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第177話 嵐の後の思わぬ再会

 フィールドに吹く風が、いつの間にか静かになっていた。

 乱戦の嵐を抜け出した俺達のチャリオットは、荒れ狂う戦場と化した砂漠を脱出し、荒野の岩陰に身を隠していた。

 魔障嵐の拡大に伴い、安全地帯としての価値が相対的に高まった砂漠は、もはやプレイヤーの過疎地域とは言えない場所になっていた。HNMギルドのギルマスまで集まってきた以上、そこに留まるのは利口とは言えない。


「……なんとか、生き延びられたな」


 ぽつりとこぼれたその言葉は、誰に向けるでもなく、自分自身に言い聞かせるようなつぶやきだった。

 思わず口をついて出るほど、さっきの乱戦は凄まじかった。

 中でも、ルシフェルの強さは目を見張るものがあった。

 圧倒的な魔力、破壊力と範囲を兼ね備えた魔法の連打。あれはまさに、最強の精霊使いと呼ばれるのに相応しい実力だった。

 だが、それでも――生き残ったのは俺達だ。

 ……とはいえ、それは俺の力によるものではない。


「みんなのおかげだ……本当に」


 深く息を吐きながら、俺は仲間一人ひとりに目を向ける。


「クマサンがいなければ、あの乱戦の中でミコトさんを守りぬくことなんてできなかった」


 そう告げると、クマサンはちょっと照れくさそうに、つぶらな目を細めて微笑んだ。


「ミコトさんの回復がなければ、俺はあの場で間違いなく倒れていたよ」


 ミコトさんは、恥じらうようにはにかみながら、そっと目を伏せた。


「そして、メイ。あの混戦のど真ん中で、冷静にチャリオットを操ってくれた。メイの適切な判断がなければ、俺達はあの混戦から抜け出すことなんてできなかった」


 御者席で手綱を握るメイは、背中を向けたまま返事をしなかった。けれど、その肩がほんの少し震えた気がする。

 ――まったく、あの背中も、ちゃんと照れるんだな。

 思わず口元が緩む。

 俺は、本当に仲間に恵まれている。

 それを今、噛みしめていると――


「ショウがいなかったら、ルシフェル達を倒せていない。――俺達が生き残っているのは、ショウのおかげでもある」


 不意に、クマサンが真っすぐ俺を見つめて言った。

 その言葉に、ミコトさんが小さくうなずき、メイも背中越しに一度だけ、静かに首を動かした。

 多くは語らない。でも、それで十分だった。

 俺が仲間達に抱いていた想いを、同じように彼女達も俺に向けてくれていた――その事実に、胸の奥に温かなものがじんわりと広がっていく。

 言葉では表しきれない感情が、そっと俺の中に満ちていった。


「……すぐにここにも敵がくるだろう。今のうちにSPを回復しておこう」


 照れ隠しというわけではないが、俺は話題を変えるようにして、勝利報酬として得ていたSP回復薬をミコトさんに差し出した。

 一番SPを消耗しているのはミコトさんだ。そして、彼女のSPはこのチームの生命線でもある。最優先で回復しておかなければならない。

 ルシフェル達を倒したことで、俺達の手持ちのSP回復薬は合計五つ。体力回復薬も、未使用なら五つあるはずだが、あの乱戦の中でそれぞれが緊急使用しており、今手元にあるのはルシフェル達を倒した時に追加された一つのみ。


「SPが減っているのは、ショウさんやクマサンも同じじゃないですか」


 ミコトさんの穏やかな指摘に、俺とクマサンは顔を見合わせた。

 またあのような乱戦が訪れたとき、肝心な場面でSPが尽きて肝心なスキルが使えなくなる――そんな事態は絶対に避けなければならない。

 「ラストエリクサー病」――ゲーム好きなら誰もが知っている、あれと同じだ。

 今後訪れるかもしれないピンチに備えてラストエリクサーを温存し続けた結果、結局戦わずに終わる。それどころか、場合によっては使わずに死んでいく。そんな愚かな病にも似た症状。

 そんな失態をさらすわけにはいかない。それに、この薬は今回のイベント専用アイテム。温存するメリットは少ない。


「……そうだな。使う余裕がある時に使っておこう」


 そう言って、俺達はSP回復薬を使い切る決断をした。

 ミコトさんが三つ。残りの二つを、俺とクマサンが一つずつ使う。

 これで全員のSPがだいぶ回復した。次に備えるための、最低限の備えは整った。


「……あの乱戦で、異世界血盟軍の連中も一緒に倒れてくれてたら、助かるんだけどな」


 俺がふと漏らした希望混じりの言葉に、ミコトさんがやや重たげな声で答えた。


「私が最後に確認したときは、まだ健在でしたね」


 ――やっぱり、あの連中はしぶとい。

 ルシフェル達と同様、乱戦の中でも多くのプレイヤーから狙われていたはずなのに……さすがHNMギルドの実力者達だ。


「とにかく、手あたり次第に攻撃しまくっていたな。撃墜数はかなりのものになっているんじゃないか」


 クマサンの言葉には、皮肉と警戒の両方が混ざっていた。

 それだけ倒しているなら、回復アイテムも大量に獲得しているということ。

 つまり、彼らは「回復薬を燃料にして殴り続ける」という、シンプルかつ強引な戦略を採っているわけだ。

 そして、その指揮を執るギルドマスター・ソルジャー。「サーバー1の最強近接アタッカー」と呼ばれる男だ。正直、俺としては、その称号を奪い取りたいと思っている。でも、今の世間的な評価では、どう考えても彼の方が上。

