「なんなんですかぁ、その『モヤっとするクエスト』って?」
楽しそうに尋ねるミコトさんの声に、困り顔だったメイの表情もほぐれていく。
「ネタバレになるとつまんないから、敢えて詳しくは聞いてないし、ネットでも調べてないんだけどさ。どうやらクリアしてもスッキリしないクエストらしいんだよね」
……いや、メイよ、「スッキリしないクエスト」は「モヤっとするクエスト」を言い換えただけで説明になってないぞ。
だけど、彼女自身も詳しい内容を知らないのは確かなようだ。
もっとも、RPGにおいて「モヤっとするクエスト」なんてのは、決して珍しいものではない。
テーブルトークRPGなら、ゲームマスターの性格次第でそんなシナリオばかりになることもあるし、コンピューターRPGだって例外じゃない。
俺にも、いくつか印象に残ってるRPGの「モヤっと案件」がある。
たとえば――
とあるゲームで、町長から「近くの洞窟に棲みついた化け物を退治してくれ」と依頼された。素直に受けて洞窟に入ったら、突然入り口を塞がれてしまい……なんと、プレイヤー達は「モンスターへの生贄」として差し出されていたという展開だった。
運良く町に住む少女のおかげで洞窟から脱出できたものの、こともあろうに、今度はその少女が、モンスターの生贄として差し出される羽目に。
結局、プレイヤーがその少女を助け、モンスターも倒すんだけど……問題はその後だ。
プレイヤーを騙し、さらに少女を生贄にしようとした町長を懲らしめてやろうと、彼の自宅に乗り込むと――「私が町長です」なんて言うだけで、彼に何の制裁を加えることもできないのだ。このあとに何か町長関連のイベントが新たに発生することもなく、最後までこのまま。
勧善懲悪がまるで成立しない、理不尽すぎるクエストだった。
ほかにも、シナリオではなく、プレイヤーの行動にモヤっと感が残るパターンってのもある。
これもまたある別のゲームの話だが――クエストを進めるのに「とある武器」が必要になった。しかし、その武器は店売りされているものの、とんでもない高額で、手持ちの所持金ではとても買えない。途方に暮れて店を出ると、そこには「念願の『とある武器』を手に入れたぞ!」と喜んでいる冒険者の姿が。話しかけてみると選択肢に「殺してでも奪い取る」などという物騒なものが……。
ここで本当に殺して奪い取れば、きっと相当なモヤっと感を抱えながらプレイを続けることになっただろう。
しかし、さすがにそんなことできるはずもなく、俺は彼を仲間に加え、彼の「とある武器」を渡すことでクエストをクリアしたのだが――結局、「とある武器」は失われたわけで、あれほど喜んでいた姿を思い出すと、胸が痛んだ。しかも、クエストが終わったら彼を仲間から外したし……。
殺しはしなかったが、結果的に、武器を奪ったうえで彼を捨てたようなもので、自分の行動にかなりモヤっとしたものが残ってしまった。
そしてもう一つ――
悪人が裁かれ、プレイヤーも順当な行動をしていて、周りの人も特段の問題もない……そんな条件がそろっていても、それでも胸にひっかかるクエストなんてのも存在する。
これもまた別のゲームの話だ。
プレイヤーがある村を訪れると、性能が良いうえに格安な「豚の皮の装備」が売られていた。これ幸いと、パーティ全員分を買いそろえて戦力を大幅強化。
村人の話では、最近になって大量の豚が村に逃げ込んできたそうで、それを捕まえて肉は食べ、皮は加工して装備品として売っているとのこと。
そんな話を聞いても、その時は、「へぇ、そんなこともあるのか」くらいにしか思っていなかった。
だけど、隣の町に行って衝撃の事実を知る――
なんと、その豚達は、敵によって姿を変えられた町の住人だったのだ。
豚に変えられた住人達は、助けを求めて隣の村に逃げ込み――うむ、これ以上は思い出したくもないな。
もちろん、豚皮装備はすぐに脱いだよ。
その後、こんな事態を引き起こした敵を倒したことで、豚に変えられた人は元に戻ったけど、それは生き残っていた豚だけの話で……。
知らずに装備を買っていた俺はもちろん、真実を知った隣村の人々の心にも深い傷を残すことになった。
ちょっと振り返っただけでも、簡単にいくつもの話が思い出された。
ゲームのクエストは、基本的にハッピーエンドで構成されることが多い分、逆にこうしたモヤっと感のあるクエストは印象に残りやすいのだろう。
さて、メイが仕入れてきたクエストは、果たしてどんなモヤっと感をもたらしてくれるのか?
