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第190話 二人でアトラクション

 ミコトさんに手を引かれたまま、俺は最初のアトラクションへと足を運んだ。

 意識はまだ、彼女の小さくて柔らかな手に向いたままだったが、目の前に広がる建物を見た瞬間、過去の記憶とともに、アトラクションへの興奮が胸の奥から沸き起こってくる。


「……懐かしいなぁ」


 かつて来たときは、建物の外まで順番待ちの列が続いていたはずだ。

 だが、今はその面影すらなく、アトラクションに向かう人の姿もまばらだった。


「……こんなに空いているなんてなぁ」


 記憶とのギャップに、思わずつぶやいてしまう。


「前は混んでいたんですか?」

「そりゃもう。この入り口にたどり着くだけでも一苦労だったよ」


 ミコトさんと並んで建物の中を進む。かつて人の波が溢れていた通路は、今は拍子抜けするほど静かだ。


「この辺も、ずっと列ができてたんだけどなぁ……」


 もしかして休止中なんじゃ……と疑い始めた頃、ようやく先のほうに少人数の列が見えた。

 とはいえ、このくらいなら、十分と待たずに順番が回ってきそうだ。


「ファストパスは使う必要なさそうですね」

「……うん、そうだね」


 正直、この閑散ぶりには驚きを隠せない。

 もしかすると、このアトラクションはそう遠くないうちに取り壊されて、新しい施設に生まれ変わってしまうのかもしれない。

 気づけば、ミコトさんの手が自然と離れていた。俺達は静かに列の最後尾へと並ぶ。


 ――その手の感触が消えたことが、少し寂しい。


 さっきまで確かにあった、あの柔らかくて温かなぬくもり。

 今はもう、手のひらにその余韻だけが微かに残っている気がする。

 手を繋いでいたのは、たった数分のことだったはずなのに……どうしてこんなにも印象に残るんだろう。

 ほんのり火照った手をポケットにしまいながら、俺は並ぶ列の先を見つめた。

 このアトラクションは1回あたり8人ずつ乗り込む仕組みだ。

 列は一定のテンポで進み、やがて――


「次のかた、どうぞ」


 本当に十分も経たずに、俺達の順番が回ってきた。

 もし、前に来た時もこのくらいの待ち時間だったら……きっと、何度でも乗り直していたに違いない。


 このアトラクションは、タイムマシンを使って、未来へと一日だけ旅する「タイムトラベル体験ツアー」にやってきたという設定だ。

 モニター画面では、有名な映画の博士風キャラクターが登場し、今回のツアーについて説明を始める。

 ――が、そこで事件発生。タイムマシンが盗まれてしまい、俺達は博士が遠隔操作する別のマシンでそれを追いかけることになる。

 冷静に考えれば、ツッコミどころ満載の展開だが、それがまた楽しい。

 懐かしい映像に、忘れかけていた記憶が少しずつ蘇ってくる。


「なんだか、ワクワクしますね」


 ミコトさんは少し興奮気味だった。その笑顔が無邪気で、すごく可愛い。

 ストーリー的にはタイムマシンが盗まれるという、割と深刻な状況なんだけど――まあ、それも含めて楽しいよね。実際、俺もワクワクが止まらない。


 俺達は、ほかお客さんと合わせて八人のグループになり、通路を進んでいく。

 その先に現れたのは、見覚えのある車型のタイムマシンだった。映画で観たままのデザインに、思わず心が躍る。

 座席は二列で、俺とミコトさんは前列に座ることができた。

 やっぱりアトラクションは、前の席に限る。前の人の頭が視界に入らないだけで、没入感が全然違う。


「ショウさんと乗り物に乗るのは、チャリオット以来ですね」


 ふと思い出したように、ミコトさんが言う。

 確かに……。あの時は戦闘用馬車の後ろの台座で、そして今は車型のタイムマシン。並べると、なかなかカオスな乗り物歴だ。


「チャリオットのミコトさんは格好良かったよ。特にねーさんとの一騎打ちのときとかさ」

「ううっ……あれは、ちょっと恥ずかしいです」


 苦笑しながらも照れた様子のミコトさんが、なんとも愛らしい。

 女王として最後まで立ち続けたミコトさん。実はあれ以来、彼女のことを陰で「女王様」と呼ぶ連中が一定数いるらしい。もしかすると、ミコトさんもそのことを知っているのかもしれない。

 俺から見れば、彼女は女王様というよりも王女様のイメージなので、女王様呼びする奴らの意図はよくわからないが、今はそれについて考察している場合ではない。


「いよいよ、始まるよ」


 抑えきれない興奮が、声に滲み出る。

 数年ぶりのシアター型ライドアトラクション。スクリーンに映像が映し出されると同時に、マシンが前後左右、さらに上下にも揺れ、時空を超えた捕物劇が幕を開けた。


 だけど、昔はもっとリアルに感じた映像が、今日はどこか物足りなく思えた。

 もはやリアルと見まがうVRの世界に慣れてしまった今となっては、スクリーンの荒さや物理的な画面の存在が没入感を邪魔してしまう。


 それでも――やっぱり、このアトラクションは良い。


 現在、過去、未来、様々な時代を駆け巡って、盗まれたタイムマシンを追っていった。

 恐竜にマシンを潰されそうになりながら、ギリギリをすり抜けていく。

 映像にあわせて激しく揺れる座席のおかげで、身体全体で「飛んでる感覚」を味わえる。この体験は本物だ。

 映像の解像度こそ今のVRに劣っても、身体で感じる臨場感はここでしか得られない。

 以前の感動を再び俺の心に呼び戻してくれた。


「おもしろかったですね! この作品は見たことなかったんですけど、今度見てみようかなぁ」


 アトラクションが終わると、隣のミコトさんが笑顔を向けてそんなことを言ってくれた。

 楽しんでもらえたのが、俺も嬉しい。

 しかし、彼女はこの元となった作品を見たことがなかったのか……。まぁ、昔の作品だしなぁ。実は、俺も映画館で観たわけじゃなく、金曜ロードショーで見ただけだったりする。


