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第11章

第207話 エルシーからの手紙

 「四人の患者」のクエストを終えて数日が過ぎた頃、俺のマイルームに一通の手紙が届いた。

 この世界では、プレイヤー同士ならチャットで直接やり取りができるため、わざわざ手紙を送るなんてことはまずない。つまり、こうして届くのはNPCからの手紙にほぼ間違いない。

 問題を解決した後、依頼者から感謝の手紙が届くこともあれば、様々なクエストをクリアしていくとその評判を聞きつけたNPCから、手紙で新たな依頼が舞い込んでくることもある。どちらであっても、こうした手紙は嬉しいものだ。


「さて、今回はどっちかな?」


 差出人の名前を確認すると、そこには「エルシー」と記されていた。

 音楽の街メロディアでのクエスト「吟遊詩人総選挙」で共に戦った女の子だ。あの時、俺達は惜しくも二位。優勝の座は、クマサンと組んだウェンディにさらわれてしまったけれど、まるでギャルゲーのようだったあのクエストは、今でも強く印象に残っている。


「優勝させてあげられなくて申し訳なかったなぁ……。でも、いまさら手紙って、一体どんな内容なんだろう?」


 一位になれなかったのに、お礼の手紙というのも考えにくい。

 それに、クエストが終わってから結構な時間も経っている。今さら何の手紙なんだろうかと、首をかしげながら封を切る。


『急な手紙でごめんなさい。キャサリンのことで、どうしても、ショウさんに伝えたいことがあったの。

 実は彼女に、王都の貴族ダミアン様のもとに嫁ぐという話が持ち上がっているの。本人は何も言わないけれど、キャサリンがそれを望んでいないことは、私にはわかる。

 でも、家の事情で断ることはできないみたい……。

 本当は、私が何とかしてあげたい。でも、今の私には何の力もなくて、ただ見ていることしかできないの。

 それで、ショウさんなら、きっと彼女を助けてくれるんじゃないかと思って、この手紙を書きました。

 どうか、彼女を助けてあげてください』


 読み終えた俺は、しばし言葉を失った。

 この展開は、完全に予想外だ。

 お礼じゃないにしても、別件のクエスト依頼かと思っていたが、これじゃまるで恋愛ゲームのヒロイン救出イベントみたいだ。

 それにしても、あの時優勝させてあげられなかったエルシーが、今でも俺を頼ってくれているのは、意外でもあり、嬉しくもあった。

 あのひとときが、確かに彼女との信頼を育んでいたのだと、今さら実感する。


「――まあ、実際は、吟遊詩人クエストをクリアしたプレイヤー全員に、同じような手紙が届いていたりするんだろうけどな」


 現実的に考えれば、クエストクリアから一定時間が経過したプレイヤー全員に配られる、次のクエストへの導入となる手紙イベントといったところだろう。

 そして、そうだとしたら、俺以外の仲間達にも同様の手紙が届いているはずだ。


「今ログインしているのは――クマサンだけか。同じ内容なら、一緒にやったほうがいいだろうし、ちょっと聞いてみるか」


 俺は音声チャットを申請した。すぐに承認され、空間を越えてクマサンの声が届く。


『ショウ、狩りのお誘いか? 二人だけの狩りでも全然構わないけど……時間があるなら望郷岬の夕日を見に行かないか? 噂なんだけどさ、その夕日を二人で見ると永遠の――いや、何でもない。とにかく、綺麗な景色らしいんだ』

「なかなか魅力的なお誘いだね。でも、その前に、ひとつ確認したいんだけど、クマサンのとこに、ウェンディから手紙が届いてない?」


 その噂ってやつがちょっと気になったが、今は本題を優先する。

 俺にエルシーから手紙が届いているなら、クマサンにもパートナーだったウェンディから、似たような手紙が届いているはずだ。


『ウェンディからの手紙? あのクエストが終わってすぐ、お礼の手紙はもらっているけど……それ以降は何も来てないな』

「え? 本当に?」

『ん……今、もう一度確認したけど、やっぱり何も届いてないな』


 吟遊詩人総選挙をクリアしたのは、俺もクマサンも同じタイミング。

 もし何か別のクエストがトリガーになっているとしても、最近だと「四人の患者」くらいしかない。そして、そのクエストもクマサンと一緒にクリアしている。

 それだけに、俺に手紙が届いているのに、クマサンには届いていないというのは……なんだか引っかかる。

 ……しかし、吟遊詩人総選挙の後、クマサンにはウェンディからお礼の手紙が届いていたのか。俺にはエルシーから、そんなの来てなかったのに。……まぁ、優勝できなかったんだし、仕方ないっちゃ仕方ないけど。


『ショウのところに、ウェンディから手紙でも届いたのか?』

「いや、ウェンディじゃなくて、エルシーからだ。どうやらキャサリンが望まぬ結婚を迫られていて、それを助けてほしいってことらしい」

『なんだって!? ……それは見過ごせないな』


 クマサンの声色が一変する。

 クマサンの中身は女の子。「望まぬ結婚」というフレーズに、何かしら感じるものがあったのかもしれない。


「てっきり、クマサンにも同じような手紙が届いていると思って聞いてみたんだけど……俺にだけ届いたってことなのかな?」

『ミコトやメイがログインしたら、聞いてみよう。私にだけ来ていないのか、それともショウにだけ届いているのか、それでわかるだろう』

「……そうだね」


 クマサンの言葉はもっともだ。

 俺は「自分にだけ届いたのかも」と即座に考えてしまったけど、逆にクマサンにだけ届いていない可能性だってある。

 なにしろ、クマサンは吟遊詩人総選挙でウェンディを優勝させている。クマサン以外に手紙が届いているなら、負けたプレイヤー限定クエストという可能性が考えられる。逆に、俺にだけ手紙が届いているとしたら……うーむ、理由はなんだろう?

 みんなにはなくて、俺にだけ起こったようなイベントでもあったっけ?


 ……そういえば、「キャサリンとの絆」ってアイテムを手に入れたのは俺だけだったっけ。

 もしかして、それが何か関係しているのか?

 とにかく、今はミコトさんとメイのログインを待って話を聞いてみることにしよう。



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