王都に到着した俺達は、さっそく吟遊詩人ギルドの扉を叩いた。
「すみません。俺達は『幻の楽譜』を探しているんですが、それについて何かご存じのかたを紹介していただけませんか? 曲名は『名もなき小夜曲』というらしいんですが」
ギルドの建物に入るなり、受付にいた若い女性に声をかける。
だが、返ってきた答えはつれないものだった。
「『幻の楽譜』……ですか? 申し訳ありません、聞いたことがありませんね」
「どなたか、詳しそうなかたはいらっしゃいませんか?」
なおも食い下がると、彼女は笑顔を崩さぬまま、事務的な口調で言った。
「皆さん今は立て込んでいまして……。もし機会があれば、後ほど聞いておきますね」
その対応は、まるでお役所仕事のように素っ気ない。ギルドは職業組合であり、音楽に関する依頼や活動の支援を行う場所。金にもならない私的な調査になど、本気で関わりたくない――そんな本音が透けて見えるようだった。
俺が吟遊詩人だったり、仲間にその職業のプレイヤーがいれば、また違った対応をしてくれたかもしれないが……。
「ショウ、紹介状だ、紹介状」
クマサンが後ろから俺の背中をつつきながら、助け舟を出してくれる。
「――あっ、そうだった!」
キャサリンが書いてくれた紹介状の存在を、肝心なところで思い出す。
王都に立つ前にもらったばかりだというのに、気が逸るあまり忘れてしまっていた。
俺は慌てて受付の彼女にトレードを申し込み、「キャサリンの紹介状」を手渡した。
「……紹介状ですか? ――ああ、ブリジット家のキャサリンさんのお知り合いでしたか!」
紹介状を目にした瞬間、彼女の態度が一変した。
「キャサリンさんといえば、音楽の名門・ブリジット家のご令嬢であり、将来を嘱望される逸材ですから。最初にそう言ってくださればよかったのに。少しお待ちください。今すぐギルドにいる人から話を聞いてきますので!」
そう言って、お姉さんはぱたぱたと奥へ駆けていった。
……な、なんだこの落差。やっぱり世の中、コネがものを言うのか?
ゲームの世界でさえ現実のような格差社会を感じさせるとは、なかなかシビアだ。
しばらくすると、彼女が戻ってきた。やや険しい表情だ。
「どうでした? 『幻の楽譜』について知っている人は――」
俺が言いかけたところで、彼女は静かに首を振った。
「その名を聞いたことがある、という方はいました。ただ……詳しいことはご存じないようで」
「……そうですか」
ある程度は覚悟していたが、やはり肩を落とさずにはいられない。
こうなると、次は図書館でまたあるかどうかもわからない資料を探すしかないのだろうか……。
「何しろ、『幻の楽譜』が贈られたのは、60年以上前のことらしいので、当時のことを知っている人もいなくて……」
お姉さんは、最初に話しかけたときとは打って変わって、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
――だが、その言葉は、俺達にとって貴重な収穫だった。
「ちょっと待ってください。『60年以上前』って、百年や二百年も前じゃなくて、60年か70年くらいの話ってことですよね?」
「はい。正確ではないですが、だいたいそれくらいの時期のようです」
――よし!
俺は心の中でガッツポーズを決める。
「幻の楽譜」が作られた年代という具体的な情報が、ようやく得られた。小さな一歩かもしれないが、これは確かな前進だ。過去に伝説の楽器を探すというクエストをやったことがあるが、そのときは数百年前の代物で、残されていたのは断片的な伝承ばかりだった。
だが今回は違う。60~70年前なら、実際に「幻の楽譜」を見たり聞いたりした人がまだ生きているかもしれない。
「伝説とか神話のレベルの話じゃなかったんだな。どうりで、図書館を探しても見つからないはずだ」
「いや、そのくらい前の話でも、本に記録されることはあるよ。問題は、年代よりも知名度かもしれないな」
図書館での徒労を納得しかけた俺を、メイが制した。
「どういうことだ?」
「メロディアでも王都でも、吟遊詩人が『幻の楽譜』について知らなさすぎる。音楽の専門家が知らないってことは、『幻の楽譜』ってやつはマイナーなアイテムってことだ」
「なるほど……。となると、年代がわかっても今後の情報収集は変わらず苦労するということか」
「それもあるけど……そんなマイナーなものをダミアンが探しているっていうのも不思議じゃないか?」
メイのその言葉に、俺は腕を組んで考え込む。
確かに、希少な名器や歴史的価値のある大曲ならともかく、「幻の楽譜」は知る人ぞ知るといったアイテムだ。市場的価値も低いだろう。彼がそんな曲に拘る理由はなんだ?
