ミコトさんと一緒に入場ゲートを抜けると、そこには圧倒的な非日常の世界が広がっていた。
以前に来た時の記憶がふと蘇り、懐かしさとともに高揚感がこみ上げてくる。
なるほど、リピーターが絶えないのも納得だ。VRゲームは仮想空間で新たな世界を見せてくれるけど、この場所は、現実にいながらにして、夢のような世界を俺達に提供してくれる。
「ショウさんは、ここに来たことはありますか?」
「大学生のとき、友達と一回来たことがあるよ」
「……女の人とですか?」
ミコトさんの言葉が少し鋭くなった気がしたが、きっと気のせいだろう。
「いやいや、男三人で、だよ。高校時代に仲が良かった友達が、大学に行ってから長期休みでこっちに帰ってきたときに、一度行ってみようってノリで来ただけ」
女の子とこんな場所に来られる青春時代を送っていたから、俺の人生ももっと違うものになっていたかもしれない。……いや、でも、クマサン達と出会い、ミコトさんとこうしてここに来られるのなら、この人生も案外悪くないか。
「そういうミコトさんは、来たことあるの?」
「中学生の時に来たことがあります」
その言葉を聞いて、思わず中学生のミコトさんを想像してしまう。
中学はブレザーじゃなくて、セーラー服だったのだろうか。今より少し幼いけど、きっとそれはそれですごく可愛かったに違いない。
……でも、中学生が一人でこんなところに遊びに来るとは考えづらい。では、一体、誰と?
普通に考えれば、同級生の女子達といったところか。しかし、クラスの男子と二人でという可能性もあり得る。同じクラスに、ミコトさんみたいな美少女がいたら、放っておくか? ……まぁ、俺だったらクラスの片隅で見てるだけだっただろうけどさ。
だけど、可能性があるのは、同じ中学の男子だけとは限らない。最近は出会いの場が多いっていうし、高校生や大学生の男と知り合い、誘われるままに遊びに来てしまったなんてことも考えられる。下手をすれば、社会人の男という可能性も……。
――ちょっと待て!
中学生とテーマパークデートをする大人なんて、ろくなもんじゃない! もしそんな奴がミコトさんのそばにいるなら、付き合い方を一考するように、彼女に助言すべきだろうか?
いや、でも、小言の多い男は嫌われるか?
しかし、ミコトさんの身に万が一のことがあったらと思うと……。
「ショウさん、なんだか難しい顔をして……どうかしたんですか?」
気づけば、ミコトさんが俺の顔をのぞき込んでいた。
「いや、その……ミコトさんは中学のとき、誰と来てたのかなと思って……」
「両親と、ですけど?」
あまりにあっさりとした答えに、俺は一人で勝手に暴走していた自分を恥じた。
冷静に考えれば、家族と一緒に行くのが大本命じゃないか。
「……そ、そうだよね。普通はそうだよね」
「一体、誰と来てたと思ったんですか?」
「……まぁ、いろいろと可能性を考えてはみたけど……。とにかく、中学生と遊びに行くような大人の男と一緒じゃなかったことに一安心だよ。さすがに、そんな奴がミコトさんの近くにいたら心配だからね」
「高校生の私とテーマパークに来てくれる大人の男の人なら……近くにいますけどね」
「――――!?」
な、なにぃ!? まさか、すでにそういう大人がミコトさんの周りにいるっていうのか!?
いい大人のくせに、女子高生に近づくなんて、とんでもない奴じゃないか!
