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第174話 正面対決

 二台のチャリオットの距離が縮まっていく。攻撃者同士なら間合いは同じ。

 ――今だ!


「輪切り!」


 俺はクールタイムが短くて回転効率のいいスキルを放った。ダメージは低くてもいち早く再使用可能になる。


「絶対障壁!」


 俺のスキルと同時にフィジェットねーさんが発動したのは、先ほどと同じ聖騎士の防御スキル。自身の防御力を大幅に高め、特に一撃目の攻撃に対してはダメージを大きく削る力を持った厄介なスキルだ。


「雷撃斬!」

「紅蓮黒龍波!」


 シアとアセルスの攻撃は、またしても俺を狙ってきた。ミコトさんではなく、やはり俺を先に落としたいらしい。


【ショウの攻撃 フィジェットにダメージ90】

【シアの攻撃 ショウにダメージ125】

【シアの追加攻撃 ショウにダメージ125】

【アセルスの攻撃 ショウに382】


 ダメージログが一斉に流れる。

 俺が与えたしょぼいダメージに対して、向こうから受けたダメージは甚大だった。

 シアの雷撃斬は、物理ダメージと雷属性を複合させた強力な技。普通は雷を苦手とする敵に使うものだが、俺に特定の属性の弱点はない。しかし、ダモクレスの剣による追加ダメージには、属性ダメージ分も乗るので、俺が受けるダメージは実質二倍。属性の相性など関係ないトータルダメージを生み出しうる。自分で渡したとはいえ、やばいチート級の武器だ。

 一方のアセルスの紅蓮黒龍波は、消費SPの大きな大技で、コストパフォーマンスは最悪クラス。そのため、レベル上げの狩りやHNM戦で使われることはあまりないが、とにかく相手を早く倒す必要があるこういう場面ではかなり有効だ。それに、なんといっても名前が格好いい。俺も「黒龍爆殺切り」とか、そういう名前の料理スキルが欲しかった。

 ……ともあれ、これらの攻撃で俺の体力は一気に減らされた。もう一度同じ攻撃を食らえば、確実に死ぬ。

 しかし、俺はなんの心配もしていない。


「スキル『かばう』」


 攻撃に参加していなかったクマサンが、すぐに俺をかばってくれた。ミコトさんからはヒールも飛んできて、全快にはほど遠いが、多少は体力が戻る。アセルスには範囲魔法もあるため、かばわれていても安全マージンは欲しいところだったので、正直、ありがたい。


 そして、二台のチャリオットは、交錯した一度目と違い、並走を続けている。

 戦いはまだまだ続くのだ。

 初撃が終わった時点での体力ゲージだけを見れば、圧倒的にこっちが不利。だけど、ここまでは想定通りだ。

 互いに、第二撃目を繰り出す。


「みじん切り!」

「炎撃斬!」

「メガファイア!」


【ショウの攻撃 フィジェットにダメージ350】

【シアの攻撃 ミコトにダメージ105】

【シアの追加攻撃 ミコトにダメージ105】

【アセルスの攻撃 ミコトに185】


 俺の攻撃は、「絶対障壁」の防御バフが残るねーさんの体力を大きく削った。ダメージ減少効果はさっきの輪切りで消えている。最初にやり合ったときは、この効果のせいで、たいしたダメージを与えられなかったので、今回は大技を温存しておいたのだ。

 一方、向こうはターゲットをミコトさんに変更してきた。先ほどは俺に集中していた攻撃が、ミコトさんへと向かったことで、彼女の体力も大きく削られた。しかし、それでも俺ほどではない。向こうの攻撃のランクが落ちたこともあるが、ミコトさんの魔法防御力が高いのが大きかった。

 ミコトさんもねーさんもすぐに自己回復を行い、減った体力を大きく戻す。

 ここからは、互いに削り合い、そして回復し合う戦いになるだろう。


「乱切り!」

「氷撃斬!」

「メガブリザード!」


 再び、互いの女王の体力が削られた。そしてまた、女王自らが回復する。

 今のところ、攻撃のダメージが回復量を上回り、互いの女王の体力は確実に減少している。このまま続け、どちらの女王が先に0になるのか――これはそういう勝負だ。


「ぶつ切り!」

「風撃斬!」

「メガサンダー!」


 攻撃者による三度目の攻撃が、空気を震わせるように繰り出された。

 攻撃スキルのランクは落ち、俺が与えるダメージは減っている。だが、料理スキルはクールタイムが圧倒的に短い。再び「みじん切り」や「乱切り」が使用可能になれば、勝機はこちらに訪れるはずだ。

