ミコトさんとの2ショットを撮り終え、そろそろ目的のライドアトラクションへ向かおうと歩き出すと、その途中で、映画でもおなじみの、あのビール風ドリンクが目に入った。見た目はまるで本物ビールだけど、中身はノンアルコールの甘い炭酸飲料。俺自身は飲んだことがなく、どんな味なのか興味津々だった。
「ミコトさん、ちょっとアレ、飲んでみない?」
「いいですね!」
俺達は、ファンタジー感満点のカートで二つ分のドリンクを購入。
もちろん、ここは俺の奢りだ。ノンアルコールの飲み物にしてはちょっと値が張るが、チケット代を出してもらったお返しには、まだ全然足りない。
それに、この世界観の中でこの飲み物を味わう――その体験こそがプライスレスだ。
「これ、一回飲んでみたかったんだよね」
俺はさっそくカップに口をつけた。舌に優しい炭酸の刺激が伝わり、口の中には濃厚な甘みと、どこか懐かしい香りが広がる。もう少し具体的に味を表現するとしたら、ジンジャーエールにバター風味のホイップクリームをトッピングしたような味といったところだろうか。
「この見た目でこの味は、なかなかギャップがあっていいね」
感想を口にしつつミコトさんの方に顔を向ければ、彼女はクスクスと笑っていた。
「ショウさん、白いお髭ができてますよ」
そう、このドリンクの醍醐味は、飲んだ後、口元に残る「泡の髭」だ。映画でも印象的だったこの演出、どうやら俺も再現できたらしい。
「……どんな感じになってる?」
「ちょっと待っててくださいね」
ミコトさんは片手でカップを持ったまま、器用にスマホを操作し、ぱしゃりと一枚。それをこちらに見せてくれた。
――うん、確かにこれは、白い髭だな。
映画を再現できたことに、妙な満足感を覚える。
「ミコトさんも飲んでみてよ」
「……そうですね」
俺の髭顔を見たせいか、彼女はカップを持つ手をやや構え気味にしてから、慎重に口をつけた。
泡がつかずに綺麗に飲まれてしまうと、ちょっと残念な気もするけど……この真剣な表情もまた可愛いから、これはこれでアリかもしれない。
「……どうですか? うまく飲めました?」
カップから口を離し、少し不安そうに顔を上げるミコトさん――しかし、うっすらと口元には泡が。
――やばい、これは反則級に可愛い!
「……大丈夫、とっても可愛いよ」
そう言いながら、スマホを取り出し、今のミコトさんの顔を撮影する。そして、すぐに彼女に画面を見せた。
「――――! ちょっと、ショウさん! 全然大丈夫じゃないじゃないですか!」
ミコトさんは慌ててハンカチを取り出し、口の周りの泡をぬぐってしまった。
お髭付きのミコトさんを、もっと見ていたかったのに残念だ。
とはいえ、俺のスマホに、この貴重なミコトさんの1ショットを記録することができたのは大きな収穫だ。今度、クマサンにも見せてあげたい。
なんて思っていたのだが――
「……ショウさん、さっきの画像、消してください」
ぴしり、と鋭い視線。
なんてこった……この奇跡の一枚を消さなければならないなんて……。
消したフリをして密かに残しておく――なんてことも不可能ではないかもしれないが、さすがにそんな誠実さに欠けることはできない。
はぁ……やっぱり消さないといけないのか……。
「……このまま残しちゃダメかな? ここで一緒に飲んだ思い出にもなるし、こういうお茶目なミコトさんも、俺はすごく可愛いと思うんだけどなぁ」
「こんな恥ずかしい顔の、どこが可愛いって言うんですか!」
「普通に可愛いと思ったけど……でも、ミコトさんが嫌なら、しょうがないよね……」
「……ホントに、可愛いって思ってるんですか?」
「うん。心から、思ってるよ」
ミコトさんは、少しのあいだ、何か考えるように視線を伏せ――そして、ふっと小さく息を吐いた。
「……じゃあ、特別に残しておいてもいいです。でも、ほかの人に見せちゃダメですからね」
――えっ、マジで!?
