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第224話 ショーンとメイリン

 激しい斬り合いの演技を終え、俺は肩で息をつきながら、地に伏す二人の騎士を見下ろした。

 彼らは動かない。――もちろん、死体の演技だ。


「……自分を守るので精一杯だった。でも……殺してしまうなんて……」


 俺のつぶやきに、どこからともなく例の声が響く。


『陰ながら俺もサポートしてやったおかげだぞ』

「――――!? 悪魔め、まさかこの騎士達に何かしたのか!?」


 舞台の暗がりに紛れるように、悪魔の声の薄笑いを帯びて続ける。


『力を封じられたままの剣で、お前が騎士二人相手に勝てるわけないだろ。だから、ちょっと妨害してやっただけさ。それより――王家の宝に手を出し、騎士達を殺害――これでもう後に退けなくなったな』

「……貴様、最初からそれが狙いだったのか!?」

『違うな。俺はお前が力を手に入れるための手伝いをしているだけさ』

「適当なことばかり言いやがって……。だいたい、この剣を手にしても、何も変わっちゃいないぞ!」

『だから言ってるだろ、その剣には封印がかかってるって』

「じゃあどうすればいい!? どうすればその封印とやらを解ける!?」


 俺の叫びに、悪魔はあっさりと答えを返す。


『簡単さ。――お前の最も大切なものを、その剣に捧げればいい』

「……大切なもの? 騎士としての名誉でも捧げろというのか?」

『おいおい、笑わせるなよ。もうお前は騎士じゃねぇんだ。名誉なんざとっくに地に落ちている』

「…………」

『お前にとって最も大切なもの――それは、あの女。メイリンだろ?』

「――――!? き、貴様、何を言っている!?」

『あの女を、その剣で刺し貫け。そうすれば剣の封印は解け、その力はすべてお前のものになる』

「ば、ばかなことを言うな! 今も俺を信じてくれているメイリンを、この手にかけるなんて……できるわけがないだろう!」


 声を荒げる俺に、悪魔の声はなおも囁くように続ける。


『だがこのままじゃ、お前はお尋ね者。王家の宝の盗賊で、騎士殺しの裏切り者。そして、あの女も――お尋ね者の婚約者として、貴族社会から抹殺される』

「…………」

『だったらいっそ、お前の力の糧として殺してやったほうが、彼女のためだと思わないか?』

「ふざけるな! この悪魔め!」

『そうさ、俺は悪魔。――だが、俺は生み出したのはお前の心だ』

「違う! そんなわけがない! また俺を騙そうとしているんだろ!」

『さあ、どうなんだろうな? だが、真実がどうであれ、剣を手にし、騎士を斬ったお前に、ほかの道が残されていると思うか?』


 俺は言葉を失い、再び足元に横たわる二人の騎士――その死体に視線を落とす。

 舞台上に静寂が満ちる。


「……あ……あああああぁぁぁぁぁ!」


 絶叫とともに、俺はその場に膝をつく。

 その瞬間、照明が落ち、舞台は暗転。

 会場に広がる重苦しい空気が、俺の胸にもずしりとのしかかる。


 だが――まだ終わりではない。

 次はメイとの対面シーン。ショーンとメイリンにとっては最も重要な場面だ。

 照明の落ちた中、舞台袖から、ふわりと淡い青のドレスが現れる。メイリン役の彼女が、静かにステージ中央へと進み出る。俺との距離はわずか数メートル。

 俺がゆっくりと立ち上がると、再び照明が灯る。

 背景は、メイリンの屋敷。

 その前で、俺は抜き身の剣をぶら下げ、彼女と対峙する。


「……すまない、メイリン。俺はもう悪魔に魂を売ったも同然だ。君を殺して、この聖剣――いや魔剣の力を解放する。そして王を殺して、この国を、俺の手で奪い取る。君は俺を恨んでくれて構わない。だから――俺のために死んでくれ」


 セリフを口にするたび、喉が焼けつくようだった。緊張のせいか、本当にメイを手にかけようとする自分を想像してしまったせいか――それは俺にもよくわからない。

 そして俺は、震える手で剣を構えた。

 だが彼女は逃げない。

 罵りもしない。

 代わりに、静かに両手を広げ、俺を迎え入れるように立ち尽くしていた。


「……どういうつもりだ? なぜ逃げない? どうして俺を罵らない……?」


 戸惑いの表情を浮かべながら言葉をぶつける俺に、メイはただ、優しく――あまりに優しく微笑んだ。

 そのどこまでも澄んだ表情に、俺は演技であることを忘れかける。


「……ごめんね、ショーン。あなたがそこまで追い詰められてるって、気づいてあげられなくて。……いいよ、私の命であなたの望みが叶うのなら――私は構わないよ」


 メイはゆっくりと目を閉じる。

 そのまま、すべてを受け入れるように、両手を広げ続けていた。

 美しかった。

 その姿は、演技を超えて、俺の胸に迫るものがあった。

 そう感じたのは俺だけではなかったようで、観客達の息を呑む音が俺にまで聞こえてくるほどだった。


「……必死に逃げてくれれば、俺も諦めたかもしれない。……俺を睨みつけて罵ってくれれば、躊躇いなく斬ることができたかもしれない。……なのに、メイリン、君は……!」


 剣を持つ手が、ぶるぶると震える。

 目の前に浮かぶメッセージには【剣を構えたまま葛藤する】としか書かれていない。

 だが、これは俺の中から自然に湧き上がった震えだ。

 もし本当に、メイリンを――いや、メイをこの手で……と想像しただけで、全身が拒絶した。


「……すまない。――愛している」


 一気に駆け寄り、彼女の胸元へと剣を――突き出した。

 もちろん、これは演技。剣は彼女の脇の下を通り抜け、刺したように見せかけているだけ。

 ――それなのに、胸の奥で焼けるような罪悪感が爆発した。


 メイの手が、広げたまま俺の背に回され、静かに抱きしめられる。

 ――こんな演技指示はなかったはずだ。

 彼女の温もりを感じた気がして、呼吸が止まりそうになる。

 俺が自分への演技指示の通り、剣を引き抜くと、背中にあった温もりが消え、彼女の身体は力なく俺の足元に崩れ落ちた。

 演技のはずなのに、胸の鼓動が本気で俺を責め立ててくる。


『どうだ、ショーン? 剣に、そしてお前の身体に、力がみなぎってきただろ? さあ、その力で――この国を壊してしまえ!』


 悪魔の声が場内に響く。

 だが、俺にはその声はほとんど届いてこない。

 俺はただ――虚ろな目で天を仰ぎ、震える唇で声を絞り出す。


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 決められたセリフ通りの叫び――だが、それが演技だったのか、俺の心から勝手に出てきた絶叫なのか、自分でもよくわからなかった。



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