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第173話 狙われたアタッカー

 二台のチャリオットが交錯する瞬間、俺は定石通り向こうの女王であるフィジェットねーさんを狙いに行ったが、向こうの攻撃者であるシアとアセルスは、こちらの女王であるミコトさんではなく、俺を狙ってきていたのだ。

 クマサンは当然ミコトさんをかばいに行っているため、二人の攻撃は無防備な俺にまともに直撃していた。

 シアさんの攻撃に至っては、俺の渡したダモクレスの剣の効果で、追加効果ありの実質二倍ダメージなものだからたまったものではない。アセルスの魔法スキルも、ほぼゼロ距離から放たれた、距離補正なしのフルパワー。その上、彼女が使ったのは、そのレパートリーの中で単体攻撃最強の魔法だった。紙装甲の俺の体力が八割ほどもっていかれたのも、ある意味当然のことだった。


「回復します!」


 すぐにミコトさんからヒールが飛んできて、体力ゲージが戻っていく。

 危ない状態は脱するが、距離が離れてからも、依然としてアセルスからは魔法攻撃が飛んできている。スキル「かばう」を使った直後なので、クマサンにかばってもらうこともできず、俺は魔法の雨に打たれるしかなかった。


「私がついているので、心配ありませんよ」


 ミコトさんは微笑んでくれるが、なんとも情けない。


「まさか、ミコトではなく狙いをショウに切り替えてくるとはな……」


 悔しげにクマサンがうなった。だが、俺は静かに首を振る。


「違うよ、クマサン。たぶん、最初から狙いは俺だったんだと思う」

「えっ……?」

「最初にアセルスの魔法でミコトさんを狙ったのは、クマサンにミコトさんを守らせるための撒き餌だったんだ。彼女達の狙いは、最初から俺。無防備な俺を、今の攻防で倒すつもりだったに違いない」

「ショウさんは私達にとって最大にして唯一のアタッカー……だから、真っ先に排除しにきたってことですか……」


 ミコトさんのつぶやきに、俺は静かにうなずいた。

 ――そういうことだ。

 俺とミコトさんとでは、「狂気の仮面」と「月夜見の月華」の性能差もあり、ミコトさんの方が防御に優れている。特に魔法防御に関しては、圧倒的にミコトさんが上だ。つまり、この三人の中で、一番脆いのは間違いなくこの俺。そして、俺がいなくなれば、こちらの火力はほぼ消える。

 ねーさん達の戦術は、冷徹にして合理的。まさに理にかなった最適解だった。――これが、手の内を知られている怖さだ。


「さすが、ねーさん。やってくれる。俺の攻撃は、ねーさんの『絶対障壁』のせいで思ったほどダメージを与えられなかったというのに……。これはなかなか厳しいな」


 相手のことを知っているという点では、こっちも同じはずだった。だが、知っていることが攻略に直結するとは限らない。

 ねーさんは、このサーバーでも屈指の防御力を誇る聖騎士。そのうえ、自己回復まで可能。言ってみれば、一人で女王と防衛者の役割を兼ねられるような存在だ。そんなチート女王がいれば、攻撃者二人配置するという攻撃的編成も可能になる。

 ただし、普通はそうした構成にはリスクがつきものだ。王にかかる負担が大きすぎて、特にSP消費が激しく、長期戦には向かない。だが、ねーさんの場合はその欠点すら克服していた。

 「ナイトオブナイツ」――SP常時回復能力を持つこの超レア装備のおかげで、唯一の弱点だった継戦能力すらカバーし、弱点らしい弱点が見当たらない。

 結果――相手のことを知ってるが故に、自分達がいかにとんでもない相手と戦っているのかということを痛感させられただけだった。


「ショウ! 向こうのチャリオットが動きを変えたぞ!」


 メイに言われるまでもなく、その動きには俺も気づいていた。

 二台のチャリオットが再び交錯――かと思いきや、向こうのチャリオットは正面からぶつかるのではなく、うまくコントロールし、俺達の後ろにつき、並走を狙ってきている。

 先ほどのようなすれ違いざまの一撃では、互いに攻撃できるのは一瞬だけ。その後は回復タイムが挟まる。一撃で倒せるほどの圧倒的な火力があればそれでもいいが、そうでなければ勝負はつかない。クリティカルなどで事故死するか、双方SPが尽きて共倒れか――。

 その未来を避ける、もっとも簡単な方法は――並走状態での殴り合い。

 回復スキルはクールタイムがネックになり、回復量とダメージ量を比べれば、ダメージ量が上回る。そのため、互いに逃げずに戦えば、SPが尽きる前に、確実にどちらかの体力が尽きる。


