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第199話 赤い葉

 俺達は、エーティックの町の近くに広がる森へと足を踏み入れた。

 王都から離れているだけあって、この森に棲むモンスターは、王都周辺よりも格段にレベルが高い。それでも、今の俺達にとって脅威となるほどではない。ここには、料理食材となる獣系のモンスター以外にも、植物系モンスターや妖魔の類もいるが、「狂気の仮面」を手に入れた今となっては、どんなタイプの敵であろうと、もはや恐れる理由はない。

 そのため、森の探索自体にさしたる危険はない。


 だが――油断は禁物だ。


 何しろ、今回俺達が挑むのは「モヤっとするクエスト」である。

 隅から隅まで探し回っても見つからず、どうしようもなくなって町に戻ったら、特定の時間に特定の場所にしか出てこないと、後出しのように教えられるなんてクエストはありがちだ。こういうのは確かにモヤっとする。

 あるいは、モンスターが姿を見せるが、戦うとすぐに逃げて、追いかける。再び見つけて戦闘になるが、またすぐに逃げられる……なんてことを散々繰り返したすえになんとか倒せる、なんてクエストもたまに見かける。この『アナザークエスト・オンライン』では、戦闘自体はこっちが圧倒的に押していたのに、シナリオの都合で強制的に負けイベントにされるとかいう理不尽な展開はいまだ経験したことはないが、プレイヤーが追いつけない異常な速度で逃げられるくらいのことはあるかもしれない。こういうのも実にモヤっとする。


「……さて、今回はどんなパターンで来るのかな」


 俺は長丁場になることも覚悟し、焦らずじっくりと探索するつもりでいたのだが――


「みんな、アレじゃないのか?」


 先頭を歩いていたクマサンが足を止め、前方の木々の先を指差した。その指し示す方向に目を向けると――緑の葉の中に一枚だけ赤い葉をつけた、不自然な木が立っていた。

 一見するとただの大樹だが、よく観察すれば「トレント」と呼ばれる植物系モンスターの特徴を持っているとわかる。トレントは、外見こそ木だが、移動型モンスターであるため、根は地中に潜らず地表を這うように広がっており、枝も腕のようにしなやかに揺れている。その動きや形状は、自然の木とは明らかに異質だ。

 そしてなにより、この森の木々はすでに色づき、落ち葉さえ積もっているというのに、その木だけが季節を無視したような鮮やかな緑の葉をたたえているのだ。こんなもの、見つけてくれと言っているも同然だった。

 町の人が都合よくモンスターを見かけたものだと思っていたが、これなら誰でも気づくだろう。

 しかし、こうなると、発見が容易な分、ひたすら逃げまくられる追いかけっこ展開の可能性が高まってきた。何度も戦闘を繰り返すパターンと、そもそも戦闘になる前に逃げられるパターン、どっちも考えられるが、果たしてどうなるか――


「みんな、仕掛けるぞ!」


 戦闘に備えて全員がミコトさんから補助魔法をもらうと、クマサンが先陣を切って駆け出した。挑発+ファーストアタックが決まれば、もうクマサンのフィールドだ。クマサンが敵のターゲットを離すことはない。

 問題はそもそも戦闘状態に持ち込めるか――と思っていたが、予想に反してあっさり挑発が決まり、初撃もしっかりと敵に命中した。


 ……ふむ、ということは、戦闘中に逃げるとか、何か仕掛けてくる展開かな?


 俺は敵の背後に回り(と言ってもどっちが前か後ろなのかよくわからないが)、狂気の仮面のおかげで、敵を選ばず使用可能となった料理スキルを叩き込む。

 木に擬態するタイプのモンスターだったため、それまでモンスター名も表示されていなかったが、戦闘が始まったことでモンスター名と体力ゲージが表示された。名前は「ブラッドリーフ・トレント」。名前のわりには赤い葉は一枚しかないが、その名前からしても、こいつが目的のモンスターに間違いないだろう。


「みんな、油断するな。何か妙な動きをしてくるかもしれない」


 俺はみんなに呼びかけた。

 こちらのダメージは普通に通っているし、クマサンが受けるダメージも許容範囲内。今のところ、特に不安要素は見当たらない。

 だが、こういうときこそ注意が必要だ。

 表面的には順調でも、裏にトラップやギミックが潜んでいるのは、よくある話だ。逃走パターンはもちろん、モルボル系モンスターのように、毒、麻痺、混乱といった厄介な状態異常を撒き散らしてくる可能性だってある。もし俺が混乱して、仲間に攻撃を加えてしまったら……たとえその後クエストを無事に終えたとしても、心にはモヤっとしたものが残るのは間違いない。

 俺は細心の注意を払いながら、ブラッドリーフ・トレントとの戦闘を続け――


【ショウの攻撃 ブラッドリーフ・トレントにダメージ455】

【ブラッドリーフ・トレントを倒した】


 簡単に倒してしまった。

 ……おかしい。何もしてこなかったぞ?

