【※引き続き、本編とは異なり、ミコトの一人称視点でお届けします】
彼からのパーティ申請を承諾し、私は初めてのパーティを組んだ。
パーティウィンドウが開き、そこには二人分の名前と体力ゲージ、SPゲージが並んで表示される。それだけで、なんだか心強く感じた。
それに、森でたまたま出会った人と、その場でパーティを組む――そんな、用意された筋書きのない展開に少し興奮もする。
今までプレイしてきたRPGでは、ストーリーの流れに沿って決められた仲間とパーティを組むだけだった。
でも、これは違う。私がこのタイミングでここに来たのも、彼がここで私を助けてくれたのも、すべて偶然。その偶然の積み重ねで、今、こうして二人は並んでいる――そう思うと、なんだか感慨深い。
「じゃあ、敵を探して移動しようか。いい? 敵を見つけたら、まず俺が攻撃を仕掛けるからね。このゲームでは、最初に攻撃をした人がまず敵に狙われるんだ。だから、君はその後で攻撃するようにしてね」
「はい! わかりました」
相手がモンスターとはいえ、殴ったりするのはちょっと気が引ける。だから、最初に攻撃しなくていいのは、正直、ありがたい。
「君の職業の『巫女』は、いわゆるヒーラーに分類される。基本的には回復がメインの役割。でも今は俺も、サブ職業を白魔導士にしてるから、ある程度は回復できる。君一人で全部回復しようとすると『ヘイト』が集中しちゃうから、俺も適度に回復を分担するね」
……なんだか、難しそうなことを言われてしまった。
ヒーラーという言葉は聞いたことがある。ゲームの中での回復役のことだというのはわかるが、実のところ詳しく理解しているわけではない。そして、ヘイトというのに関しては、そもそも何のことなのかもわからない。
「……すみません。私、ヒーラーってやったことがなくて……。ヘイトというのも、どういうものなのか……」
「あ、ごめん! そうだよね、みんながMMO経験者ってわけじゃないよね。えっと――」
知らない私が悪いのに、謝られてしまって、なんだか余計に申し訳ない気持ちになる。
……この人、本当にいい人なんだな。
彼は、初心者の私のために、ヒーラーの立ち回りからヘイトの仕組みまで、丁寧に教えてくれた。一人用RPGの経験もあったおかげで、話を聞いているうちに、なんとなくイメージが掴めてきた。
「衣装が可愛いから『巫女』を選んだんですけど……この先は、パーティの回復役として頑張ることになるんですね」
「攻撃系にステータスを振って、ソロメインの『殴りヒーラー』をやっている人もいるけど、やっぱり『巫女』はパーティでこそ本領を発揮する職業だと思うよ」
正直、敵を殴っているよりもそっちの方が私に合っていると思う。巫女を選んだ自分の直感は間違っていなかったみたいだ。
「でも……ちょっと、パーティの中だと裏方みたいですね」
別にヒーラーを嫌だと思ったわけじゃない。むしろ私に向いていると思った。
だけど、今までやってきたRPGでは、目立つのはいつも前に出て攻撃するキャラクター達だった。ヒーラーのような回復メンバーは、パーティに必要不可欠だけど、あくまでサポート役で、スポットライトが当たることは少ない。
そんな思いから、ちょっと自分の役割を謙遜して、冗談まじに言ってみただけだった。
――けれど彼は、ふいに真剣な顔をこちらに向けてきた。
「そんなことないよ。ヒーラーは、パーティの命を守る最後の砦なんだ。ヒーラーをどれだけ信頼できるかで、アタッカーの働きも大きく変わる。それに、どれだけ継続して戦えるかは、すべてヒーラー次第なんだ」
「ヒーラー次第……?」
「うん。このゲームって、一定時間内に連続で戦闘をすればするほど、経験値やお金にボーナスが付く仕組みになってるんだ。だから、SPが残っている限りは、休息を挟まずに戦い続けるのがセオリーなんだけど――連戦できるかどうかは、ヒーラーの力量次第なんだ。アタッカーはSPが切れても通常攻撃はできるし、なんなら戦闘中に休息を取ってもいい。だけど、ヒーラーはそういうわけにはいかない。回復なしで戦う戦闘ほど無謀なことはないからね。だからこそ、ヒーラーが自分のSPをどう管理して、どう立ち回るか。それがパーティ全体の命運に関わってくる。言うなれば、ヒーラーはパーティの『監督』であり、中心に立つ存在なんだよ」
彼の言葉にハッとし、身が引き締まるのを感じた。
パーティメンバーの減った体力を回復するだけの存在――そんな認識は、あまりにも浅かった。
けれど、不思議とその責任の重さが嫌ではなかった。むしろ、やりがいを感じる。
自分の判断と行動で、仲間全員に恩恵をもたらすことができる。そんな役割を、私が担うことができるなら……それは、すごく素敵なことだと思えた。
ヒーラーって、思っていたより、ずっと格好いいかもしれない。
「お願いします! もっと、ヒーラーのことを教えてください!」
「ふふ、そう言ってくれると嬉しいな。俺も別のゲームではヒーラーをやってたんだ」
彼は少し懐かしそうに笑った。
その表情がとても優しく――きっとそのゲームで、彼は本当に楽しい時間を過ごしたんだろう。
私もこのゲームでそんな時間を重ねていけたらいいなと思えた。
「よし、じゃあ、座学はこのくらいにして、あとは実戦の中で学んでいこうか」
「はい!」
こうして私は、彼と一緒に森の中でモンスター退治をしながら、彼からヒーラーの立ち回りを教わった。