 けれども、もしそれでもねーさんを削りきれず、その後、アセルスの「紅蓮黒龍波」のクールタイムが終われば――俺達は恐らく負ける。

 包丁を振るいながら、俺はこの勝負がそれほど長くは続かないことを感じ取っていた。


 ――決着の時は近い!

 俺は再び包丁を振り上げた――その時だった。


 俺達全員を黒い影が覆い、次の瞬間、全身を貫く強烈な衝撃が走った。

 そして、その衝撃とともに、この場にいる六人全員分のダメージログが一気に流れた。


「な、なんだ!?」


 突然のことに、全員が一瞬動きを止めた。

 クマサンにかばわれている俺までダメージを受けたということは、範囲攻撃に違いない。

 さっきミコトさんが回復してくれていなかったら、結構危なかったかもしれない。


「後ろだ!」


 クマサンの叫びに、俺は急いで後方を振り返る。

 そこには、いつの間にかもう一台のチャリオットが俺達を追走していた。その台座の上には三人のプレイヤーの姿があり、その中の一人、エルフの男がこちらを見据えて、手を掲げている。

 その瞬間、再び衝撃波が全身を貫き、再び全員のダメージログが流れた。


「あの野郎!」


 そのエルフが誰だか気づいたのだろう。ねーさんが鋭く吐き捨てた。

 俺も、そのエルフには見覚えがある。

 HNMギルド「片翼の天使」のギルドマスター、ルシフェルに間違いない。

 まともに話したことはないが、街で見かけたことはあるし、最近ではHNMの取り合いをしたこともある。……まぁ、向こうは小規模ギルドの俺のことなんて覚えてもないだろうけど。

 ともかく、奴は恐らくこのサーバー1の精霊魔法の使い手。ねーさんともども、少なくとも終盤までは直接対決したくない相手だった。


「回復します!」


 ミコトさんが範囲ヒールを使って、俺達を癒してくれた。おかげで体力的には危険域を脱したが、状況は依然として厳しい。

 しかし、このイベント中は魔法攻撃には距離補正があるというのに、ルシフェルの魔法ダメージはかなりのものだった。一撃で死ぬようなレベルではないが、全員が対処範囲に入っているため総ダメージは料理スキルによるダメージに匹敵する。

 ――などと考えているうちに、三発目の範囲魔法攻撃が襲ってきた。


「……調子に乗りやがって」


 さすがにむかついて、つい口からそんな言葉が漏れた。

 もしこのままねーさん達との戦いを続ければ、ルシフェルの範囲魔法で両チームともやられる――それは明白だった。


「ねーさん!」


 俺はすぐに彼女に呼びかける。

 ねーさんも強い光を宿した目で俺を見返した。


「まずはあの優男をぶちのめさないか?」

「気が合うね。うちも同じことを言おうと思ってたところだよ」


 ねーさんがニヤリと笑う。


「俺達の勝負は、あいつをぶちのめした後――ってことでいいよな?」

「ああ、もちろんさ!」


 さっきはまったく聞く耳を持ってもらえなかったというのに、一時的とはいえ、ねーさん達との同盟があっさり成立した。

 手を組んだとみせかけて、騙し討ち――そんな作戦も考えられるが、正直、ねーさんがそんな卑怯な真似をするとは思わないし、俺もする気はない。こういう時、互いのことをわかっていることが生きてくる。おかげで、ねーさん達の裏切りを考慮せず、対ルシフェルに挑めるのだから。


 俺達とねーさん達のチャリオットは、これ以上二台同時に範囲攻撃を食らうのを避けるため、左右に分かれた。

 標的は後ろのチャリオット。御者ブルゼバブ、女王ミカエル、防衛者ガブリエル、そして攻撃者ルシフェル――その四人だ。



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