞台というわけで、なんとも贅沢な話だ。


「おそらく、魔障嵐はマップの端から広がってくるだろう。東西南北、どの方向からくるのかわからないけど、マップの端の方にいては序盤から魔障嵐に巻き込まれる恐れがある。マップ端の辺境地域はそういう意味で危険だ。マップ中央の王都周辺は危険地域ではあるが、どの方向にも動きやすいという利点もある。王都から適度に離れていて、適度に人の少ない場所を探そう」

「はい。……でも、そんな場所ありますか?」


 ミコトさんの疑問に、俺が何か言う前に、メイが答える。


「北の山脈はどうだ? わざわざ初手で山に向かうプレイヤーは少ないだろう。魔障嵐が近づいてきた場合、山を下りるときには時間がかかるかもしれないが、魔障嵐はマップ上に表示される。早めに動けば問題はないはずだ」


 しばし考えて、俺は首を振った。


「……いや、山はダメだ。山道は狭い」

「狭いのはいいんじゃないのか? それって、敵に囲まれる恐れがないってことだろ? 一対一なら、こっちには最強アタッカーのショウと、鉄壁のクマサンがいる。後れを取るとは思わないが?」


 クマサンはともかく、俺のことまで評価してくれているのは嬉しい。メイの言うことに一理あるのもわかっている。だけど、俺にはそれ以上に懸念事項があった。


「確かに、一対一なら俺達が簡単に負けることはないだろう。だけど、山道の場合、運次第で前後から挟み撃ちを受ける可能性がある。逃げ場のない挟み撃ちは、それだけで詰みに繋がってしまう」

「……確かに、そうだな」


 メイは納得したように小さくうなずいた。


「でも、だったらどうする?」


 そのやりとりを見て、クマサンが視線を向けてきた。

 みんなの意見を否定しているだけでは話は進まない。代替案を求められるのは当然のことだ。

 俺だって、何の考えもなしにメイの提案を拒否したわけじゃない。

 考えた末に、口を開く。


「……南東の砂漠に行こう」

「砂漠? あそこにはあまりいい思い出がないが……どうしてだ?」


 クマサンの疑問はわかる。俺も砂漠は好きではない。でも、敢えてその砂漠を選ぶのには理由があった。


「砂漠は目的物がなく迷いやすく、敵も強いため、移動ルートとしては使わないし、狩場としても人気がない。それだけに、ほかのプレイヤーも心理的に砂漠に行くことは避けるはずだ。わざわざ土地勘もなく、いい思い出もない場所からスタートしようとする奴なんて滅多にいない。そこを逆手に取る」


 俺の言葉に、クマサンは目を細めて考え込んだが、やがてゆっくりとうなずいた。


「なるほど……。わかった、ショウの考えに乗った」

「私もそれで構いません」


 ミコトさんが小さく微笑んでくれた。


「私もだ」


 最後にメイも言葉を重ねた。

 そうして、俺達四人は意思を一つにし、王都から適度に離れたマジアスの砂漠へと向かった。イベントが始まれば、世界は切り替わり、モンスターも現れなくなる。普段は危険な砂漠が、むしろ俺達にとっては安全地帯へと変わるはずだ。


 やがて、乾いた風が吹きすさぶ砂の海――マジアスの砂漠に到着した俺達は、ただ静かに開始の時を待った。太陽はじりじりと照りつけ、遠くの空気が陽炎のように揺れている。

 ここに来るまでに、同じように砂漠に向かうパーティとも遭遇したが、互いに開始直後の戦闘を避けたい思惑が一致したのか、どちらからともなく距離を取っていき、今は周りには誰もいない。

 当然ながら、俺と同じように考えた連中がいることはわかっていた。それでも、王都周辺や南の街道、東の草原にいるよりはずっと安全なはずだ。

 そして――


【開始3分前です。役割を決めてチャリオットに乗車してください】


 突如、視界の中心にシステムメッセージが浮かび上がった。

 チャリオットっていったって、一体どこに――と思う間もなく、まるで蜃気楼のように目の前の砂の上に現れたのは、二頭立ての戦闘馬車だった。御者席の後ろには、幌のない台座が連なっている。王とその護衛がこの台座に乗り、ほかのプレイヤーと戦いを繰り広げるというわけだ。