 どちらが最強の近接アタッカーか、直接対決で勝負を決したいところだが――このイベントで勝ち残ることを考えれば、彼らにはさっきの乱戦で消えてくれることを願ってしまう。


「フィジェットさん達は無事でしょうか……」


 ミコトさんの不安げな声に、胸の奥がチクりとうずいた。

 そうだった……。いろいろあったせいで忘れかけていたが、ねーさん達は「片翼の天使」の二台のチャリオットの相手を引き受けてくれていたんだった。

 ルシフェルを倒すというねーさんとの約束は、なんとか果たすことができた。だが、肝心のねーさん達がどうなったのかはわからない。もし彼女達が負けていれば、ルシフェルのかたき討ちとばかりに、残った二台のチャリオットに狙われかねない。

 ――でも、あのねーさん達が簡単にやられるとは思えない。


「ねーさん達なら、きっと無事だよ。あの人達が、そう簡単に負けるはずがない。むしろ――」


 言いながら、思わず笑みが漏れる。


「――今度こそ敵として現れる覚悟をしておいた方がいいかもしれない」

「……そうですね」


 ミコトさんの強張っていた表情が、ふと緩んだ。

 きっと彼女の中でも、ねーさん達の姿が思い浮かんでいるのだろう。元気に笑いながら、また問答無用で襲いかかってくるその姿が。


「……人の心配をしているのもいいけど、そろそろ自分達のことを考えたほうがいいぞ。周りの連中が、こっちに向かってきている」


 メイの言葉が空気を引き締めた。

 マップを見れば、確かに三方向からチャリオットを示すマークがこちらに向かってきている。

 もう安全エリアも、残ったチャリオットも少なくなってきていた。敵の目をかいくぐって逃げ延びるなんてことは、難しくなってきているのだ。


「囲まれると不利だ。まずは一番近い敵を迎え撃とう」

「――わかった」


 メイは即座にうなずき、東の方角へと手綱を切った。

 チャリオットが再び砂を巻き上げて走り出す。

 こういう時、戦術の方向性で揉めているようでは勝ち残るのは難しい。

 それでも皆、それぞれに考えがあるはずだ。

 そんな中で、俺の言葉に迷いなく従ってくれるのは、きっとリーダーとして認めてくれているからに違いない。嬉しさとともに、責任の重さを感じる。

 ――みんなを勝たせたい。

 その思いが強くなった。


「見えたぞ!」


 メイの鋭い声に、俺は前方を見やる。

 勢いよく突き進んでくるチャリオット――その姿がはっきりと見えた。

 台座に立つ王に視線を向けた瞬間、俺は息を呑む。


「――あっ」


 そこに立っていたのは、知った顔だった。


「……マテンロー」


 キング・ダモクレスと共に戦い、大敗した、あの時の仲間だ。

 しばらく顔を見なかったが、まさかこんな形で再会するとは思っていなかった。


「ショウ!」


 向こうも俺に気づいたらしい。

 ……こういうとき、どういう顔をすればいいんだろうか。


「ほかのHNMと組んで、ずいぶん活躍しているそうじゃねえか!」


 ――やはり俺を責めているのだろうか。

 マテンローから見れば、俺達は彼にすぐに見切りをつけ、「ヘルアンドヘブン」にすり寄ったコウモリのような存在に見えているのかもしれない。

 俺はつい目を伏せてしまう。


「ここで俺の成長した力を見せてやる! 俺が勝ったら、また俺と組めよ!」

「――――!?」


 彼の言葉にハッと顔を上げる。

 マテンローは嬉しそうに笑っていた。

 敵意でも怒りでもなく――挑戦者の顔だった。

 ――ああ、こいつはまだHNMギルドを諦めていないんだ。

 その顔を見た瞬間、そう確信した。

 顔を合わせない時間の中で、きっとマテンローはあいつなりに研鑽を積んできたのだろう。

 そして今、こうしてこの乱戦を生き残り、再び俺の前に立っている。

 以前は頼りなかった指揮も、今の彼なら違うのかもしれない――そう思わせるものが今のマテンローにはあった。


「――いいぜ!」


 俺は包丁を握り締め、その切っ先をわずかに上げる。そして、そのまま声を張り上げた。


「お前の力、見せてみろよ、マテンロー!」


 風が巻き上がる。

 砂塵の中、再会の火花が勢いよく散った。



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