俺は死ぬこともなく、夢オチで目覚めることもなく、普通に――日曜日を迎えた。
苦手な早起きをこなし、電車を乗り継ぎ、無事に約束の駅へ到着。今こうして、南出口でミコトさんを待っている。
今日の俺の服装は、グレーのパーカーにジーンズ、そしてナイキのスニーカー。人混みに紛れても目立たない無難な格好だ。変な方向で目立つことだけは避けたかった。
それにしても……この駅、すごい人だな。
俺の最寄り駅とは比べものにならない人の波に、軽く酔いそうになる。乗客の大半は、駅の先にある有名テーマパークが目当てなのだろう。
……でも、それはつまり、ミコトさんの目的も、普通に考えれば、それってことだよな。
ミコトさんと二人でテーマパークデート……いやいや、さすがにそんなわけないか。
きっと、あれだ。クマサンやメイも誘っていて、実は運営イベント優勝を祝う、ミコトさんのサプライズ打ち上げってやつだ。
そういえばクマサンも「今日は配信の都合が悪い」って前から言ってたし、先にミコトさんから声がかかっていたのだろう。あるいは、最初からクマサンとミコトさんで計画していたのかもしれない。
……ふぅ、なんかそう考えたら少し落ち着いてきたかも。
それにしても、日曜日だっていうのに、制服姿の女子高生をちらほら見かけるのは意外だった。
修学旅行だとバスで移動イメージだけど、電車で移動の場合もあるのだろうか? あるいは単純に制服で友達と思い出作りというやつかもしれない。そういうのが最近流行っているって話は聞いたことがある。
いいなぁ、青春を謳歌していて。
俺なんかは、制服姿の女子達が何人かで歩いているのを見ると、自分の高校時代の地味さが脳裏をよぎって、なんだか虚しくなってくる。
「……ん?」
ふと視界の端に入った一人の女の子に、思わず目を留めた。
ほかの制服姿の女子は、たいてい複数人でいるのに、単独行動って珍しい。
彼女が着ているのは、どこか温かみのあるキャメル色のブレザー。制服としては少し珍しいその色合いは、派手すぎず、それでいて印象に残る絶妙な柔らかさを持っていた。胸元には校章のワッペンが丁寧に縫い付けられ、金色のボタンが静かに光を反射している。
白いシャツの襟元には、深い緑のリボンがきちんと結ばれており、落ち着いた色彩の中に凛とした上品さが漂っていた。スカートは濃紺と灰色を基調にしたチェック柄で、制服全体に統一感と穏やかなリズムを与えている。
足元には、濃紺ソックスと、つややかな茶色のローファー。過剰な飾り気はないが、それがかえって清楚な魅力を引き立てていた。
俺が通っていた高校の女子の制服はセーラー服だったので、こういうブレザーの制服には、どこか憧れがある。中学で同じクラスだった女子が、ブレザーの制服の高校に進んでいて、通学途中たまに見かけることがあったが、中学の時とは違うし、同じ高校の女子とも違う、どこか不思議な魅力を感じたものだ。
懐かしい気持ちに浸っていた、その時だった。
――あれ? その子、こっちに向かって来てないか?
まさか、見てたのバレた? ちょっと見すぎていたのかも。下手すりゃ不審者扱いされかねない!
俺は慌てて視線を逸らし、さりげなく「見てませんよ」アピールをしつつ、通り過ぎるのを待つ。
……が、その子は、俺の目の前で立ち止まった。
ま、まずい……。通報とかだけは勘弁してほしい!
――そう思った次の瞬間、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「すみません、お待たせしました」
……え?