「……ミコトさん、俺、他人のことを悪く言うのは好きじゃないけど……その男、ちょっと警戒したほうがいいよ。ミコトさんは可愛いから特に気をつけなきゃ。性格もいいから、つい人を信じちゃうかもしれないけど、世の中には悪い大人が結構いるんだよ。何かあったらすぐに俺に相談を――」
そこまで言いかけて、ふと気づく。ミコトさんが口元に手を当てて、明らかに笑いをこらえている。
「……ミコトさん? 笑ってる場合じゃないってば!」
「だって……それってショウさんのことですよ?」
「……え?」
彼女の言葉で、冷静に考えてみる――なるほど、確かに、その男ってのは、俺のことだった。
「い、いや、俺はその、いい大人じゃないかもしれないけど、悪い大人でもないからね!?」
慌てて弁明するが、自分で「悪い大人じゃない」なんて言ってる奴の信頼度なんて、たかが知れている。
「大丈夫ですよ。ちゃんとわかってますから。……これでも一応、人を見る目には自信があるので。ちょっとでも危ないって感じた人には、近づいたりしませんから」
自分の「人を見る目」をあまり過信してはいけないよ――なんてアドバイスしたいところだが、それを言うと「自分が危ない人」って認めることになってしまうので、何も言えなくなった。
「あと、ショウさんが私のことを可愛いと思ってくれていることがわかってよかったです」
「うっ……」
そういえば思わずそんなことを口走っていたような気がする……。
やばい。そんなふうに思ってることがバレたら、距離を置かれそうだ。
とはいえ、ここで「可愛い」を否定すれば、さらに立場を悪くしてしまう。
俺はただ沈黙することしかできなかった。
「でも、私、性格はよくないですよ?」
そう笑って言うミコトさんを前に、思わず苦笑が漏れる。
彼女の性格が悪いなら、世の中の九割の人間は性格が破綻してるってことになりかねない。
「さすがにそれはないよ。俺だって、それくらいの人を見る目くらいはあるつもりだ」
「女の子って、簡単に本性を見せたりはしないんですよ」
なぜだろう。一瞬彼女の瞳の奥に、暗い翳りが見えた気がした。
だが、それはほんの刹那のことで、すぐにいつもの笑顔へと戻る。
「ショウさんは女の人にコロッと騙されそうでちょっと心配です」
こっちがミコトさんを心配する立場だったはずなのに、いつの間にか心配されてしまっていた。
……確かに、今日のミコトさんは、ちょっとだけ意地悪かもしれない。
「……俺のことは心配してくれなくていいんだよ。それより、まずどこから回るか決めない?」
「ショウさんは、最初にどこに行きたいですか?」
今日は一日、ミコトさんに付き合うつもりなので、彼女の行きたいところに行くのが俺の望みだが、ここで「どこでもいい」と返すのも優柔不断すぎるだろう。
ここは素直に答えるべきだと判断し、俺は園内マップのある一点を指差した。
「ここかな。前に友達と来たとき、ここが一番面白かったんだ。一時間以上並ぶ必要があったけど、それでも二回も乗ったからね」
それは、屋内にあるシアター型ライドアトラクション。
大スクリーンに合わせて座席が揺れたり傾いたりするやつで、今のようなVRなんて当時はなかったから、俺にはかなりの衝撃だった。
「わかりました。私はまだそこに行ったことがないので、まずはそこに行ってみましょう。ファストパスを使ってもいいですし」
並んでいる行列があっても、それを横目に先に進めるファストパス――ミコトさんは入場チケットだけでなく、それも買ってくれていた。そのおかげで、いくつかのアトラクションは待ち時間なしで乗ることができる。俺が前に行った時とは、ファストパスの仕組み自体が変わっていてちょっとびっくりだが、金の力は偉大だ。
「いいの?」
「はい。あとで私の行きたいところにも付き合ってもらいますので」
「もちろん、そのつもりだけど……」
「では、いきましょう」
そう言うと、ミコトさんは俺の手を握って歩き出した。
その瞬間、ふわりと伝わってくる感触に、思わず心臓が跳ねた。
細くて、柔らかくて、温かい――あぁ、これが女の子の手なんだと、つい感動してしまう。
でも、これに似た感触がどこかで――と思い出したのは、俺の部屋でクマサンの拳の上にうっかり手を重ねたときのことだった。
あの時も、クマサンの手の小ささと柔らかさに心が震えたが、それでもあの時触れたのは彼女の手の甲だった。だけど、今は違う。これは手のひら同士だ。
俺の手のひらには、ミコトさんの手のひらの感触がダイレクトに伝わってくる。
……というか、これって本当に手のひらなのか? 柔らかすぎるんだけど!
マシュマロ? あるいは蒸したおまんじゅう? とにかく、この柔らかさは反則だろ!
女の子の手って、みんなこんな感じなのか? それとも、ミコトさんが特別なのか?
クマサンの手のひらだったらどんな感触なんだろう――って、そんなことを考えるのはミコトさんに失礼だと、自分を諫めて、少しでも冷静になろうとする。
だが、そうすると今度は、手のひらに汗をかいてないだろうかとか、そんなことがとても気になってくる。
ああ! ちっとも冷静になんてなれやしないぞ!
だって、高校時代を思い返しても、女子と手を繋いだ記憶なんて一切ないんだから。
なのに今――現実で、こうして、ミコトさんと手を繋いで歩いている。
……やっぱり、俺、今日死ぬのかもしない。