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第212話 情報収集とモヤモヤ

 気合いを入れてはみたものの、正直なところ「幻の楽譜」なんて今回初めて耳にした名前だ。今の俺には、探す当てなんてこれっぽっちもない。

 ――とはいえ、途方に暮れている場合じゃない。餅は餅屋、目の前には現役の吟遊詩人がいるじゃないか。

 この手のクエストのパターンとしては、キャサリンが何か知っていて、その情報をもとに、「幻の楽譜」の在処を探っていくというのが定番だろう。


「キャサリン、『幻の楽譜』について、君が知っていることがあれば教えてくれないか?」


 たとえば、人間嫌いの資産家が隠し持っていたり、魔物だらけのダンジョンの奥に保管されていたり。場所さえわかれば、あとは腕と根性でどうにかなる。

 ――それにしても、ゲームってやつは、どうして貴重なアイテムをわざわざ危険地帯に隠すんだろうな。しかも、わざわざ宝箱に入れて。あんなモンスターだらけの場所に置く奴の気が知れない。誰へのプレゼントだよ。

 などとくだらないことを考えているうちに、キャサリンが口を開いた。


「……ごめんね。『幻の楽譜』って呼ばれるものがあるのは聞いたことがあるけど、それ以上のことは……。『名もなき小夜曲セレナーデ』っていう曲名も、今初めて知ったの」


 キャサリンは申し訳なさそうに目を伏せた。

 ……なんてこった。てっきり何かヒントの一つや二つもらえると思っていたのに、まさかの手がかりゼロ。

 こうなると、いっそダンジョンの奥に隠されていた方が、よほど楽かもしれない。


「そうか……。仕方ないさ、気にしないでくれ」

「……吟遊詩人仲間に聞いてみるわね。何かわかったら、すぐに連絡する」

「……ありがとう。助かるよ」


 この手のイベントでよくある「情報後出し型」ってやつかもしれない。いずれキャサリンから追加情報が来る可能性を期待するとしても、それまで手をこまねいているわけにはいかない。何もしなければ無駄に日数が経過するだけで、次の展開に進むフラグが立たないだろう。


「さて……どう動くべか……」


 なにしろ今回のクエストは手がかりが少ない。

 俺が頭を抱えていると――


「……ウェンディ達なら、何か知っているかも」


 クマサンの言葉にハッとする。

 そういえば、俺達にはもう一つ伝手があったじゃないか。吟遊詩人総選挙のクエストで親しくなった六姉妹――彼女達も一流の吟遊詩人だ。知っている可能性は十分にある。


「ナイスだクマサン。六姉妹に話を聞いてみよう」


 仲間達はうなずき、すぐに行動に移す。キャサリンから直接ヒントが得られないなら、彼女達を頼るのは自然な流れだ。

 よし、次の方針は決まった。

 キャサリンには彼女の方での情報収集をお願いし、俺達は六姉妹の家へ戻ることにした。




「……『幻の楽譜』ですか? んー、聞いたことないですね」


 家に到着するや否や、六姉妹に事情を説明して尋ねてみたが、エルシーの反応は残念なものだった。

 ほかの五人の姉妹に目を向けても、そろって申し訳なさそうに首を横に振っている。

 ――まさかの、情報ゼロ。

 ここで何かヒントを得られる展開だとばかり思っていただけに、自然と焦りが込み上げる。


「そうだ、ウェンディ! 吟遊詩人総選挙の優勝賞品として、楽譜を贈られたりはしなかった? それが、実は『幻の楽譜』だったり……なんて可能性は?」


 一縷の希望にすがる思いで、ディーヴァとなったウェンディに問いかける。

 もし過去のクエストと今回が繋がっているなら、そういう展開だってあり得るはずだ――が、彼女は静かに首を振った。


「いいえ。私が得たのは名誉だけ。そういった副賞はありませんでした」

「そっか……」


 よく考えれば、そんな都合のいいアイテムが後出しで出てくるはずがない。なにしろ、吟遊詩人総選挙の時に、そんな副賞があるなんて話は、まったく聞いてなかったから。

 でも、まだ諦めきれない。


「じゃあ……ディーヴァだけに伝えられる伝説の曲とか、そういう話?」


 かすかな希望を込めて重ねるが――またしても、ウェンディは静かに、今度は少し寂しげに首を横に振った。


「……だよね」


 現実は甘くない。

 だいたい、仮にそんな曲があったとすれば、きっとこのクエストが発生するのは、優勝したウェンディのパートナーであるクマサンのはずだ。

 つまり、「幻の楽譜」とディーヴァの立場は、別の文脈にあるということだ。


「……参ったな。本当に手詰まりになりそうだぞ」


 またも頭を抱えそうになる俺に、エルシーがそっと声をかけてくれた。


「ショウさん、街の図書館で訪ねてみてはどうでしょうか? 『幻の楽譜』が有名な話なら、何かしら記録が残っているかもしれません。なにしろ、ここは『音楽の街メロディア』です。音楽に関する資料なら、ほかの街よりも揃っているはずです」

「……なるほど、図書館か」


 言われてみれば確かに一理ある。

 この世界の多くの街には、文化支援の一環として図書館が設けられている。この世界の歴史や伝説、職業にまつわる知識まで、世界設定に関するような情報が記録された本も多く、読みふけって一日が終わったことだってある。中には、単なる物語だけでなく、テキストアドベンチャーなんかが楽しめる本もあったりして、ログイン中はずっと図書館で本を読み続けているプレイヤーなんかもいるって聞く。