正直、ダメ元で言ってみたのに、なぜかミコトさんはこの画像を残すことを許してくれた。どういう心境の変化か、俺にはまったくわからないが、驚きよりも嬉しさが上回る。
残念ながらクマサンには見せられないことになるが――いたしかたあるまい。
「わかった! 誰にも見せないから! あ、ミコトさんには送っておくね」
「では、私もショウさんに、さっきの画像を送りますね」
こうして、俺達のスマホには、それぞれの白髭画像が一枚ずつ収められることになった。
「それじゃあ、そろそろ行こうか」
「そうですね」
俺達は、城の奥にあるお目当てのライドアトラクションへと向かう。
さすがは新しい人気アトラクション。先ほどの過疎化したアトラクションとは打って変わって、すごい人混みだ。ファストパスがあっても、すぐに乗れるというわけにはいかないようだ。
けれど、こうして並んで待つのも、テーマパークの楽しみの一つと言えなくもない。
特に、隣にいてくれるのが、ミコトさんのような可愛い女の子ならなおさらだ。
「ショウさん、あの壁の絵、見てください! 目が動いてますよ!」
ミコトさんが興奮気味に指差す先には、魔法のように動く肖像画。映画そのままの仕掛けに、彼女の目がきらきらと輝いている。
このアトラクションは、並んでいる間も飽きさせない工夫が敷き詰められていた。壁に飾られた絵、動く装飾、どこからともなく聞こえてくる声――まるでファンタジー世界に迷い込んだようで、一瞬、ここが現実なのかVRの中なのかわからなくなるほどだ。
俺もそれらを一通り眺めてはいたが……正直なところ、それら以上に、無邪気にはしゃぐミコトさんを見ている時間の方が楽しかったりする。
「ちょっと、ショウさん! ちゃんと見てます?」
彼女が振り返った拍子に、俺が壁じゃなくミコトさんを見ていたことがバレたらしく、腕をつつかれてしまった。
「ごめん、ごめん」
苦笑しながら軽く頭を下げる。
ミコトさんに見とれていたんだ――なんて言える男がモテるのかもしれないが、さすがに俺には無理だった。高校生の女の子相手にそんなことを堂々と言えるほど、器用でも図太くもない。
だから、このくらいの距離感がちょうどいいのかもしれない。
そうこうしているうちに、列は進んでいき、ついに俺達の番がやってきた。
四人掛けのシートの右端にミコトさん、その隣に俺が座る。
先ほどのアトラクションはその場で車型ライドが揺れるだけだったが、今回は実際に動きながら映像と連動するタイプだという。VRの進化にも驚いたが、こういうアトラクションの進化にも驚かされる。
「いよいよホウキで空を飛べますね。ショウさんのお気に召すといいんですけどね」
俺が「飛んでる感覚が好き」と言ったのをちゃんと覚えてくれたらしい。その心遣いが嬉しい。
「ミコトさんと一緒に飛べるのなら、楽しくないはずがないって」
昂る気持ちに任せて、つい思ってることがそのまま口に出てしまった。
さっきは発言を自重したのに、これでは軽薄なナンパ野郎だと思われやしないかと、ちょっと心配になる。
横目でチラリとミコトさんを覗くと、彼女は少し俯き気味で、顔が少し赤く見えた。彼女もこれから始まるアトラクションに興奮しているのだろう。きっと俺の言葉なんて聞こえてはいなかっただろう。
俺がほっと胸を撫で下ろすと、いよいよ固定されたシートが動き出し、俺達の魔法の旅が始まった。
――そこに待っていたのは、想像以上にリアルな空の旅だった。
シートに固定されているはずなのに、身体はまるでホウキにまたがって空を滑っているかのような錯覚に包まれる。