 あまりにすんなり事が運びすぎて、逆に怖い。

 もしかして、ブラッドリーフ・トレントは簡単に見つかるけど、肝心の「赤い葉」はなかなか手に入らない系のクエストだったりするのか? つまり、森の中で同じ敵を何十体も狩り続けて、やっと一枚落ちるかどうか――そんな展開かもしれない。

 俺は急いでドロップアイテムを確認した。


 ――何も落としていない。


 ……やはり、そうきたか。

 道理で敵が簡単に見つかったはずだ。おそらくこの森には、何十匹とこのブラッドリーフ・トレントがいるに違いない。これからそれを探し回って、一匹ずつ、目的のものがドロップするまで狩り続ける――そんな先の見えない戦いが始まるに違いない。

 これはもう、モヤっとというよりイラっと寄りじゃないかとも思うが、そういうシナリオだと理解してしまえば、じっくり攻略するまでだ。


 などと俺が一人で気合を入れ直していると――


「赤い葉を手に入れたぞ」


 メイの声がして、はっと顔を上げた。見ると彼女は、倒れたブラッドリーフ・トレントから、一枚の赤い葉をちぎり取っている。


 ……なるほど。ドロップアイテムじゃなくて、そうやって直接取るアイテムだったのか。


 さっきから一人で思考を空回りさせているような気もするが、まだここで安心するわけにはいかない。その赤い葉がただ赤いだけの葉で、偽物という可能性だって捨てきれない。本物の赤い葉を求めて、やはり森を探索して回らなければならないという可能性はまだゼロじゃない。


「……メイ、その赤い葉をちょっと見せてくれないか?」

「ああ、構わないよ」


 トレードで赤い葉を受け取り、その説明文に目を通す。


【赤い葉:とある奇病の特効薬になると言われている】


 シンプルな説明だ。だが、それだけに逆に疑いにくい。

 本物っぽいよな、これは。


「……ありがとう、メイ。返しておくよ」

「いや、いいよ。ショウが持っていてくれ。ショウがリーダーなんだし」


 俺はギルマスではあるが、別に誰がリーダーとかを決めた覚えはない。だけど、いつの間にかみんなの中で、俺がリーダーみたいな雰囲気が出来上がっていた。四人でパーティを組むときも、俺がリーダーとなって三人をパーティに誘うというのが、もう決まり事みたいになっている。

 正直、リーダーという性格ではないと思っているのだが……この三人に頼られるのは満更でもなかったりする。


「わかった。じゃあ、俺が預かっておくよ」


 どうせ町長に渡すだけのイベントアイテムだ。誰が持っていても大差はない。

 そう思いながら、俺はその「赤い葉」をアイテムボックスにしまい込んだ。

 こうして、無事に目的のアイテムを手に入れた俺達は、エーティックの町への帰路についた。


 ――ここまでは、実に順調だった。

 拍子抜けするくらいに、何一つモヤっとしない展開。

 ……となると、問題はこのあと、ということになる。

 歩きながら、ふと脳裏をよぎる一つの事実。


 ――俺、患者のこと、何も聞いていなかったな。


 町長の評判を調べることには意識がいっていたのに、肝心の患者には全く気が回っていなかった。普通ならまず、そっちを確認すべきだったのに……「モヤっとするクエスト」だなんて前情報があったせいで、どうにも余計な思考に引っ張られていた気がする。


 ……もし、その患者が美少女で、俺達が町に戻ったときには、もう手遅れだった――なんて展開だったら?


 それはもう、モヤっとなんて生易しい感情じゃ済まされない。

 胸に重たいものが残るような、どうしようもない後味の悪さ。

 そんな最悪の想像が頭を離れず、気がつけば俺は自然と歩く速度を上げていた。


 焦る気持ちを抱えたまま町に戻った俺達は、そのまま町長の屋敷へと直行した。


「町長! 患者さんは……まだ無事ですか?」


 患者なのに「無事か」と問うのは、よく考えればおかしいのだが、そんなことにも気づかず、俺は第一声で彼に尋ねた。


「無事というか……変わらず眠ったままですよ」

「……そうですか。よかった」


 町長の言葉に、俺はひとまず胸を撫で下ろす。

 別に患者が美少女だと決まったわけでもないのに、心のどこかでそうあるように構えていた自分に、少しだけ呆れる。


「それで、『赤い葉』は手に入りましたか?」

「ええ、安心してください。ちゃんと持ち帰りました」

「それはありがたい! ……で、何枚取れましたか?」


 ……何枚、だと?

 町長の問いに、俺は嫌な予感を覚える。


「……一枚だけですが、それが何か?」

「はい……実は、奇病にかかっている患者は四人いるんです」


 町長の静かな一言に、俺達は顔を見合わせた。

 ここにきて、ようやく「モヤっと感」が顔を覗かせ始めた気がする。



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