 そんなふうに多くの本があるのはいいんだが……そのぶん、問題もあるんだ。


「すまない、みんな。図書館での情報収集、手伝ってくれるか?」


 お願いする俺に、仲間達は即座にうなずいてくれた。どこか気乗りしない表情ではあるが、それでも文句一つ言わない。ありがたい仲間達だ。




 メロディアの図書館は、王都の図書館に比べれば規模こそ小さい。だが、それでも学校の図書室一つ分くらいの蔵書はありそうだ。現代とは違って本なんてまだまだ貴重なものだろうに。

 それらの本がジャンル別に整然と分類され、書架にずらりと並ぶ光景は、こじんまりしていても威圧感があった。


「……みんな、手間をかけるな」

「しょうがないですよ」


 ミコトさんはそう言ってくれるが、正直申し訳なく思う。

 こういったときの情報収集方法は、TRPGとコンピューターRPGの大きな違いの一つだと思う。

 TRPGなら、プレイヤーは「図書館で『幻の楽譜』について調べる」と宣言して、あとは判定のダイスを振れば済む話だ。実にシンプル。

 それに対して、コンピューターRPG――特に『アナザーワールド・オンライン』のようなリアル志向のVRゲームでは、実際の足で動き、手で本を取り、調べなければならない。つまり、この図書館に並ぶ無数の本を、一冊ずつ確認する必要があるってわけだ。

 幸い、こういった探索クエストでは、正解の本を手に取れば自動でシステムメッセージが表示されるはずなので、一ページずつ精読しなくていいのは救いだが……それでも、この蔵書の中からお目当ての一冊を引き当てるのは、なかなか骨がある。しかも、今回の場合、ここにあるとも限らないときている。


「それじゃあ、手分けして棚を順番に潰していこうか」


 俺がそう提案すると、メイの鋭い声が遮った。


「待った、ショウ。何も全部の本を調べる必要はないだろ? ジャンルごとに整理されているんだ。音楽関連のところを探せばいい」

「……ああ、そうか」


 言われてみれば、至極当然の話だ。なのに、どうにも今日の俺は冴えない。さっきから先の展開の読みはことごとく外れ、基本的なことすら見落としている。

 ……もしかすると、今回の「結婚話」で動揺しているのかもしれない。

 とはいえ、それはキャサリンに対してじゃない。――クマサン、メイ、ミコトさん。彼女達のことを、知らず知らずのうちに考えてしまっている自分がいる。

 正直、結婚なんてものは、自分には縁遠い話だと思っていた。なにしろ、これまで彼女の一人もできたことがない。

 でも、俺と違って、クマサンも、メイも、ミコトさんも、それぞれとても魅力的な女性だ。

 彼女達からそういった恋愛関係の話を聞いたことはないが、俺に話していないだけで、実際には特別な相手がいる可能性だって十分ある。ある日突然、「結婚するよ」なんて報告を受けることだって――。

 クマサンやメイは当然として、ミコトだって、あと一年もすれば年齢的には結婚できる。

 ……キャサリンの件をきっかけに、そんな未来を、どこかで想像していた。今、ようやくそれに気づいた。

 もし、本当にそんな日が来たら、俺は笑って「おめでとう!」と祝ってあげるべきなのだろう。でも……この胸の奥に広がる、妙な喪失感は何だろう?


「ショウ、何ぼーっとしてるんだ。さっさと調べてしまおうぜ」


 クマサンの声に、我に返る。

 視線を向ければ、仲間達はすでに本棚の前に散り、それぞれ本を手に取って調べ始めていた。


「……ごめん、ごめん!」


 俺も慌ててクマサンの隣へ向かい、手近な棚の下段に手を伸ばす。クマサンが上の方から調べているようなので、被らないように下から順にあたっていけば無駄はない。

 ……けれど、どうにも集中できない。


 ――クマサンに、彼氏っているのか?


 つい、チラリとクマサンへ視線を向ける。けれど、見たところでそんなことわかるはずもない。

 俺とクマサンとの付き合いは長い。でも、実際に会うまではリアルの話はほとんどしてこなかった。それでも以前に、クマサンが女性だと知らずに、「彼女はいるの?」と聞いたことがある。あのときクマサンは「彼女はいない」と答えた。

 そのときは、「仲間だ」なんて思ったものだが、でもよく考えれば――「彼女」はいないってだけで、「彼氏」がいないとは言っていない。

 毎日のようにログインしているから、恋人なんていないと思い込んでいたけど、今はゲーム内で知り合って付き合い、ゲームの中でデートを重ねるカップルなんてのもいる。クマサンにそんな「誰か」がいても不思議じゃない。

 ……ああ、気になる。


「……クマサン」


 気になりすぎたのか、気づけば俺は名前を呼んでいた。


「ん? 見つかったのか?」


 毛むくじゃらの顔とつぶらな黒い目がこっちを向く。――この巨体の熊獣人の中身が、あんなに可愛い女の子だなんて、いまだに信じきれないときがある。


「……いや、なんでもない。ただの勘違いだ。気にしないでくれ」


 ――聞けない!

 女の子に気軽にそんなことを聞けるくらいなら、今、俺はここでこんなことをしていない気がする。

 そういえば、昔、クマサンが男だと思い込んでいた頃、うっかり下ネタを連発してしまったこともあったな……。

 ああ、なぜ今、それを思い出す……。あのときの自分を殴りたい……。


「ショウ、また手が止まっているぞ!」

「ご、ごめん!」


 ああ、もう! 余計なことを考えるな! 今は「幻の楽譜」に集中だ!

 俺は気合いを入れ直して、本棚の本へと再び手を伸ばした。



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