「俺、あの浮遊感っていうか、飛んでる感覚がすごく好きなんだよ!」


 このアトラクションを何回も乗りたくなった理由、それがまさにこの感覚だった。

 VRで空を飛ぶゲームはあるけど、それはあくまで映像での話だ。こうして身体でも感じる浮遊感って、やっぱり別格なんだよな。


「じゃあ、今度は最新の飛行体験に行きましょうよ」

「――っていうと、あれだね?」

「はい、あれです!」


 ミコトさんの目が期待でキラキラしている。

 彼女が言う「あれ」とは、魔法少年が活躍する超人気作品の世界を再現したエリアだ。

 その中にあるライドアトラクションは、3Dゴーグルなしで立体映像を楽しめるらしい。しかも、まるで本当に空を飛んでいるかのような浮遊感が味わえるって話だ。


「では、行きましょう!」

「ああ!」


 そうして、俺達は魔法世界を模したエリアへと足を踏み入れた。

 目に飛び込んできたのは、まさにファンタジーそのものの景観。建物のディテール、石畳の感触――すべてが世界観に没入させてくれる。VRではなく、現実としてこの魔法の世界が再現されていることに、ただ驚く。

 作品の大ファンというわけではなく、テレビで一通り見ただけだが、それでもわかる。目の前に広がるこの景色は、間違いなく「本物」だと。


 一番の目的はこのエリアのライドアトラクションだったが、さすがにその前に足を止めて、この世界を楽しみたくなる。

 そして、ミコトさんも俺と同じ気持ちだったようだ。


「ショウさん、お城が見えるところで写真撮ってください!」

「ああ、もちろん」


 ミコトさんからスマホを受け取り、構える。

 画面には、お城を背景に、指でハートを作っているブレザーの制服姿のミコトさんが映っている。

 ……やばい、可愛い。反則だろ、これ。

 ブレザーの制服が、まるで魔法学校の制服のように風景と馴染んでいる。

 さっき、ミコトさんは「王女様」みたいだと思ったけど……お忍びで魔法学校に通う王女様って設定もいけるな。余裕でシリーズ化できそうな妄想が止まらない。


「ショウさん、まだですか~」


 いけない、いけない。つい妄想に浸ってしまっていた。


「それじゃあ、撮るよ」


 「はいチーズ」と言いそうになったが、ぐっとこらえた。女子高生相手に、おじさんだとは思われたくない。

 俺はそのままシャッターボタンを押した。

 シャッター音が鳴り、時間と風景が切り取られたように、スマホの中に画像として収められた。

 撮影失敗していないか、その画像を確認する。


 ――ミコトさん、マジで可愛い。この画像、俺も欲しい……。


 でも、自分から送ってくれって頼むのはどうなんだ? 引かれないか?

 悶々としながら、自分のスマホを取り出す。


「……ミコトさん、俺も――」

「はい。シャッター押しますよ。スマホ、貸してください」

「いや、そうじゃなくて……俺のスマホでも、ミコトさんを撮ってもいい?」


 ――言ってしまって!

 変な風に思われたらどうしよう……とおそるおそる顔を上げると――よかった、ミコトさんはにっこり笑っていた。


「いいですよ~。ポーズはさっきと同じでいいですか?」


 そう言って、また器用に指でハートマークを作ってくれる。

 わかってる。別に俺に向けたハートじゃない。でも、それでもこれは、ドキドキせざるを得ない。


「じゃあ……撮らせてもらうね」


 緊張で指が震える中、シャッターボタンを押す。

 シャッター音が響き、俺のスマホにミコトさんの画像が記録された。

 目を瞑ってたりしないか、すぐに画像を確認する。

 うん、大丈夫だ、ちゃんと目を開いてるし、相変わらず可愛いままだ。


「ショウさん、私にも画像を確認させてください」


 ミコトさんが、すっとそばによってきた。

 そういえば、最初にミコトさんのスマホで撮った画像をまだ確認してもらってなかった。


「もちろんだよ」


 そう言いながらミコトさんのスマホを差し出した――が、なぜかミコトさんはそれを受け取ると、その画面を確認もしないで、俺のスマホをのぞきこんできた。


「……うん、これならオッケーですね」


 何がオッケーなんだろうか? 何を確認されたのか、よくわからない。

 ……まぁ、いいか。とにかく、無事にミコトさんの写真が俺のスマホに保存された。

 これなら、「女子高生と遊びに行った」って話しても、嘘だと思われないだろう。……いや、むしろ隠し撮りしたって思われるだけだろうか?

 2ショット写真でも撮ることができれば、そんな心配もないたんだろうけど、さすがにそこまでは頼めないしなぁ……。


「じゃあ、ショウさん、今度は二人で撮りましょうよ」


 ……俺の聞き間違いだろうか?


「さあ、早く、早く。隣に来てください」


 まさかの展開に、一瞬頭が真っ白になる。

 どうやら、俺から頼まなくても撮ってもらえるようだ。女神か、この子は!


 こうして、俺とミコトさん、それぞれのスマホに、俺が手を伸ばして撮った、お城を背景にした2ショット画像が記録された。


 ちょっと、ちょっと! 楽しすぎるんだけど!

 ……なんだか、今日死んでもいいような気さえしてきた。



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