攻撃に関しても、最初はモンスターに木の棒で攻撃することすら怖かったけれど、彼がきちんと敵のヘイトを引き受けてくれたおかげで、後方から安全に攻撃することができた。そのうち恐怖心も薄れて、やがて正面から敵と向かい合っても、自然と構えられるようになった。
また、ヘイトの仕組みを理解するために、敢えて私だけが回復を担当するような実験的なプレイも試した。どの程度回復すれば敵のターゲットが私に向くのか――実際に自分が狙われることで、初めて身につく感覚がある。でも、そんなこと、普通なら試せない。パーティ全体を危険にさらすからだ。でも彼は、初心者の私のために何度もそんな経験をする機会を作ってくれた。
初めて会った初心者の面倒をここまで見てくれる人なんて、そうはいない。本当に、感謝しかない。
SPが尽きると、木陰で向かい合って休息を取った。
その時間、彼はこのゲームのいろんなことを話してくれた。まだ私が行ったことのない街や、見たことのない景色の話。
黄昏岬から見る夕陽の海、星見の丘に降る流星群――語り口は少し不器用かもしれないけれど、その表情があまりに楽しそうで、私もその景色を早く見てみたいと心から思った。
……だけど、そんな彼に私が話せることは、まだほとんどない。
この世界の思い出も知識も、私はまだ何一つ持っていない。もし話せることがあるとしたら――現実のことくらいだった。
「そういえば、ショウさんはおいくつなんですか? 私はこうこ――」
「ストップ!」
「高校生で」と言いかけた言葉を、彼の声が鋭く遮った。
「このアナザーワールドで、リアルの話をするのはマナー違反かな。今ここにいるのは、ほかの何者でもない君……えっと、ミコトさんなんだから」
初めて、彼が私の名前を口にした。
ずっと「君」なんて呼ばれていたから、何か理由でもあるかなと思っていたけれど――今の彼の表情を見て、少しだけ納得した。きっと、名前を呼ぶのが気恥ずかしかったのだ。
私よりも年上のお兄さんだと思っていたけど、もしかしたら同級生くらいなのかもしれない。だけど、もうそれは聞けない。私は自分の質問を胸の中にしまった。
そんな私に、彼は優しく続ける。
「中には、オンラインゲームをリアルの延長、コミュニケーション手段の一つみたいに思ってプレイしている人達もいる。もちろん、それも一つの遊び方だと思うよ。でも俺は、このゲームのコンセプト通り『もう一人の自分』を生きてほしいと思ってる。だって、その方が絶対に楽しいから」
「はい……私もそう思います」
別に彼に気を遣ったわけではない。ただ、自然とそう答えていた。
「それに、中にはちょっと困った連中もいるんだ。気軽にリアルのことを聞いてきて、相手が女の子だとわかると、急にしつこく絡んできたり、場合によっては、リアルで会いたがったりとかね」
そうなんだ……。確かにそういうのは困る。
「たとえばだけど――ミコトさんがリアルでは高校生の女の子で、それをうっかり口にしてしまったとする。そうなれば、ゲーム内でストーカーされる可能性だって、ゼロじゃない。だから、自分を守るためにも、このゲームを楽しむためにも、リアルの話はなるべく避けたほうがいいよ」
「……はい、そうします」
危なかった。私はまさに、その「高校生の女の子」そのもので――しかも、それを今まさに、口にしかけていた。
でも、この人なら、たとえそれを知ったとしても、きっと変なことなんてしてこないだろう。だって、本当にそういう人だったら、こんなふうに優しく注意してくれたりしないはずだ。
「いろいろ教えてくれてありがとうございます。SPも回復しましたし、また続きをお願いしてもいいですか?」
「ああ、もちろん!」
こうして私は、彼と一緒に狩りを続けた。
レベルがいくつか上がった頃、彼の提案で、サブ職業を取得できるクエストに挑戦することになった。
お使いにちょっとした謎解きが加わった、そんなクエストだったけれど――
すでにクリア済の彼は、その内容も答えも全部知っているはずなのに、私が詰まったときにほんの少しヒントをくれるだけで、決して答えも行き先も教えてはくれなかった。
その時は、ちょっと意地悪だな……なんて思ったりもした。
けれど、後になって、ほかの人達が「知り合いに連れていかれてクリアしちゃったから、どんな内容だったか全然覚えてない」なんて話すのを聞いて、ようやく気づいた。この人が、本当はどれだけ親切な人だったのかを。
私が迷い、悩みながらも自分の力で進めるよう、彼はそっと見守ってくれていた。答えを教えたほうが、ずっと手間も時間も省けただろうに。
でも、だからこそ――私はこの初めてのクエストを、今でも鮮明に覚えている。
必死に考えて、それでも最後には自分の手でたどり着いた達成感。そして――その隣で、ずっと笑っていてくれた彼の顔。
気がつけば、何時間も彼と一緒に歩き、戦い、話し、笑っていた。
おかげでレベルも上がったし、お金もそれなりに貯まったし、サブ職業もつけられるようになった。
……でも、それよりもなによりも、彼と一緒に過ごしたこの時間が、私にとっては何より意味のあるものだった。
――そして、翌日。
再びログインした私は、昨日の森のそばで彼を待っていた。
別に、今日も一緒にプレイする約束をしていたわけじゃない。
でも、ここにいればまた彼に会える。そんな気がして、自然と足がこの場所へと向かっていた。