「……そうだった。クマサンは、ステラ推しだったよね」
俺は思わずそうつぶやき、思考に沈んだ。
もし、ミコトさんやメイの言葉を聞いてクマサンの考えが変わっていたなら、議論は今頃収束に向かっていたかもしれない。
だけど、クマサンの視線は依然として揺らいでいない。
そもそも、ミコトさんとメイが見ているのは、これから先の未来だ。町にどれだけ貢献できるか、未来の可能性を重視している。
一方で、クマサンの目は過去に向いている。救うべきは、不条理な悲劇に巻き込まれた人。そこには正しさを求める視点がある。
「ミコトさんやメイが未来を見ているのに対して、クマサンが見ているのは過去。……視点が真逆なんだよな」
何気なく口にした言葉だった。
優劣をつける意図はない。ただ、見ている方向が違うという事実を整理しただけ――のつもりだった。
だが、クマサンの耳には、そう届かなかったようで――
「……なんだよ、ショウ。俺が過去をひきずってるとでも言いたいのか?」
つぶらな瞳でジロリと睨まれた。
……しまった。これは迂闊な言い方だったかもしれない。
「未来」と「過去」、その二つを並べられたとき、「未来」を向いている人のほうが正しい、なんてイメージが世間一般にはなんとなくある。「過去をひきずるな、未来を見ろ」なんてセリフはアニメなんかでよく耳にする。
でも、俺が言ったのは、そういうことじゃない。
「違うって! 俺が言いたかったのは、目を向けている方向性の話であって……」
慌てて否定するが、意図がうまく伝わらないのか、クマサンの目はなおも鋭い。
焦った俺は、言葉を探し、ようやく思い至る。
「えっと、つまりクマサンは――未来の町への利益ではなく、過去に起きた理不尽な悲劇の解消に目を向けている。……それって、ある意味で正義を重んじているってことなんだ」
「正義か……なるほど」
ようやくクマサンの目が柔らかくなった。口元が緩み、小さくうなずく。
「正義」という言葉が、クマサンの中でしっくりときたのだろう。
俺はほっと胸を撫で下ろしかけたが、悲しいかな、一つの言葉はまた余計な誤解を生むようで――
「ショウさん! それって、私達は利益を優先していて、間違っているってことですか?」
今度はミコトさんの声が刺さるように飛んできた。
その隣では、メイが無言のまま、睨むようにこちらを向けている。
……またやってしまった。
今度は「正義」という言葉が、逆に二人を否定するように響いてしまったらしい。
「違う、違う! そうじゃないんだ」
俺は首を振って、慌てて言葉を継いだ。
「勘違いしないでくれ。俺は誰が正しくて誰が間違ってるなんて言いたいんじゃない。今の議論の軸を、改めて整理したかっただけなんだ」
一度、深呼吸をして頭を冷やす。慎重に言葉を選びながら、再び口を開いた。
「過去の医療ミスという理不尽な出来事に向き合い、それを正したいと考えるクマサンは、過去志向で正義を重視している。一方で、町への未来の貢献を考えるミコトさんとメイは、未来志向で功利を重んじている。――俺達は今、『正義』と『功利』、『過去志向』と『未来志向』という二つの価値観の間で悩んでいる。でも、それはどちらか一方だけが正しいっていう話じゃない。実際、三人とも、ほかの話を聞いて、納得する部分はあったし、少なからず同じように考えていたはずだ」
俺の言葉に三人とも沈黙する。反論は返ってこない。
それはそうだろう。彼女達は何も考えずに答えを出したわけじゃない。そこに至るまでにはさまざまな葛藤があったはずだ。
俺は改めて三人を順に見つめ、静かに言葉を重ねる。
「だからこそ……大事なのは、自分が何を一番大切にしたいかだ。誰かの正しさじゃなく、自分自身の中にある答えを見つけること。――それを踏まえたうえで、改めて聞くよ。クマサン、君は誰を選ぶ?」
「……俺は、それでもステラだ。彼女の家族も、そして事故を起こした病院の人達も苦しんでいるはずだ。それを救ってあげたい」
クマサンの考えは変わらない。
俺は一つうなずき、隣のミコトさんへと目を向ける。
「ミコトさんは?」
「……やっぱり、私はベルトルトさんを助けたいです。……彼の未来を無駄にしたくありません」
ミコトさんはそれでいい――そんなふうに思えた。
自分の中で大きな区切りをつけた彼女は、今、しっかりと未来を見ている。そのことがこの選択にも表れている気がする。
俺はまた一つうなずき、メイへと視線を移した。
「メイ、考えは変わらないか?」
「ああ。たとえ残された時間は短くとも――いや、むしろそれだからこそ、私はホフマンを治してやりたい。ショウの言う、正義や功利で考えれば、もしかしたら、ホフマンは一番遠いのかもしれないが……年老いても、夫婦二人で手を繋いで笑い合って過ごしていく、そういう未来が私はすごく好きなんだ。ホフマンに、そんな未来をあげたい」
その表情は、どこまでも優しく、静かだった。
ロックを奏でる派手な外見の奥に、こんな家庭的な想いを抱えていたなんて――今回のクエストで、俺は彼女の新しい一面を知ることができた気がする。
「やっぱり、三人とも意見は変わらないようだね」
それは聞く前から予想していたことだ。けど、それでも敢えて俺は、確認したかった。
彼女達の言葉を、自分の耳で、心で、確かめたかったんだ。
そして今――三人の視線が、俺に向けられている。
彼女達は俺の答えを待っているのだ。
その目には、単に多数決で決めるなんて意味ではない、もっと重い何かが宿っているように感じられた。
俺がギルマスで、このパーティのリーダーだから――いや、きっとそれだけじゃない。何かそれ以上のものを感じる。それが何なのか、うまく言葉にはできないけど……。
俺は一つ大きく息を吐くと、意を決して口を開いた。
「俺が選んだのは――」