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第10章 モヤっとするクエスト

第196話 なにやら、クマサンの様子がおかしい……

 敵のターゲットが俺に向き、貧弱な装備の俺は一気に体力を削られた。


「ちょっと、クマサン! タゲがこっちに来てるって!」


 思わず声を張り上げたが、クマサンの方に慌てた様子はない。


【クマサンは挑発を使った】


 やや遅れて、ようやくスキル「挑発」が発動し、敵のターゲットが再びクマサンに移る。

 ……クマサンらしくない。いつもなら、こんな凡ミスはしないはずだ。

 スキルのクールタイム中だったとも思えない。クマサンは敵のヘイトを稼ぐスキルを複数持っている。それらすべてが同時に使えない状況というのは、タイミング的にも考えにくい。

 とはいえ、クマサンだって人間だ。たまにはミスもあるだろう。


「クマサン、ドンマイ!」

「…………」


 料理スキルで敵の背後から攻撃をしながら声をかけるが、返事はない。


 ――おかしい。


 今日はミコトさんもメイもログインしておらず、クマサンと二人きりで素材目的の狩りに来ていた。

 最初は順調だった。

 ……少なくとも、俺が昨日の話を持ち出すまでは。


 テーマパークに、ミコトさんと二人で行ったこと。それを雑談の流れで話してから、クマサンの様子が明らかにおかしくなった。

 体調か? それとも回線の問題? 最初はそうも思ったが、どうにもそういう感じではない。

 むしろ、わざとプレイを乱しているようにさえ感じる。

 ……いや、さすがにそれは俺の考えすぎか。


 そもそも俺は、てっきりクマサンもメイもテーマパークに来ると思っていたから、事前に何も言わずに出かけてしまった。

 結果として、「クマサンに黙ってミコトさんと二人きりで出かけた」形になってしまい、まずいと思った俺は、素直に昨日のことを話した。隠していたつもりはなかったし、ちゃんと説明もした。

 ――ただし、ミコトさんが高校を辞める決意をしたことや、その区切りとして出かけたという事情までは話していない。

 それは彼女自身のプライベートに関わることだ。迂闊に俺の口から語るべきことではない。

 だからクマサンに伝えたのは、「俺とミコトさんが二人でテーマパークに行って、楽しんできた」という事実だけ。

 ……それが、おもしろくなかったのかもしれない。


「クマサン! またこっちにタゲ来てるってば!」


 俺が二発殴られたタイミングで、ようやくスキル「陽動」が発動。敵の注意は再びクマサンへと向いた。

 ……悪かったとは思っている。でも、できればプレイに支障が出るような反応はやめてほしい――心の中でため息をつく。


 気まずい空気の中で狩りを続け、やがて二人して無言の休息に入ったタイミングで、ギルドチャットにメイの声が飛び込んできた。


『ショウとクマサン、今狩り中? ちょっと気になるクエストがあるんだけど、一緒に行ってみない? さっきミコトとは合流したんだけど、彼女も話したいことがあるみたいでさ。合流できないか?』


 まさに、救いの一声だった。

 このまま二人きりで狩りを続けていたら、気まずさで俺のメンタルが削られるか――あるいは、うっかり見殺しにされる展開になっていたかもしれない。

 それに、メイの「気になるクエスト」というのにも興味がある。

 だけど、それ以上に重要なのは、ミコトさんの「話したいこと」だ。

 内容には、察しがついていた。彼女はきっと、あのことをみんなに伝えるつもりなんだ。

 ――高校を辞め、高認試験を経て大学進学を目指すこと。

 そのためには勉強に時間を割かねばならず、ゲームにログインする時間も減るだろう。そういう意味での、スケジュールの共有という要素ももちろんあるだろうが、でも、それ以上に、けじめとして、そして決意として、自分の言葉で仲間に伝えたい――きっと彼女はそう思っているはずだ。


「わかった。俺達も一度街に戻るよ。クマサン、それでいい?」

「……わかった」


 クマサンはまだ不機嫌そうに見えたが、同意をしてくれた。


「それじゃあ、これからすぐに街に戻るよ」


 チャットを終え、立ち上がる。クマサンも無言で立ち上がったけれど、なぜかその巨体がいつも以上に威圧的に感じられた。


「……えっと、それじゃあ、クマサン。帰ろうか」

「…………」


 その沈黙が、地味にキツい。

 でも、幸いなことにこの狩場から街までは近い。それだけが唯一の救いだ。

 俺はクマサンの圧から逃げるように駆け出した。

 クマサンも黙ってその後をついてくる。


 …………。

 なんだか、背中に刺さるような視線を感じる。

 気のせいであってほしいと願うが……たぶん気のせいじゃない。

 互いに無言なのがよくないんだろうか。

 何か話題を出そうとするけれど、こういうときに限って、うまい言葉が出てこない。

 ……世の陽キャ達ならこんな状況でもポンポンと言葉が出てくるのだろうか? ……それとも、彼らはそもそもこういう事態に陥ったりしないのだろうか?