「それじゃあ、私は御者だな」


 真っ先に動いたのはメイだった。二頭の馬が興奮気味に首を揺らす中、彼女は手綱を握り、御者席に跳び乗る。車のハンドルと手綱とではまったく勝手が違うだろうに、その表情には不安の色はない。むしろ、この文字通りの暴れ馬をこれから御することを、楽しみにしているようにさえ見えた。


「では、私は王ですね」


 ミコトさんは静かに微笑み、軽やかな足取りで台座に上がった。その所作は、本当に王族のような気品に溢れている。

 チャリオットに乗り込むと、プレイヤー名の前にそれぞれの役割が表示される仕組みになっている。現にメイの名前の前には「御者」と表示されており、その仕様に従えば、ミコトさんの名前の前にも当然「王」の文字が並ぶはずだった。

 しかし、表示されたのは、それとはわずかに異なる文字――女王。

 きっとキャラクターの性別に応じて微妙に変化するのだろう。でも、それを見た瞬間、俺の胸の奥が妙に熱を帯びた。「女王ミコト」、たったそれだけの表示なのに、彼女の立ち姿と見事に重なり合い、ただの役職表示以上の意味を持って迫ってくる。

 ああ、この人のためなら、命を懸けて戦える――そんな想いが静かに、しかし確かに湧き上がってくる。


「俺は防衛者だな」


 クマサンも同じような想いを持ったのだろうか。確かな決意を込めた顔で台座へと上がった。

 その姿を見届けてから、俺は「攻撃者」を選択し、最後に台座へと足を踏み入れた。配置は自然に定まり、左右からクマサンと俺がミコトさんを挟み込む形になる。守るべき存在が真ん中にいる――それだけで、気持ちが昂ってくる。


「――いよいよだな」


 思わず漏れた声に、クマサンが無言でうなずき、ミコトさんは俺に微笑みかけてくれた。そして、御者席のメイが振り返りもせず小さくうなずく。その背中には、同じ覚悟が滲んでいるように思えた。

 HNMに挑む前の緊張感とは、また違う高揚感にも似た感覚が湧き上がってくる。俺達がこれから挑むのは、同じプレイヤー達。燃えないはずがなかった。


【イベント「チャリオット」開始】


 システムメッセージと同時に、開始を告げる澄んだ鐘の音が響いた。現実世界と違い、このゲームの中なら、この砂漠の真ん中にまで届き、緊張感が一気に増した。


「近くに敵の反応があるが、どうする?」


 メイが振り返りざまに問いかけてくる。


「わかるのか?」

「開始と同時に、マップに無数のマークが表示された。動いているから、おそらく参加しているチャリオットの位置だろう」


 言われてマップを確認してみれば、確かに無数の丸印がマップの至る所に表示されている。王都のあたりに無数に固まっているところを見ると、メイが想定で間違いなさそうだ。もし王都に残っていたらと考えると、寒気がする。


「……どこかに隠れているって作戦は取れないってわけだ」

「逃げるか? それとも――戦うか?」


 手綱を握るメイの声に、ふいに張り詰めた静寂が訪れた。俺に視線が集まる。クマサンも、ミコトさんも、俺に判断を委ねてくれているのだ。

 ギルドマスターとしての責任が、今この瞬間、形となって肩にのしかかる。だが、迷いはなかった。


「戦おう! まずは一対一の状況で勝負して、このゲームの感覚を掴んでおこう。それが、きっとこの先の戦いで役に立つはずだ」

「――わかった!」


 メイの返事と同時に、手綱が大きくしなった。馬が砂を蹴立て、チャリオットが走り出す。揺れる台座の上で、風を切りながら俺達は進む――こちらに向かってくるマーク、その方向に向かって。



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