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第十五話 仕事だからね。

 安全ではない生き方をしていることは知っていた。

 危ないことをしていることもなんとなく知っていた。


 でも心配はしてこなかった。

 ハルちゃんは無敵で最強だから。


 だから覚悟もできてなかった。

 こういうことも起こり得るということを、考えなかった。


 いや、違う。

 考えなかったわけじゃない、そんなわけがない。


 私は考えないようにしていた。

 ハルちゃんなら大丈夫だと、心配しないようにしていたんだ。


 私がハルちゃんが家を出るのを止めていたら、無理にでも止めていたら………………。


「……いや、無理か…………」


 私は自分の思考を、ぐずぐずな涙声で否定する。


 ハルちゃんは遅かれ早かれこうなった。

 これが必然、ハルちゃんはハルちゃんとしか生きられない。


 ハルちゃんが自身を駆け抜けた結果だ。


 寂しすぎるし悲しすぎる、でも、きっと悲しみすぎるのはハルちゃんの人生に失礼なことなんだ。


 私の妹は、多分いくらか世界を動かした。

 具体的に何をしたのかわからないけど、きっとそうだ。


 だから――――。


「…………いや……っ、……」


 私は耐えきれずに声を漏らして、泣きじゃくる。


 ごめん今だけは、悲しませて。


 私はひとしきり、一人の仕事部屋で泣き続けて。

 そのまま床に張り付くように、疲れて眠った。


 途中で高崎が私が床に張り付いているのに気づいて、起こされて。


 事情を説明しようとしてまた泣いた。

 高崎は驚きながらも、泣きじゃくる私に何も聞かずにとにかく寄り添った。


 そして、涙も尽きて私は高崎にハルちゃんの訃報ふほうを伝えて保存した動画を見せた。


 高崎は静かに二分半程度の動画を静かに見届けて。

 そのまま私の手を握った。


 何も言わず、ただ悲しい時間を共有した。


 数日後、私たちは渋谷を家に呼び出して動画を見せた。


 号泣に絶叫。

 椅子を壊されて棚のガラス窓を割られた。


「……っ、なんか……! なんか出来ることないのかよ‼ ハルちゃんに……私たちがっ‼」


 机を強く叩いて、ヒステリックに泣き叫ぶように渋谷は言う。


「……渋谷、気持ちはわかるが…………ないよ。強いて言うんならちゃんとハルちゃんのことを覚えておくことだ」


 辛そうに高崎は渋谷へと落ち着いて返す。


 渋谷の気持ちはわかるし、高崎の言っていることも正論であり正答だ。


「………………葬式……いや……っ、ハルちゃんはもうずっと前に死んだことになってて、死体もないのか…………。じゃあだ! 墓! 墓立てるぞ! ドッヂボール漫画みてえに馬鹿でかい墓!」


 渋谷は取り乱しながらも、素で馬鹿なことを言ってのける。


「おまえ、そんなデカい墓を置ける寺がねーだろ……でも確かにお墓はあっていいかもな」


 馬鹿話に呆れつつ高崎が一定の肯定を示したところで。


「あ……、もうあるよ。、確か茨城県の……どっかにメモあったと思うけど二十年近く前だから」


 私は完全に忘れていたことを思い出す。


 最初のノンプリを作ってた時にそんな話をしていた気がする。

 今の今まですっかり忘れていたけど、確か一応ハルちゃんから場所だけ教えて貰ってたはずだ。


「行こう。せめて花でも手向たむけてやらねえと私は気がすまねえんだよ」


 渋谷は真摯に、私に向けて言う。


「そうだな。行こう」


 高崎も同じく、そう言って。


「うん、私も行きたい」


 私も強くうなずいて、そう言った。


 その後。

 私たちは夏海を連れて、なんとか発見したメモを頼りに常磐道を通ってハルちゃんのお墓参りへと向かった。


 二時間くらい車に乗って着いた墓地の片隅の収まりの良いところに、背の低いコンパクトなお墓があった。


 墓石には漢字一文字が入ってるタイプで『接』と彫られていて、少し面白かった。


 何故かよく手入れがされていた、もしかすると近くにハルちゃんとなんかしらの関係がある人がいるのかもしれないと思った。


 私たちは墓前に花を添えて、手を合わし。


 心の中で、ハルちゃんが居ない事実を受け入れることにつとめた。


 そこから。


 ノンプリ:NovaⅡもそこそこヒットして、私は相変わらず外伝ノベライズ版を執筆して。

 夏海は中学三年になり、行きたい高校も決めてめっきり受験勉強にいそしんでいる頃。


「セッちゃん、まだ確定じゃないしぶっちゃけ先にやりたい企画あるからまだ未定で未確定なあれなんだけど」


 仕事部屋で原稿を推敲すいこうしているところに、高崎はココアを入れて持ってきたタイミングでそう切り出して。


……、書いてくれる?」


 私に、そう切り出した。


 私はちょっと考えて、少しため息をついて。


「そりゃあ、仕事だからね」


 笑みを隠しきれず、そう答えた。


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