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第208話 再びメロディアの街へ

 ミコトさんとメイがログインすると、俺はさっそく三つ星食堂にみんなを呼び出した。


「――というわけで、エルシーから『キャサリンを助けてほしい』って手紙が届いたんだけど、クマサンのところには来てなかったんだ。二人のところには、どう?」


 一通りの説明を終えてそう問いかけると、二人は静かに首を振った。


「いや、私のところには来てないな」

「私もです」


 その返答を聞いて、俺とクマサンと顔を見合わせる。

 二人だけでは判断がつかなかったが、一緒に「吟遊詩人総選挙」をクリアした四人のうち、手紙が届いたのは俺だけとなれば、答えは一つだった。


「……やっぱり、俺だけに発生したクエストってことか」


 MMORPGのような多人数オンラインゲームにおいて、特定のプレイヤーだけに発生するクエストというのは、あまり歓迎される仕様ではない。

 誰もが同じ条件で楽しめることが前提であり、不公平なクエスト配分は不満を招きやすいからだ。

 たまにオンラインゲームを舞台にしたアニメなどで、「主人公だけに起きる特別なイベント」なんてものが描かれるが、実際のゲームでそんなことが許されるわけもない。一部のプレイヤーだけが限定のクエストでアイテムやスキルを得られるとすれば――他のプレイヤーは黙ってそのゲームを離れていくだけだ。

 とはいえ、まったく例がないわけでもない。

 たとえば、各職業ごとに用意された専用クエスト。

 以前、メイの鍛冶師クエストを手伝ったときのように、パーティを組めば一緒にプレイはできるが、実際にクエストを受けられるのは当事者――この場合は鍛冶師のメイだけだ。

 あるいは、連続クエストの分岐イベント。

 一つのクエストをどう進めたかによって、次の内容が変わることがある。そういった分岐型のクエストは、プレイヤーごとの選択や行動によって物語が変化し、経験するクエストも異なってくることがある。

 クエストの機会は平等であるべきだが、選択や職業によって結果が分かれるのなら、それは「自分だけの物語」として楽しめる。報酬に大きな差さえなければ、むしろゲームの深みを感じさせてくれる。


 今回のエルシーの手紙も、おそらくは、あのクエストの中の俺の行動――たとえば、「キャサリンの絆」を得たこと――が引き金になった、そんな特別な分岐イベントなのかもしれない。

 もっとも、この手のクエストは、後になってほかのプレイヤーにも少し形を変えて開放されることが多い。だから、いずれはほかのみんなも経験することができるかもしれないが――

 少なくとも、今この瞬間においては――この四人の中で、このイベントは俺だけのものだ。

 とはいえ、一人でクリアして、あとからみんなに話して聞かせるよりも、やっぱりみんなで一緒に挑むほうがずっと楽しい。


「俺はこれからメロディアの街に行こうと思うんだけど……パーティを組んでみんなも一緒に行く?」

「はい! もちろんです!」

「ショウだけに楽しいことはさせられないからな」

「またウェンディの顔を見たかったし、ちょうどいい」


 期待通りの返事に、思わず笑みがこぼれる。

 ――そうこなくっちゃな。

 手紙が届いてない以上、クエストフラグは立っていないはずだが、パーティを組んでいれば一緒にクエストを進めることはできるはずだ。

 戦闘ありのクエストの場合、俺一人では不安というのもあるが、一人でやるのとみんなとやるのとでは、何より楽しさが違う。以前はクエストなんて一人でプレイするのが当然で、戦闘力の問題を除けば、孤独なんて気にならなかった。

 だけど、今は違う。この三人と一緒じゃないと、どんな冒険も、どこか物足りなく感じてしまう。


「それじゃあ、みんなでメロディアの街へ行こうぜ!」


 こうして、俺達はパーティを組んで、音楽の街メロディアへと向かった。




 メロディアの街には、以前と変わらず音楽が溢れていた。

 変わった点があるとすれば、街の中央広場に、新たに一体の像が建っていたことだ。


 ――それは、吟遊詩人総選挙で優勝し、ディーヴァの称号を得たウェンディの像。


 広場に近づくと、周囲のBGMが自然と、彼女がラストステージで歌った曲に切り替わる。

 まさに、俺達が競い合ったあのクエストの「結果」が形になったものだ。


 もちろん、ほかのプレイヤーにはまた別の像が見えているはずだ。

 この場所に立つ像は、プレイヤーごとのクエスト結果に応じて表示が変わる仕組みらしい。

 俺達四人は一緒にクエストを進めたから、全員にウェンディ像が見えている。だが、周りにいる別のプレイヤーには、彼ら自身のクエストで優勝した吟遊詩人の像が表示されているのだという。


