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第219話 配役

 イザークは、俺達に試すような視線を向けてきた。

 足りない役者は四人。俺達のパーティも四人。

 一瞬、「もし俺達のパーティ人数が四人じゃなかったらどうなっていたんだろう」と思ったが、すぐに順序が逆だと気づく。

 俺達が四人だから、足りない役者も四人なんだ。これが一人プレイなら一人、六人パーティなら六人と、不足人数はきっとプレイヤーに合わせて変動する仕組みなのだろう。

 まあ、細かい設定はともかく、結局のところ、俺達全員がステージに上がる必要があるらしい。

 ……ただ、舞台で演技ができるかどうか以前に、まずセリフが覚えられるのかが不安だった。

 いきなり覚えろと言われたって、そんな簡単な話じゃない。

 俺の戸惑いを察したわけではないだろうが、タイミングを図ったように、目の前にシステムメッセージが現れた。


【この依頼を受けた場合、セリフやステージ上での動きはシステムメッセージによりサポートされます】


 ……なるほど。

 さすがに台本を暗記しろなんて無茶を強いるつもりはなかったらしい。

 セリフも立ち回りも、リアルタイムで表示された指示に従えばいい――そういう仕様なら、ずいぶん気が楽だ。

 ただし、「この依頼を受けた場合」と条件付きで表示されたということは、別ルートも用意されている可能性がある。

 ほかの依頼をされる展開があるのか、それともイザークから下書きを得る以外の手段があるのか、そこまではわからないが。


「……みんな、どうする?」


 俺は仲間達に視線を向けた。

 パーティリーダーとはいえ、みんなの意向を無視して決めるわけにはいかない。

 最終判断をするのは俺だとしても、仲間の意見は聞いておくべきだ。


「……楽譜のためだ。仕方ない」

「お芝居とかちょっと恥ずかしいですけど、私も構いません」

「私も脇役くらいなら、まあやってもいいぞ」


 三人とも、言葉こそ控えめだが、顔つきは前向きだった。

 内心、むしろちょっと楽しみにしているようにも見える。

 ロールプレイとは、文字通り役を演じること。RPG好きってのは、案外こういう「なりきり」に惹かれる人種なのかもしれない。

 かくいう俺も、実は嫌いじゃないし、密かに自信もある。……まあ、学生時代に劇でメインの役なんか任されたことはなかったけど。容姿って、やっぱり重要だよな……。

 苦い記憶を振り払い、俺は再びイザークをまっすぐに見つめた。


「わかりました。俺達がその四人に代わって、ステージに立ちます。……その代わり、楽譜の下書きの件、忘れないでくださいよ」

「ああ、男に二言はない。……ただし、見苦しい舞台を見せたら、その話はなかったことにさせてもらうぞ」

「……ええ、構いません」


 俺は静かにうなずいた。

 プレッシャーはかかるが、こっちにはクマサンがいる。

 元声優で、Vチューバーとしての演技力も間近で見てきた。彼女は本物だ。

 クマサンに出番の多いキャラを任せ、残りの俺達がそれなりに脇を固めれば、少なくとも舞台を台無しにするようなことにはならないはずだ。

 ……って、そもそもどんな内容の劇なんだ? よく考えたら、肝心なそこを、まだ聞いていなかった。


「それで、今晩の舞台は、どんなお話なんですか? 素敵なラブストーリーだったりします?」


 俺が尋ねるより先に、ミコトさんが身を乗り出していた。

 なるほど、ミコトさんはそういうお話が好きなのか。


「そういえば、まだ話してなかったな。今晩の演目は――」


 イザークが語り始めたのは、二人の騎士を描いた物語だった。

 同期の二人は、親友同士。

 一人は誰もが認める優秀な騎士で、まさに主人公と呼ぶにふさわしい存在。

 もう一人は、失敗ばかりの落ちこぼれ騎士。

 ある日、落ちこぼれ騎士が大きな失敗を犯し、騎士の資格を剥奪されてしまう。

 失意と屈辱のなかで、彼は悪魔の囁きに耳を傾け、禁断の魔剣に手を出してしまう。

