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第172話 遭遇

 俺達は適度に攻めと逃げを織り交ぜつつ、撃破を重ねていった。

 相手が一台なら積極的に戦闘を仕掛け、逆に二台以上のチャリオットが近づいてきた場合は戦闘を避けて移動する。タイマンなら遅れを取るつもりはないが、二台以上から同時に攻撃されてはさすがにヤバイ。そう考えての戦略だが、それが功を奏したのか、俺達はすでに四撃破を記録し、いまだ健在だった。


「回復アイテムも溜まってきましたね」


 台座の上の体力回復薬とSP回復薬を見ながら、ミコトさんが嬉しそうに笑みを浮かべた。

 このイベントでは、プレイヤーが所有している消費アイテムの使用は不可能となっている。マネーパワーになる展開を防ぎ、できるだけフェアな条件で戦えるようにという運営側の配慮なのだろう。

 ただ、そうなると、チャリオット上では休息も取れないので、戦えば戦うほど消耗するというリスクがある。逃げ回って体力とSPを温存していたチャリオットが、最後に満身創痍の勝ち残りを仕留めて優勝――なんて展開はちょっと盛り下がる。そのため、今回のイベントでは、チャリオットを撃破した際に、台座に体力回復薬とSP回復薬が出現するという仕様が組み込まれていた。これなら戦うことに、よりメリットが生まれるというわけだ。


 俺は料理スキルを使いまくっているが、もともと消費SPが少ないため、SPにはまだ余裕がある。クマサンのSPは減り気味だが、今すぐ回復が必要というほどではない。俺達が受けたダメージもそれほどではないため、ミコトさんのSPもまだ大丈夫。つまり――アイテムを温存したまま、俺達はここまで来ている。

 なかなか、いい流れじゃないか、これは!


 ――とはいえ、この調子がいつまでも続くとは思っていない。


「魔障嵐の範囲……だいぶ広がってきたな」


 メイがチャリオットの手綱を操りながら、誰にともなくつぶやいた声には、わずかな緊張が滲んでいた。

 魔障嵐は、マップの北東、北西、南東、南西という四隅から、まるでじわじわと侵食してくる瘴気のように広がりを見せている。その拡大速度は一定ではなく、どの方向からどれほどの速さで広がるかは、なかなか予測できない。そのため、中央付近が最後まで安全地帯になる保証もない。だが、プレイヤー達は本能的に魔障嵐が迫ってくるのを恐れて、次第にマップの中心へと集まり始めていた。

 そのため、この砂漠地帯にも、外からチャリオットが入り込み始め、すでに比較的安全な過疎地帯ではなくなってきている。


「……今後は、複数での乱戦も覚悟しないといけないな」


 俺は敢えてそう口にした。冷静を装いながら、その言葉には仲間達へと警鐘を込めていた。

 乱戦になれば、運の要素も大きく絡んでくる。二対一のうち、一のほうに自分達がなれば、多少の実力差があっても簡単にひっくり返る。ますます慎重かつ大胆な立ち回りが求められてくる。

 それと、他のプレイヤー達と出会う機会が増えることには、もう一つ懸念材料があった。


「……ショウ、厄介な相手を見つけたぞ」


 周囲をうかがっていたクマサンが苦々しい声を漏らした。

 俺はその声に反応し、クマサンの視線の先を追う。


 ――ここで出会うことになったか。


 思わずため息を吐く。


「……やっぱりフィジェットさん達もまだ残ってましたね」


 ミコトさんの静かな声に、俺は黙ってうなずいた。

 視線の先には、砂塵を巻き上げながらこちらへ向かってくる一台のチャリオット。その車体に乗っていたのは、よく知った顔ぶれだった。

 女王フィジェット、攻撃者シア、攻撃者アセルス、御者ミネコ――ヘルアンドヘブンの精鋭四人だ。ヒーラーのミネコさんを御者に回し、近距離アタッカーと遠距離アタッカーを共に揃える超攻撃的編成で、俺達に近づいてくる。

 俺が心配していたことが、早くも現実となった。知り合い――しかも、実力者である知り合いとの遭遇。共闘できれば心強いが、こちらの手の内を知られているので、敵に回せば非常に厄介だ。