この声って――
「ミコトさん!?」
逸らしていた視線を慌てて戻すと、そこには制服姿で微笑むミコトさんが立っていた。
制服に見とれていて、ろくに顔も見ていなかったのは少し情けない。
でも、まさかこんな格好で来るなんて普通は思わないじゃないか。
「……どうしたの、その格好?」
「どうしたも何も、私の学校の制服ですけど、変ですか?」
「……いや、変どころか……とても似合っているけど……」
ゲームの中での巫女服のミコトさんも、リアルでの私服姿のミコトさんも可愛かったけど――制服姿の彼女には、言葉にできない特別感があった。
この年頃の女の子にしか許されないその装いは、きっとどんなレア装備よりも彼女を輝かせる。……まぁ、俺がブレザーの制服に妙な憧れを持っているってのも、その理由の一つかもしれないが。
「ありがとうございます。……この制服、久しぶりに着たので、ちょっと緊張しちゃいましたけどね」
――そうだった。彼女は今、不登校中だった。
本来なら、俺やクマサン達とではなく、同じ高校の友達とこうして制服を着て遊びに出かけるほうが、きっと健全な姿なんだろうな……。
でも、ここで俺が湿っぽくなってどうする。
クマサンやメイとも一緒に、ミコトさんに制服の思い出を作ってあげないと。
「そういえば、クマサンもメイもまだなんだね。このまま二人で待っていようか」
俺がそう言うと、にこやかだったミコトさんの顔が険しいものに変わった。
「ショウさん……クマサンとメイさんも誘ったんですか?」
「え? 誘ってないけど?」
「なーんだ。じゃあ、お二人が来るわけないじゃないですか」
ふわりとまた笑顔に戻った。
だが、俺の頭には疑問符が浮かぶ。
「……ミコトさんが誘っているんじゃないの?」
「何を言ってるんですか。ショウさんとデートだって言ったじゃないですか。……今日は、私と制服デートですよ?」
「――――!!」
その一言に、心臓が跳ねた。照れたように笑うミコトさんが、信じられないくらい可愛い。
しかし、夢にまで見た制服デートだと!?
それは学生時代に一度も叶わなかった、男子高生の夢ではないか!
まさか、それが大人になってから現実になろうとしている……!?
「ショウさん、急に頬っぺたをつねったりして、どうしたんですか?」
「……いや、気にしないでくれ」
本気で頭がオーバーヒートしかけている。つねってもあまり感覚がない。
本当に夢なのかもしれない。この際、どっちでもいいが、夢ならばまだ冷めないでほしい。
しかし、こんなことなら、もっとマシな服装にしてくればよかった……。
とはいえ、改めて考えても、俺に似合う洒落た格好なんて思いつかないし……結局はどれも大差ないってことか。
「それじゃあ、今日は私に付き合ってくださいね。チケットもちゃんと二人分取ってありますので」
どうやら、本当にこのまま二人でテーマパークに行くらしい。
俺が前にここに来たのは、大学生のとき。太っちょとチビの男友達と、三人でそれなりには楽しんだが……その時と今とのあまりの違いに、現実感がなかなか湧いてこない。
けど、ボーッとしている場合じゃない。
一つ呼吸をして、俺はミコトさんに声をかける。
「チケット代は俺が出すよ。いくらだった?」
無職とはいえ社会人と高校生。さすがに二人分の料金くらい出さないと、恥ずかしすぎる。
だが、ミコトさんは俺の申し出にそっと首を振った。
「いいえ、今日は私が誘ったので、私が出します」
「でも、さすがに、高校生のミコトさんに俺の分まで出させるわけには……」
「ショウさんは、自分が中心になって動画作成や配信をしているのに、私にまで収益を分配してくれてるじゃないですか。そのことへのお礼だと思って、ここは私に出させてください」
真剣な眼差しでそう言われてしまえば、もうこれ以上は押せない。
それに、ミコトさんがそんなふうに思ってくれていたことが、素直に嬉しい。
ここは彼女の気持ちを受け取り、せめて、中での食事代くらいは俺が持たせてもらうか。
「……わかったよ。ありがとう、ミコトさん」
「はい! それでは行きましょうか!」
そうして、俺は人生で初めて、女の子と二人でテーマパークへと向かった。