 ……でも、こうやって改めて目の前に結果を突きつけられると、やっぱり胸がざわつく。

 エルシーを勝たせてやれなかったことが、今さらながらに悔やまれる。

 そんな思いを胸に、俺達は中央公園を抜け、懐かしい六姉妹の家へと向かった。


「ここに来るのも、ずいぶん久しぶりだな」


 玄関の前で感慨深くつぶやくと、ほかの三人が次々に言葉を返してきた。


「そうか? 俺はちょくちょく、ウェンディの様子を見に来ていたぞ」

「あっ、私もです。カレンのことが気になっちゃって」

「私もイングリッドに会いに来ていたよ」


 三人そろってそんなこと言い出すものだから、あれ以来、ろくに顔を出していなかった俺だけが、まるで冷たい男みたいに思えてくる。


「……ショウって、もしかして釣った魚にエサをやらないタイプ?」


 クマサンがぼそっとつぶやいたその一言に、思わずギクリとする。

 ――いやいや、そんなことはない……と思うよ、たぶん。

 っていうか、自分ではわからない。そもそも彼女とかいたことないし……。


「い、いや……あれからHNMとか運営イベントとか、いろいろあって忙しかったし……」


 とっさに言い訳を口にしたが、よく考えたらそれはクマサン達も同じだった。

 この空気じゃ、苦しい言い訳としか思われていない気がする……。


「と、とにかく、エルシーに会って、キャサリンのことを聞いてみよう!」


 これ以上この話題を続けるのは危険だと判断した俺は、さっさと玄関の扉を開け、先頭に立って家の中へと踏み込んだ。

 その瞬間――

 中には、かつて共に戦い、あるいはライバルとして競い合った六人の美しき姉妹達が、初めてここを訪れたときと変わらぬ姿でそろっていて、全員がこちらに視線を向けてきた。


「ショウさん! 来てくれたんですね!」


 その中で、まっすぐに俺を見つめながら声をかけてくれたのはエルシーだった。

 ほぼあれ以来の再会といっていいのに、眩しいくらいの笑顔で迎えてくれる。


 ――ああ、やっぱりいい娘だなぁ。


 彼女の顔を見て、どうしてあれ以来、ここに足を運ばなかったのか、ようやく自分でも理解できた。

 勝たせてあげられなかったという後悔と、彼女の暗い顔を見たくないという思いが、無意識に足を遠ざけていたのだ。

 でも、そんなのは杞憂だった。

 彼女がどんな娘か、一番よく知っているのは、ともにあの日々を駆け抜けた俺のはずなのに。

 ……うん、今度からはちゃんと顔を出しにこよう。素直に、そう思えた。


「クマサンさん!」


 俺がそんなふうに感傷にひたっていると、そんな声とともに小柄な影が、俺の横を駆け抜けていく。


「また会いに来てくれて、すごく嬉しいです!」


 それは、クマサンのパートナーだったウェンディだった。

 勢いのままにとびつき、そのまましっかりとハグまでしている。


「……羨ましい」


 つい、ポツリと本音が漏れてしまった。

 慌てて周囲の反応をうかがうが、どうやら誰にも聞かれていなかったようだ――セーフ。

 ウェンディのように勢いよく抱きつくわけじゃないけど、ミコトさんのもとにはカレンが、メイのもとにイングリッドが駆け寄って、それぞれ満面の笑みを向けている。

 みんな、自然にかつてのパートナーとの再会を喜んでいて、俺のしょっぱいつぶやきなんて気にも留めていないようだった。

 ほっとすると同時に、彼女達と比べるとエルシーの対応がなんだかあっさりしているように感じられて、少しだけ寂しくもあった。

 NPC達にはそれぞれAIが組み込まれているので、吟遊詩人総選挙の結果だけでなく、その後のプレイヤーの行動によっても、彼女達の態度や行動が変化するのだろう。

 今のこの現状は、クエスト終了後に積み上げてきたものの差といえる。


 ……エルシー、ホントごめん。

 今度から、ちゃんと時間を見つけて、会いに来るよ。



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