「……マイナーなものだから、私達が見つけられないと思ってのことでしょうか?」
ミコトさんがぽつりとつぶやいた。
その可能性もなくはない。だけど、俺が見る限り、ダミアンは見つかることを望んでいるように思えた。演技という可能性もあるが、優位な立場にある彼が、わざわざそういうことをする意味はないはずだ。
「キャサリンの件とは別に、ダミアンにはダミアンなりの狙いがあるのかもしれないな。……でも、それを考えてもしょうがない。あいつが何を企んでいようと、『幻の楽譜』を見つけさえすれば、俺達の勝ちだ。今はそっちに集中しよう」
「……そうですね」
ミコトさん達も、今回のクエストが単なるアイテム探しじゃない可能性を感じつつも、俺の言葉にうなずいてくれた。
もしかしたら、ダミアンの思惑を探るルートもあるのかもしれない。けれど、俺にとっての優先順位のトップは、キャサリンを救うことだ。このまま「幻の楽譜」探しを続けるという方針に変更はない。
「さて……これからの行動を決めないとな。次は王都の図書館で探すしかないと思っていたが、6~70年前の話なら、その時代を知っている人を探した方が早いかもしれない」
「……だが、王都で手あたり次第に聞き込みをするってのも、現実的じゃないぞ? この都市の人口は冗談抜きで多いし」
クマサンの指摘はもっともだった。膨大な蔵書からあるかどうかわからない資料を探すのも大変だが、街中を歩き回って、知っているかもしれない人を探すのも、同じく骨が折れる作業だ。どちらにしても簡単ではない。
それに、誰彼かまわず話しかけて、親切に応えてもらえるとも限らない。これまでの王都のクエストで関わったNPCなら、友好度も上がっていてちゃんと対応してくれるだろうが……。
その中に音楽に精通してそうな人物がいたか、記憶を探ってみたが――残念ながら思いつかなかった。
「みんな、この王都で『幻の楽譜』について何か知ってそうな人、心当たりある?」
俺はわずかな希望を込めて周囲を見渡す。しかし、クマサン、ミコトさん、メイ……三人とも首をひねるばかりだった。
――やっぱり、そう簡単にはいかないか。
図書館なら、探す範囲は建物の中に限られている。効率はそこそこ良いが、肝心の資料があるかは別の話。メロディアのときのように、徒労に終わるリスクも高い。
一方、聞き込みは成功すれば大きいが、街中を奔走し、場合によっては王都以外の街にまで足を伸ばすことになるかもしれない。
どちらを選ぶか――これはリーダーである俺が決めるべきことだ。もちろん、二手に分かれて動くという選択肢もあるが、その場合、それぞれの作業量は半分になってしまう。
「みんな、次の行動なんだけど――」
俺が意を決して言葉を発しようとしたそのときだった。
「あのっ! もしかしたら、バーバラさんなら、何かご存じかもしれません」
思いがけず、受付のお姉さんが声を上げた。
「バーバラさん?」
「はい。もう80歳近いお年で、現役を退かれてはいますが、若いころから吟遊詩人として活躍されていました。当時のことをご存じの可能性は高いと思います」
……そういう有力な人物がいるなら、早く教えてほしかったんだが。
内心でツッコミを入れつつ、俺は急いでお姉さんにバーバラさんの居場所を尋ねた。
どうやら、王都の郊外にある古い音楽院の近くに住んでいるらしい。
「ありがとう。本当に助かった!」
――ようやく、光が差した。
俺達はさっそく、バーバラと呼ばれる元吟遊詩人のもとへ向かうことにした。