 そんなふうに俺が悶々としながら走っていると、後ろのクマサンの方から話しかけてきた。


「……おしゃれしてたミコトは、さぞ可愛らしかったんだろうな」


 話題は昨日の俺とミコトさんとのことだった。やはり俺達二人だけで楽しんだことが引っかかっていたらしい。

 そういえば、会った回数なら俺とクマサンの方が圧倒的に多いけど、一緒に出かけたのって……ファミレスくらいか。

 その点、昨日の俺とミコトさんはテーマパーク。客観的に見れば「特別感」はある。クマサンがズルいと思ったとしても、仕方ないのかもしれない。

 けれど、昨日ミコトさんが制服を着てきたのは、高校生活最後の記念としてだ。別におしゃれをしたわけじゃない。俺の方も、くたびれたパーカーにジーンズというラフすぎる格好だったし、いわゆる「気合い入れてのデート」なんてものでは決してなかった。


「いやいや、そんなおしゃれってわけじゃなくてさ。昨日のミコトさんは、学校の制服だったよ。俺なんて、世間ではダサいって言われてるパーカー着ていっちゃったし」


 軽く笑いながら返した。少しでも空気を和らげたくて。

 だが――


「……制服デート、か」


 背後から聞こえたそのつぶやきは、まるで呪詛のように低く重かった。

 ……気のせいだよな? さすがに俺の受け取り方が過剰なだけ……だよな?


「いや、違うって。そういうんじゃなくて……。ミコトさんが制服だったのは、ちゃんと理由があって――」


 言いかけて、言葉を呑み込む。

 ミコトさんが制服を着てきた理由――それは、彼女自身が語るべきもので、俺が軽々しく口にしていいことじゃない。


「なんだよ、理由って? ショウが制服女子とデートしたことなかったから、着てきてってほしいって頼んだんじゃないだろうな?」


 おいおい。クマサンは俺のことをどういう奴だと思っているんだ?

 ……いや、確かに暗い青春を送った身としては、制服への憧れみたいなのはあるけどさ。

 それでも、ミコトさんにそんな変な要求をするわけないじゃないか。


「そ、そんなわけないだろ!」


 でも、理由は話せない。……そこが辛いところだ。


「でも、嬉しかったんだろ?」

「うっ……」

「制服のミコトと一緒に写った写真とかも、どうせ高いお金出して買ってたんだろ?」

「……そういうのは記念に必要だから」


 図星だった。


「……まさか、ミコトを隠し撮りとかしてないだろうな?」

「するわけないだろ! ちゃんと許可もらって撮ったよ!」

「……撮ったんだ」


 ……俺、もしかして余計なこと言っちゃった?

 いい大人が、女子高生相手に浮かれていると思われてしまったかも……。

 その後、ツーショット写真まで撮ったことだけは、口が裂けても言わないようにしなければ……。


「……楽しそうで、なにより。どうせ、どさくさに紛れて手でも繋いだんだろ?」

「いや、俺からは繋いでないよ! ミコトさんの方から俺の手を握ってきて――」

「……ホントに繋いでたんだ」


 ……あ。

 俺はまたミスをやらかしたかもしれない。


「いや、最初だけだよ! ずっと繋いでたわけじゃないよ!」

「……でも、繋いでたんだよな」

「それはまぁ……」

「どうせ、今もまだその感触を覚えてて、時々思い出したりしてるんだろ?」

「そんなわけないって! 確かに、細くて、柔らかくて、温かくて、これぞ『女の子の手』って感じだったけど――あっ」


 俺の口は、どうしてこう素直すぎるのか。


「……ショウがどう思っていたか、よくわかった」


 ドスの効いたクマサンの声で、俺はまた俺の過ちを知った。

 正直に生きるって、なんでこんなに難しいんだろう。

 街まで近いはずなのに、今日の帰り道はやけに長く、重く、そして――ひたすら気まずかった。



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