体感では数時間にも感じられた道のりを経て、いつもの三つ星食堂の個室で、俺達四人は合流を果たした。
ミコトさんとメイの姿を見て、これほど安堵したことはないだろう。
「二人とも悪いな。狩りの途中だったのに、戻ってきてもらって」
そう言うメイに、むしろ俺の方こそ礼を言いたいくらいだった。
「もともと、二人が来るまでの時間つぶしって感じだったから、気にしないでくれ」
それ自体は事実だけど――本音は「気まずすぎる二人きりの空間から救ってくれてありがとう」だった。
「それじゃあ、全員そろったことだし、私のクエストの話をする前に、ミコトの話を聞かせてもらうとするか。なにか大事な話なんだろ?」
メイの口調は軽い。どうやら、ミコトさんからは内容までは聞かされていないらしい。もし聞いていれば、もっと真剣なトーンになっているはずだ。
つまり、現時点でミコトさんの状況を知っているのは――この中で、俺だけ。
……なんだか、ちょっと特別な立ち位置だよな。
昨日のテーマパークに誘われたのも俺だけだったし。
……もしかして、俺ってミコトさんにかなり信頼されているのでは?
そんな考えが胸をくすぐる中、メイに促されたミコトさんが、静かに口を開く。
「実は――」
思っていた通り、ミコトさんは自らの口で、今日高校を辞めたこと、そして、これから高認試験を経て、大学受験を目指すことを語った。
クマサンとメイは、一瞬驚いた表情を見せたが――すぐに、その瞳には応援するような温かな光が宿っていた。やっぱり二人とも、俺と気持ちは同じようだ。
ミコトさんからは、勉強のためにこれからはログイン時間が減るかもという話もされたが、そのことに文句を言う奴なんてこの中にはいない。
「ゲームを引退して、勉強に専念しなくても大丈夫なのか?」
「はい。これまでも家でしっかり勉強していましたし。それに勉強は時間よりも効率が大事ですから」
「まぁ、息抜きは何事にも必要だしな」
「ええ。この世界や皆さんとの時間は、私にとってはもう必要不可欠なものなので……これからも引き続きよろしくお願いしますね」
実を言えば俺も、ミコトさんには勉強に集中してほしい気持ちと、ゲームを続けてほしい気持ちの間で揺れていた。
けれど、彼女の中ではそのメリハリというか、時間の使い方については答えが出ているらしい。なら、もう俺が心配することじゃない。
もちろん、受験が近づけばログインどころではなくなるだろう。でも、それはまだ先の話。それに、受験が終わればまたたっぷりゲームができる。
「それと……昨日はショウさんに、テーマパークに付き合っていただきました。おかげで、最後の制服の思い出を作れて……本当に、ありがとうございました」
ミコトさんは、俺に向かって深く頭を下げた。
でも、お礼が言いたいのはこっちのほうだ。
昨日の時間は、俺にとっても特別だった。そして、そんな大切な日を共にする相手に、俺を選んでくれたことがとても光栄だった。
「それなら、私も誘ってくれたらよかったのに――って言いたいところだけど、昨日は前からバンド関係の打ち合わせがあるって前から言ってたしな」
メイの表情は、冗談めかしながらも、どこか悔しさのにじむ笑顔だった。
クマサンも用事があると言ってたし、昨日は二人とも忙しかったのか。
……ん? ちょっと待てよ。
それってもしかして、ミコトさんは最初から二人が来られないことを知ってて――そのうえで俺を誘った……のか?
つまり、選ばれたんじゃなく、消去法……?
さっきまで「俺を選んでくれた」なんて思っていた自分が、急に気恥しくなってくる。
「……ショウは知ってたのか?」
ふいのクマサンの問いに、思わずピクリと震える。
自意識過剰の恥ずかしい奴だって自覚しているのか?――そう聞かれた気がして、血の気が引いていく。
「……ミコトの話を聞いても驚いてなかったみたいだし」
続くクマサンの言葉で、ようやく問いの意味を理解する。
どうやら、「ミコトさんが高校を辞めるという話を知っていたのか?」と聞きたかったようだ。
冷静に考えれば、状況的にそれしかあり得ないだろうに、俺は何を焦っているのやら……。
しかし、さすがクマサン。なかなかの観察力だ。ミコトさんの話に耳を傾けながら、俺の反応までしっかり見ていたとは。俺の方ばかり見ているなんてことはないだろうし、きっと視野が広いのだろう。
「俺も昨日聞いたとこだよ」
「……そうか」
正直に答えたものの、それが正解だったのかは、正直わからない。
今の答えは、裏を返せば、「昨日のことの一部を黙っていた」と白状しているのと同じだ。
俺も今聞いたとこだとごまかしてしまえば、波風は立たなかったかもしれない。
でも――俺は、クマサンに嘘はつきたくなかった。
話せないことはある。たとえば、ミコトさんのプライベートに関することは、俺の口から軽々しく語るべきではない。
それでも、「話さない」ことと「嘘をつく」ことは、やっぱり別だ。
俺はクマサンに対しては真摯でありたい。たとえそれで、また怒りを買うことになったとしても。
……はぁ。さて、ご機嫌を取る方法、どうしよう。
またスイーツでも買って――いや、たぶんそれじゃ足りない。
考えがぐるぐると巡り出したところで、文字チャットの通知が鳴った。
送り主は――クマサン。
まさか「さっきはよくも黙っててくれたな!」とか、お怒りの一文が送られてきたのでは……。
そんな不安に胸をざわつかせながら文字チャットを開くと、表示されたのはたった一言。
『なんかゴメン』
……えっ?
思わず顔を上げてクマサンを見た。
けれど、クマサンは俺の視線を避けるように、恥ずかしそうな顔をすぐに逸らした。
…………。
よくわからないけど――どうやら、俺は助かったらしい。
もう機嫌を取る必要はないのかもしれないけど……今度一度、クマサンを誘ってどこかへ出かけてみようかな。クマサンの顔が差すことを警戒して、一緒に出歩くのを避けていたけど……ちょっとくらいなら構わないよな。
そう考えて、ふっと口元が緩んだところで、場の空気がゆるやかに切り替わった。
「私からの話は以上です。次は、メイさんのクエストの話をお願いしますね」
ミコトさんがそう言って話を振ると、自然とみんなの視線がメイに集まった。
そういえば、もともとはメイが「気になるクエストがある」と言っていたことで、ここに集まったんだった。
「……ミコトの今の話の後だと、このクエストの話はしづらいなぁ」
いつになくメイは困り顔だった。
でも、みんなで何か盛り上がれるようなクエストなら、ちょうどいいとも思う。ミコトさんの新たな門出を祝えるようなクエストなら、なおいい。
「……実は、クリアしてもモヤっとするクエストがあるって聞いて、みんなでやってみたら面白いかと思って、誘ったんだ」
……なるほど、そういうことか。
ミコトさんが一区切りつけたばかりのこのタイミングで、「モヤっとするクエスト」というのは、確かに空気が読めてない気がする。
でも、ミコトさんはまったく気にした様子もなく、むしろ興味深げな顔をしている。
その無邪気さに、俺もつい、ほっとしながら苦笑いしてしまった。