 彼は、自分を追放した王国に復讐を誓い、やがて憎しみに染まっていく。

 そして――愛する恋人の命すら生贄にして、魔剣の力を解放。

 王を討ち、国の乗っ取り寸前まで迫るものの、その復讐劇は親友である主人公騎士の手によって終止符を打たれ、落ちこぼれ騎士はその命を散らす。

 残された主人公は、国の新たな王として王座に就き、物語は幕を閉じる――そんな内容だった。

 ……どうにも他人と思えず、落ちこぼれ騎士の姿に、俺は妙に感情移入してしまいそうになる。


「……それで、来られない四人の役者って、何の役なんだ?」


 イザークの説明が終わると同時に、クマサンが核心を突いた。

 さすがは元声優、やはり役の内容が気になるらしい。


「落ちこぼれ騎士、その恋人、主人公騎士の家の仕える侍女、そして門番の男。この四人だ。出番の多い順に並べた。誰がどの役をやるかは、そっちで決めてくれて構わない」


 イザークの言葉に俺達は顔を見合わせる。

 あらすじを聞く限り、落ちこぼれ騎士の出番が圧倒的に多いのは明らかだ。

 正直、クマサンにはヒロイン的な役を演じてもらいたかった。けど、この『アナザーワールド』では、クマサンのアバターは男性キャラだ。さすがに女役は無理だった。

 だが今回は、むしろそれが好都合だった。一番大事な役を任せられる。


「じゃあ、落ちこぼれ騎士はクマサンで決まりだな」


 そうなれば、俺は自動的に残った男役である門番ということになる。

 一番出番が少ないというのは、ちょっと物足りない気もするが、まあ適役だろう。

 そう納得しかけたそのときだった。


「いや、獣人が騎士では世界観が崩れる。騎士役は人間でないとダメだ。門番なら獣人でも構わないから、獣人の彼は門番だな」


 イザークが当然のようにそんなことを言い放った。

 ちょ、ちょっと待ってくれ。それってつまり――


「――ということは、落ちこぼれ騎士は、ショウってことになるな」


 クマサンの言葉で、みんなの視線が一斉に俺へと集まる。

 ……マジかよ、まさか俺がそんな重要な役をやるのか?

 多少自信はあるって言ったけど、こんな準主役級をやるほどの自信はないんだけど……。


「男役二人はそれで決まりだな。あとは、女役だが――」


 イザークがミコトさんとメイを交互に見つめる。

 どうやら俺が何を言おうが、もう落ちこぼれ騎士の配役は覆らないらしい。

 ――こうなったら、俺も覚悟を決めるしかない。

 ただ、そうなると、残りの役が気になる。なにしろ、一人は俺の……その……恋人役だ。

 俺はチラリと横目でミコトさん、メイの顔を見やった。


「……メイさん、どうしますか?」

「……ミコトはどっちがいいんだよ」

「私は……その……メイさんの方こそ」

「私は別に……」


 なんだか二人とも妙に歯切れが悪い。

 らしくなく急に消極的になってるし……実際に役決めになって臆してるのか?

 チラチラと俺の方を見ているけど……まさか、俺の恋人役をやるのがイヤってことはないよな?

 そうだったら、マジで泣くぞ……。


「女の子二人とも、自分じゃ決められないみたいじゃないか。片方は騎士の恋人役なんだから、この際、あんたがそれぞれの役を決めてやったらどうだ?」


 イザークが俺を見つめて、またもとんでもないことを言い出した。

 その言い方だと、「自分の恋人役として好きな方を選べ」みたいに聞こえるじゃないか。

 そんな事態になる前に、自分達で決めてほしいと、ミコトさんとメイのほうに顔を向けるが――


「……そうですね。ショウさんが決めてくださいよ」

「私もそれで構わない」


 ……うそだろ。二人とも、こっちに判断を丸投げしてきた。

 俺は軽くため息をつき、二人を改めてじっと見つめた。

 あくまで「役」とはいえ、二人のうちのどちらかが俺の「恋人」になるんだよな……。


 「じゃあ――」


 覚悟を決め、俺はゆっくりと口を開いた。

 俺が選んだのは――



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