「戦いはまだ中盤……ここで潰し合うのは、向こうにとっても得策ではないだろう。……俺が共闘の申し出をしてみる」


 強い決意を込めてそう言うと、クマサンとミコトさんがうなずいた。御者台のメイも振り帰り、視線をこちらに向けて無言で同意を示す。

 あの四人とは、HNM戦だけでなく、一緒に「人狼の館」をプレイした仲でもある。その関係を考えれば、彼女達も積極的な争いを望んでいないはずだ。いずれは戦うことになる相手なのは確かだが、今は共闘を受け入れてくれる――俺はそう信じていた。


「――ねーさん!」


 まだ距離はある。けれど、俺は声を張り上げて、彼女に呼びかけた。


「ショウ!」


 すぐに返ってきたのは、あの快活な声。力強さと頼もしさを感じる声だった。

 フィジェットねーさんは、こっちに向けて大きく手を振ってくる。

 その姿に、思わず笑みが浮かびそうになった。きっと、共に戦える――そう、信じられた。

 だが――


「こんなところで出会えるとは、これは何かの縁! 私達が引導を渡してやるよ!」


 高らかな宣言とともに、ねーさんは口元に獰猛な笑みを浮かべていた。まるで、戦を求める獣のように。

 まさかの展開に、俺は思わず声を上げた。


「ちょっ!? 待って、ねーさん! とりあえず、ここは一時的にでも同盟を組んで共闘しようよ!」

「問答無用! アセルス、先制の一撃をお見舞いしてやれ!」


 必死に訴えかけたが、ねーさんは聞く耳を持ってくれなかった。


「……すまない、ショウ」


 申し訳なさそうな声とともに、アセルスの魔法弾が空を裂いて飛来する。

 ……ああ、ダメだこりゃ。

 ミコトを狙った魔法を、クマサンがなんとかしてくれた。

 だが、状況が好転するはずもなく……。


「……すみません、ショウさん」

「ねーさんの命令には逆らえないにゃ」


 シアさんとミネコさんも、申し訳なさそうな顔をしている。だが、シアさんは剣を構え、ミネコさんは巧みに手綱を操り、進行方向をこちらに定めていた。

 ……二人もその気じゃないか、もう!


「……ショウ、交渉決裂しているじゃないか」

「ショウさんなら、うまくやってくれるって思ってましたのに……」

「こういう時に限って、役に立たないんだから……」


 近くから聞こえてくるのは、味方達の容赦ない言葉の数々。

 いや、待って!? 今のやり取り、ちゃんと見てたよね!? 交渉の余地なんてどこにもなかったよね!?

 心の中で盛大にツッコミを入れつつも、俺は一気に気持ちを現実へと切り替えた。


「――こうなったらしょうがない! 全員、戦闘準備! ここでねーさん達と決着をつける! どうせ、いずれは戦わなきゃならない相手だ!」


 相手にロックオンされれば、こちらの速度は落ちる。ほかのチャリオットを巻き込まない限り、逃げ切るのは不可能だろう。ならば――もうやるしかない。


「……降りかかる火の粉は、払わないとな」

「回復は任せてください」

「……三人とも、任せたぞ。私は操縦に集中する」


 さっきはあんなことを言っていたのに、みんなの顔つきは戦闘モードだ。

 なんだかんだ言って、三人とも、喧嘩を売られて黙ってるようなタイプじゃない。

 俺は深く息を吸い、包丁を構えた。体勢を整え、視線をまっすぐに前へと向ける。

 これまでは、距離を取って戦おうとする敵をこちらが追いかける展開が続いていた。だが、今回は違う。向こうも真正面から突っ込んでくる。

 そして――二台のチャリオットが交錯する。


「みじん切り!」

「絶対障壁!」

「雷撃斬!」

「紅蓮黒龍波!」

「スキル『かばう』!」


 すれ違いざまに、それぞれのスキルが次々と発動し、戦闘ログが一気に流れていく。

 二台のチャリオットは一度距離を取り、旋回しながら次の攻撃態勢を移っていく。

 だが――俺は自分の体力を見て、戦慄した。


「――マジかよ!? 死にかけてる!」


 見ると、ミコトさんではなく、俺の体力がごっそり削れていて、残り二割を切っていた。



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