激しい斬り合いの演技を終え、俺は肩で息をつきながら、地に伏す二人の騎士を見下ろした。
彼らは動かない。――もちろん、死体の演技だ。
「……自分を守るので精一杯だった。でも……殺してしまうなんて……」
俺のつぶやきに、どこからともなく例の声が響く。
『陰ながら俺もサポートしてやったおかげだぞ』
「――――!? 悪魔め、まさかこの騎士達に何かしたのか!?」
舞台の暗がりに紛れるように、悪魔の声の薄笑いを帯びて続ける。
『力を封じられたままの剣で、お前が騎士二人相手に勝てるわけないだろ。だから、ちょっと妨害してやっただけさ。それより――王家の宝に手を出し、騎士達を殺害――これでもう後に退けなくなったな』
「……貴様、最初からそれが狙いだったのか!?」
『違うな。俺はお前が力を手に入れるための手伝いをしているだけさ』
「適当なことばかり言いやがって……。だいたい、この剣を手にしても、何も変わっちゃいないぞ!」
『だから言ってるだろ、その剣には封印がかかってるって』
「じゃあどうすればいい!? どうすればその封印とやらを解ける!?」
俺の叫びに、悪魔はあっさりと答えを返す。
『簡単さ。――お前の最も大切なものを、その剣に捧げればいい』
「……大切なもの? 騎士としての名誉でも捧げろというのか?」
『おいおい、笑わせるなよ。もうお前は騎士じゃねぇんだ。名誉なんざとっくに地に落ちている』
「…………」
『お前にとって最も大切なもの――それは、あの女。メイリンだろ?』
「――――!? き、貴様、何を言っている!?」
『あの女を、その剣で刺し貫け。そうすれば剣の封印は解け、その力はすべてお前のものになる』
「ば、ばかなことを言うな! 今も俺を信じてくれているメイリンを、この手にかけるなんて……できるわけがないだろう!」
声を荒げる俺に、悪魔の声はなおも囁くように続ける。
『だがこのままじゃ、お前はお尋ね者。王家の宝の盗賊で、騎士殺しの裏切り者。そして、あの女も――お尋ね者の婚約者として、貴族社会から抹殺される』
「…………」
『だったらいっそ、お前の力の糧として殺してやったほうが、彼女のためだと思わないか?』
「ふざけるな! この悪魔め!」
『そうさ、俺は悪魔。――だが、俺は生み出したのはお前の心だ』
「違う! そんなわけがない! また俺を騙そうとしているんだろ!」
『さあ、どうなんだろうな? だが、真実がどうであれ、剣を手にし、騎士を斬ったお前に、ほかの道が残されていると思うか?』
俺は言葉を失い、再び足元に横たわる二人の騎士――その死体に視線を落とす。
舞台上に静寂が満ちる。
「……あ……あああああぁぁぁぁぁ!」
絶叫とともに、俺はその場に膝をつく。
その瞬間、照明が落ち、舞台は暗転。
会場に広がる重苦しい空気が、俺の胸にもずしりとのしかかる。
だが――まだ終わりではない。
次はメイとの対面シーン。ショーンとメイリンにとっては最も重要な場面だ。
照明の落ちた中、舞台袖から、ふわりと淡い青のドレスが現れる。メイリン役の彼女が、静かにステージ中央へと進み出る。俺との距離はわずか数メートル。
俺がゆっくりと立ち上がると、再び照明が灯る。
背景は、メイリンの屋敷。
その前で、俺は抜き身の剣をぶら下げ、彼女と対峙する。
「……すまない、メイリン。俺はもう悪魔に魂を売ったも同然だ。君を殺して、この聖剣――いや魔剣の力を解放する。そして王を殺して、この国を、俺の手で奪い取る。君は俺を恨んでくれて構わない。だから――俺のために死んでくれ」
セリフを口にするたび、喉が焼けつくようだった。緊張のせいか、本当にメイを手にかけようとする自分を想像してしまったせいか――それは俺にもよくわからない。
そして俺は、震える手で剣を構えた。
だが彼女は逃げない。
罵りもしない。
代わりに、静かに両手を広げ、俺を迎え入れるように立ち尽くしていた。
「……どういうつもりだ? なぜ逃げない? どうして俺を罵らない……?」
戸惑いの表情を浮かべながら言葉をぶつける俺に、メイはただ、優しく――あまりに優しく微笑んだ。
そのどこまでも澄んだ表情に、俺は演技であることを忘れかける。
「……ごめんね、ショーン。あなたがそこまで追い詰められてるって、気づいてあげられなくて。……いいよ、私の命であなたの望みが叶うのなら――私は構わないよ」
メイはゆっくりと目を閉じる。
そのまま、すべてを受け入れるように、両手を広げ続けていた。
美しかった。
その姿は、演技を超えて、俺の胸に迫るものがあった。
そう感じたのは俺だけではなかったようで、観客達の息を呑む音が俺にまで聞こえてくるほどだった。
「……必死に逃げてくれれば、俺も諦めたかもしれない。……俺を睨みつけて罵ってくれれば、躊躇いなく斬ることができたかもしれない。……なのに、メイリン、君は……!」
剣を持つ手が、ぶるぶると震える。
目の前に浮かぶメッセージには【剣を構えたまま葛藤する】としか書かれていない。
だが、これは俺の中から自然に湧き上がった震えだ。
もし本当に、メイリンを――いや、メイをこの手で……と想像しただけで、全身が拒絶した。
「……すまない。――愛している」
一気に駆け寄り、彼女の胸元へと剣を――突き出した。
もちろん、これは演技。剣は彼女の脇の下を通り抜け、刺したように見せかけているだけ。
――それなのに、胸の奥で焼けるような罪悪感が爆発した。
メイの手が、広げたまま俺の背に回され、静かに抱きしめられる。
――こんな演技指示はなかったはずだ。
彼女の温もりを感じた気がして、呼吸が止まりそうになる。
俺が自分への演技指示の通り、剣を引き抜くと、背中にあった温もりが消え、彼女の身体は力なく俺の足元に崩れ落ちた。
演技のはずなのに、胸の鼓動が本気で俺を責め立ててくる。
『どうだ、ショーン? 剣に、そしてお前の身体に、力がみなぎってきただろ? さあ、その力で――この国を壊してしまえ!』
悪魔の声が場内に響く。
だが、俺にはその声はほとんど届いてこない。
俺はただ――虚ろな目で天を仰ぎ、震える唇で声を絞り出す。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
決められたセリフ通りの叫び――だが、それが演技だったのか、俺の心から勝手に出てきた絶叫なのか、自分でもよくわからなかった。