楽しみな反面、ちょっとだけ不安にも思う。
「メイにそんなふうに言われると、確かに興味が出てくるな」
「あんまりモヤっとはしたくないですけど、みんなでやればきっと楽しいですよね」
クマサンもミコトさんも、完全に乗り気のようだった。
みんながその気なら、俺も反対する理由はない。
「そうこなくっちゃ! そのクエストはエーティックの町で受けられるそうだし、さっそくみんなで行こうぜ」
こうして、俺達はパーティを組み、エーティックの町へと向かった。
エーティックの町は、大陸の東方に位置する、それほど規模の大きくない町だ。村に毛が生えた程度と言ってもいい。
以前、小さなお使いクエストをいくつかこなしたことはあるが、どれもそれほど印象に残るほどの内容ではなく、この町に特別な思い出があるわけでもない。狩りの際に、休息に立ち寄る程度の町だった。
「クエストの発生条件は事前に調べて、ちゃんと満たしておいたから安心してくれ。パーティメンバーの誰かがその条件を満たしていれば、全員が受けられるはずなんだ」
「さすがメイ。そのあたりはぬかりなしだな」
いざ町まで来たはいいが、「クエストが発生しませんでした」では笑い話にもならない。しかし、その心配はなさそうだ。
「このまま町長のところに行けば、すぐにクエストが始まるらしいし、行ってみようぜ」
そう言って先頭を歩くメイに続いて、俺達は町の中心にある町長の屋敷へ向かった。
そして彼から、依頼の話を聞かされる。
要点はこうだ。
この町で、既存の薬や魔法がまったく効かない奇病の患者が発生した。その唯一の治療法となるのが、とある植物モンスターに生える「赤い葉」。そのモンスターは非常に珍しく滅多に見かけないが、最近、町の近くの森で目撃されたという。そこで、討伐と「赤い葉」の採取を引き受けてくれる冒険者を探している――そんな内容だった。
「……ふむ」
一通り話を聞いた後、俺は腕を組んだ。
クエスト自体はシンプルなものに聞こえる。怪しいといえば、都合よくレアモンスターがすぐに近くで見つかった点くらいだが、この手のクエストではよくある展開でもある。少々引っかかる程度で、これをもって怪しいとまでは言えない。
とはいえ、ここに来る前に思い出していた「私が町長です」の話が頭をよぎる。
同じ「町長」というキーワードに、つい身構えてしまうのは仕方ない。この町長だって、病気の患者がいるなんて嘘で、本当は俺達をそのモンスターの生贄にしようとしている可能性だってあり得る。
そういえば、ほかのゲームで、「討伐対象のモンスターが実は村の守り神だった」なんてクエストの話を聞いたこともある。生贄とかではなく、この町長が黒幕で、俺達を使って守り神を倒し、町に災害を引き起こそうと考えている可能性だってゼロじゃない。
「今のところ、どこにモヤっと要素があるのか読めないけど……とりあえず森にモンスターを倒しにいくとするか」
そう言って軽く肩を回したメイに、俺は手をかざして制止する。
「……ちょっと待ってくれ」
「ん? どうしたんだ?」
普段の俺ならこのまま森に向かうところだが、今回は「モヤっとするクエスト」だとあらかじめ聞かされている。ならば用心するに越したことはない。
「一旦、町の人達に町長の評判を聞いてみよう」
「町長の評判……?」
メイが不思議そうに首をかしげる。
「ショウさん、今の話で何か気になることでもあったんですか?」
「いや、具体的な何かがあるわけじゃないんだけど……町長が黒幕って可能性もあるし……」
「黒幕って……ショウ、何か変なアニメでも見たのか?」
クマサンの目が、まるで痛い人をみるかのようだ……。
確かに、まだクエストが始まったばかりなのに、唐突に「黒幕かも」なんて言い出すのはおかしいかもしれないけど――念には念を、ってやつだ。
「みんな、すまないがちょっと俺に時間をくれないか。手分けして街で町長の評判を聞いて回ってみよう」
「ショウがそう言うのなら構わないけど……」
みんなは怪訝な表情を浮かべながらも、俺の頼みに応じてくれた。
そして、俺達は町のあちこちで町長に関する情報を集めて回ったが――結局、悪い噂は一つも出てこなかった。むしろ「街のために尽力してくれる立派な人」という声ばかり返ってきたくらいだ。
「……生贄や実は守り神って展開はなさそうか」
「生贄って、何の話ですか?」
俺のつぶやきが聞こえたのか、ミコトさんがちょこんと首をかしげて問いかけてきた。
そんなに可愛いらしく聞かれると、つい何でも答えてしまいそうになる。
けど……レトロゲームの話を持ち出しても、彼女にはピンと来ないだろう。実際、俺がこの手の昔のゲームに触れたのも、リマスター版が配信されたからであって、彼女のような高校生がそんな古いRPGのことを知っているとは思えない。
「……いや、こっちの話だよ。何かあるといけないから、慎重に進めようと思ってね」
「そうなんですね。さすがショウさんです」
――ああ、そんなキラキラした目で見ないで。
過去のゲームの経験から、勝手に怪しんでみんなに余計な時間を取らせただけなんだから……。
とにもかくにも、俺達は特効薬となる「赤い葉」を得るため、森へと向かうのだった。