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第175話 挟撃

 二台のチャリオットは左右に分かれ、それぞれ速度を落としながら、後方のルシフェル達との距離を縮めていく。だが、その動きを察知したのか、向こうは迷いなく急旋回を開始した。


 ――攻撃だけして逃げる気かよ! そうはさせるか!


「メイ!」

「わかってる!」


 呼びかけに即座に応じ、メイが手綱を鋭く引いた。チャリオットが派手に軋みを上げて旋回する。俺達の乗る台座を囲むのは、身体を支えるには心もとない低い柵のみ。現実なら確実に振り落とされていただろうが、ここはゲームの世界。慣性の再現こそあれ、プレイヤーの体はバランスを崩す程度で済むよう補正されていた。


「――逃がしはしないぞ」


 ちらりと横を見れば、フィジェットねーさん達のチャリオットも見事に方向転換を決めていた。御者のミネコさんの手綱さばきは、予想以上に冴えている。二台のチャリオットは左右に大きく展開し、互いに範囲魔法の巻き添えを避けながら、今度は追う立場に回った。

 ルシフェルは逃げながらも、こちらに攻撃を撃ち込むことができるだろうが、俺達には遠距離攻撃手段がない。追いすがることしかできない以上、当面は防御と回復の展開になるだろう。

 遠距離攻撃には距離補正があるとはいえ、さすがサーバー1の精霊使いと称されるだけのことはある。ルシフェルの魔法は補正込みでもなお、こちらの体力を大きく削ってくる。それを撃たれ続ければ、いくらミコトさんが回復してくれるとはいえ、消耗するSPの量は決して無視できない。

 だが、俺達は二台で追っている。ダブルでターゲットにされることで、逃走側のチャリオットには二重の減速効果がかかる。すぐに追いつけるはずだ。

 それに、俺には一つの確信があった。


 ――ルシフェルの攻撃は、俺達には向かってこない。


 今、奴を追っているのは、小規模ギルド「三つ星食堂」に所属する俺達と、三大HNMギルドの一角「ヘルアンドヘブン」に属するねーさん達。そして、ルシフェル率いる「片翼の天使」は、その「ヘルアンドヘブン」とHNMの取り合いを続けるライバル関係だ。そんな因縁のある相手に狙いをつけず、小規模ギルドの俺達を優先する理由はない。

 ならば、ルシフェルはまずねーさんを叩きにかかる。そうなれば、俺達は無傷のまま接近でき、両者が消耗し合ったタイミングを見計らって、美味しいところをいただくことができる。まさに漁夫の利。そんな展開を思い描き、俺は内心でにやりと笑った。


 ――これはチャンスだ!


 無論、ルシフェルを逃がすつもりはない。だが、焦らずじわじわと距離を詰めていけば、先に接敵するのはねーさん達。うまくいけば、俺達はそのあとから挟撃し、楽に仕留めることさえできる。

 理想の展開だな――そう思った、まさにその瞬間だった。

 俺の身体に、鋭い衝撃が突き抜けた。


【ショウのダメージ80】

【クマサンのダメージ61】

【ミコトのダメージ72】


 ダメージログがさっと流れる。


 ――えっ、何が起こった!?


 慌てて前方を見やると、チャリオットの台座の上のルシフェルは、こちらに向けて魔法詠唱のポーズを取っていた。


「嘘だろ!? なんでこっちを狙ってくるんだよ!?」


 思わず叫ぶ。想定外だった。完全に、ねーさん達が標的になるとばかり思っていたのに……。


「……ショウ、何かルシフェルの恨みを買うようなことをしたのか?」


 クマサンの声には、微かに責めるような色が混じっていた。その視線を妙に痛く感じるのは、きっと俺の被害妄想じゃないだろう。


「ルシフェルとなんて、まともに会話すらしたことないよ!」


 即座に言い返した俺だったが、その直後、ふと記憶の片隅がうずいた。

 ――そういえば、「1stドラゴンスレイヤー」の称号の件で、ルシフェルが先を越されたと随分悔しがっていたという話を聞いたような気がする。まさか、あれ……?

 いやいや、まさかそんなことで恨みに思うか? もし本当にそれだけで怒っているとしたら、器が小さすぎるだろう。たぶん、関係ない。きっと偶然……たぶん。


 だが、理由が何であれ、現実は変わらない。ルシフェルは俺達を狙っている。そして、少なくとも俺が描いていた「漁夫の利作戦」は、水泡に帰したというわけだ。

 だったら、もう――やるしかない!


「メイ、急いでルシフェルに追いついてくれ!」

「さっきからやってる!」


 焦ってついメイを急かしてしまったら、お叱りの返事が返ってきた。

 ……うん、だよね。ごめん。

 これ以上邪魔しないようにと、大人しくすると、チャリオットの速度がふいに落ちたような気がした。一瞬、メイが怒って手綱を緩めたのかと思ったけど、そうではなかった。


「ショウさん、後ろ!」


 ミコトさんの鋭い声に、慌てて後ろを振り返る。そこには、俺達のチャリオットを追走するもう一台のチャリオットの影。そして、ねーさん達の後ろにも、もう一台――。

 それぞれの台座に立つ王の姿が目に入った。ラファエルとウリエル――いずれも「片翼の天使」のメンバーだ。

 どうやら奴らは、最初からチームを組んで動いていたらしい。

 ルシフェルが得意の遠距離魔法でこちらの注意を引き、背後から仲間が挟み撃ちにかかる。実にいやらしい。けれど、理にかなった戦法だ。奴は、戦場をよく知っている。

 三対二。この数的不利は、正直かなり厳しい。

 しかも、ルシフェルにまず狙われているのは、よりによって俺達の方だ。

 下手を打てば、俺達はここでこのイベントから脱落しかねない。

 俺がなんとか戦術を組み直そうとした、その矢先――


「ショウ!」


 横からねーさんの声が飛んできた。相変わらず、妙によく通る声だ。


「後ろの二台は、うちらが足止めをする! その間に、ルシフェルをぶっ飛ばしてきな! なぜかは知らないけど、あいつはショウを狙ってるみたいだし、あいつを倒す役目は譲ってあげるよ!」


 一方的な言い分。だが、文句なんかあるわけがない。

 次の瞬間、ねーさん達のチャリオットがぐっと速度を落とし、後ろの追撃部隊との距離を自ら詰めていく。二対一になれば、彼女達のほうが遥かにリスクは高い。なのに、迷いなくその役目を名乗り出てくれた。

 ――やっぱり、ねーさんは格好いい。

 ならば、俺達も応えなきゃならない。


「ルシフェルは、俺達が倒す!」


 俺は思い切り声を張り上げた。ねーさん達にしっかり届くように。そして、前方の台座に立ち、手を掲げたまま逃げ続ける、ルシフェルへの宣戦布告として。


「メイ、操縦はすべて任せたぞ!」

「安心しろ! すぐに追いついてみせる!」

「ミコトさん、俺が奴を倒すまで、回復よろしく!」

「はいっ、了解です!」

「クマサン、俺達を守ってくれよ!」

「任せろ!」


 力強く、頼もしい声が次々と返ってきた。本当に気持ちのいい仲間達だ。

 変わらずルシフェルからは魔法スキルが飛んできて、体力を削っていくが、もはや体力ゲージもダメージログも気にしない。俺が見つめるのは、台座で手を掲げているすかしたエルフ――ルシフェルだけだ。



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