3D的なリアリティだけでいえば、今のVRゲーム機の方が上だろう。しかし、究極的にまで高められた2D映像は、限りなく3Dに近づくのだと俺は今日知った。ゴーグルなしでここまでの没入感を生み出すのか――感嘆のため息が、自然と漏れる。
しかもこのアトラクションは、リアリティの表現が視覚だけじゃないってことを、身をもって教えてくれる。実際に身体に感じる揺れや風はもちろん、ドラゴンが火を吹いた時には熱気を感じるし、吸血鬼からの攻撃からは冷気を感じた。さらに、湖面をかすめて疾走したときには、実際に水しぶきが飛んできた。
そして――夢のような時間は、あっという間に終わりを迎える。
ライドが停止し、満足感とともに、好きだったオンラインゲームがサービス終了を迎えたときのような寂寥感が心を包んだ。
「ああ、『アナザーワールド・オンライン』にも、空飛ぶホウキが実装されてほしい!」
思わずそんな願望を漏らしてしまう。
「ふふっ。楽しめたようですね」
「そりゃもう、最高だった!」
隣を見ると、ミコトさんも心から楽しんだ様子で微笑んでいた。彼女と一緒に乗れて本当に良かった。
ライドから降りた後も、まだ身体に空を飛んでいる余韻が残っていて、地面を歩いている感覚がどこかふわふわしていた。足元に気をつけながら進んでいくと、通路の先に、ライド中に撮影された画像がモニターに映し出されていた。どうやらその画像を写真にして購入できるらしい。
そういえば途中でキャラクターが何か言っていたが、そうか、あれが撮影の合図だったのか……。夢中になっていて完全に気づかなかった。
おかげて、映っている自分の顔がこれだ。見事に間抜けな表情で固まっている。
――くそっ! もう一回乗るチャンスがあれば、今度は顔をキメてやるのに!
俺の隣に座っていたミコトさんの映りはというと――完璧だった。カメラ目線でしっかり笑顔をキメている。これはもう、プロのモデルかってレベルだ。冷静に撮影ポイントを理解していたのかもしれないが、あるいは彼女の場合、どこをどう切り取っても可愛いだけなのかもしれない。
「ショウさん、楽しそうな顔で映ってますね」
この間抜け面をそう受け取ってくれるのか。優しいなぁ、ミコトさんは。
「この写真、二人分買うよ」
「え、でも結構お高いですよ!?」
「俺が出すから気にしないで! 記念だよ、記念」
正直、自分の顔は微妙だが、それでもミコトさんとツーショット(正確には、隣に知らない二人もいる)、しかも制服姿でこのシチュエーション。こんな奇跡の一枚、買わない理由がない。値段が倍でも喜んで購入する。
ただし、自分だけ買うと、ミコトさんの写真が欲しさに買ったと思われかねないので、思い出用と称して二人分購入。完璧なカモフラージュ作戦だ。
こうして俺は、ミコトさんとの記念写真と最高の飛行体験を得て、気分は最高潮。
俺は、空を飛ぶことに憧れながらも、実は高いところがちょっと苦手だったりする。だから、高所の恐怖を感じることなく、こうして空を飛ぶ感覚を味わえるこういったアトラクションがたまらなく好きなんだ。
「いやぁ、マジで楽しかったね!」
「そうですね。じゃあ、次は私の乗りたいものにも付き合ってもらっていいですか?」
「ああ、もちろん! 最初からそのつもりだったからね。それで、どこに行きたいの?」
「バーチャルな飛行の次は、リアルな疾走感ですよね、やっぱり! 私、絶叫系って好きなんですよ!」
――え?
今最高の飛行体験をしたし、今日はもうそっち系はいいんじゃない?――と言いたかったが、期待に満ちたミコトさんの笑顔を見てしまえば、断れるわけがなかった。
……そうか、運命ってやつは、こういう方法で俺を殺しにくるんだな。