 ――いいだろう。望むところだ。


 どのみち、ターゲットされて追われれば、速度補正がかかり、逃げ切るのは不可能。それになにより、ねーさん達相手に逃げたくはなかった。


「……メイ、受けてたとう」


 俺の決意に、メイは振り返りもせず短く答えた。


「了解」


 俺のことを信頼してくれているのが伝わってくる。


「ショウ、作戦は?」


 クマサンが静かに尋ねてくる。その声には、冷静な判断を求める重みがあった。

 俺が料理人でなければ、向こうの作戦のように、こっちもねーさんでなく、アセルスを狙うという戦法を取るところだ。聖騎士のねーさんよりも、魔導士のアセルスの方が遥かに倒しやすい――そう、普通ならば。

 しかしながら、俺の料理スキルは、物理防御力を無視する特性を持つ。相手が聖騎士であろうと、魔導士であろうと、与えるダメージに大差はない。


「俺が意地でもねーさんを落とす。二人はその時間をなんとか稼いでくれ」

「……だったら、ミコトではなく、ショウをかばった方がいいか?」


  クマサンが俺へと視線を向けてきた。判断の難しい局面だ。


「私なら大丈夫です。魔法防御ならショウさんより私のほうが高いですし、アセルスさんの魔法スキルも私には通りにくいはずです。あとは自己回復で、ショウさんがフィジェットさんを倒してくれるまで耐えてみせます」


 ミコトさんの言葉は落ち着いていた。けれども、その瞳には、確かな覚悟の光が宿っていた。

 ――情けないが、事実だ。

 巫女である彼女より、俺の方が脆い。

 だけど、きっとそれは向こうもわかっているはず……。


「クマサンが俺をかばうのを見越して、今度はミコトさんを狙ってくる可能性も捨てきれない……。だから、誰をかばうかは、相手の初撃を見て判断してほしい。ミコトさんがダメージを受けたらミコトさんを、俺がダメージを受けたなら俺をかばってくれ。最初の攻撃だけなら、俺もミコトさんも耐えられる」


 大ダメージを受けたとしても、その後にかばってもらえれば、それ以上のダメージを食らうことはない。ミコトさんのヒールが十分に間に合うはずだ。

 逆に、その後は、かばってもらえなかった方が狙われるかもしれないが、ターゲットを変更してくれるのなら時間稼ぎにはなる。


「了解した。二人とも死なせはしない」

「頼りにしてるよ」


 拳を突き出すと、クマサンは無言でそれに応じた。グータッチ。ささやかだけど、戦場で交わすには十分すぎる合図だった。

 ふと、脳裏にクマサンの姿がよぎる。小柄で、どこか守ってあげたくなるような女の子。正直、あの彼女に「守ってもらう」なんて、男としてどうなんだ――そんな思いが一瞬、頭をかすめた。

 けれど、すぐに首を振る。

 ここは現実じゃない。ここは『アナザーワールド』。

 今隣にいるのは、けむくじゃらの巨体に、実はつぶらな瞳を持つ、獣人の重戦士クマサンだ。俺の相棒にして、最も頼りになる仲間。彼女――いや、このクマサンにかばわれるのなら、ちっとも恥ずかしくはない。


「向こうにだいぶ追いつかれてきた! みんな、戦闘準備はいいか!?」


 メイから焦り混じりの声が飛んできた。二台のチャリオットは、俺達が逃げ、向こうが追う形に変わっていたが、その距離はずいぶんと縮まっている。こちらの作戦が整うまでメイがなんとか時間を稼いでいてくれたが、それもそろそろ限界のようだ。


「俺の料理スキル、使用に問題なし!」

「『かばう』の再使用可能!」

「回復の用意、整ってます!」


 俺達の報告に、前を向いたまま、メイが力強くうなずいた。


「了解! だったら――このまま並びに行く!」


 彼女の手綱さばきで、二頭の馬の速度が緩み、敵チャリオットとの距離が一気に縮まる。

 馬の荒い息遣い、響く馬蹄、車輪が軋む音、すべてが、次の瞬間に訪れる激突を予感させた。

 そして、後方。ねーさんが口元に薄く笑みを浮かべている。

 まるで、こう言っているかのようだった。

 ――倒せるものなら、倒してみな。

 思えば、こんな形でねーさんやシア達と真正面からぶつかることになるとは、想像もしていなかった。

 だが、今はただ――


「……勝負だ、ねーさん」


 俺は静かにつぶやいた。その言葉は、誰にも聞こえなかったかもしれない。けれど、それはこの瞬間を戦う、自分自身への誓いでもあった。



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