5月4日、私は耳を疑った。テレビの報道で緊急事態宣言についてのニュースを聞いたのだ。本来なら6日に解除されるはずだった緊急事態宣言が月末まで延長されるという。未知のウイルスに対してしっかり対応するためとは理解しているつもりだが、食べていくための仕事も大切だ。
この日の朝、私と美津子はリビングでいつものようにワイドショーを見ていた。数日前から宣言についての報道をやっていたが、その時点では検討中ということで、明確な決定ではない。だから、解除されることも含めて期待していたのだが、ここ数日の数字はGW期間中のものであり、どうしても低い傾向がある。それでも3日の数字は145名だ。初めてのことであり、この数字をどう判断するかは専門家ではない私には分からない。
最近、夜の営業が短くなっているため、家にいる時間が増えている。でも、ランチタイムの準備があるため、家を出る時間は早い。ただ、テレワークが増えているため、せっかく準備していても来店は少ない。少しでも売り上げを上げようと思ってスタートしたのだが、結果的に手間だけが増え、採算がとれない日もある。
そのため、1号店も2号店も私と美津子、そしてチーフだけでランチを回し、夜の部にアルバイトを1人増やすといった状態が続いている。せっかく雇用を守るためにランチ企画を考え、スタートしたばかりなのに、といった思いだけが私たちの胸に去来する。
そういうことも関係するのだろうか、この朝のひとときは2人でお茶、あるいはコーヒーを飲みながら、何となくといった感じの時間を過ごしている。解除の時を待ち、その後のことを期待しながら気持ちを持続してきたつもりだ。
その中での宣言延長の話は私たちの心に重くのしかかった。2人とも飲み物を力なくテーブルに置き、お互いに目を合わせた。
「最近のニュースで見ていた数字、なかなか減っていないから仕方ないのかな」
私は張りのない声で美津子に言った。
美津子も力なく頷いている。
これは私たちの店だけでなく、他も同じだから仕方ない、という思いはあるのだが、現実を考えると気持ちは重くなる。
「結局、4月はどうだった?」
「分かっていると思うけれど、家賃や材料費、人件費を払ったら私たちの給料はないわ。経費を払えるくらいにはなったけど、これが続けばやっていけない。早くコロナが終息し、いつもの日常が戻ることを祈るしかないわね。ある程度落ち着いたら、またみんなと話すことも必要かもしれないかな」
具体的な数字は聞かなかったが、美津子の口調から厳しさは伝わってきた。
もっとも、国や自治体にしても、感染防止に協力したところに対しては補償が出るということになっている。私たちもそれを効果的に活用できればとは思っているが、実際にどれくらい、そしていつ支払われるのかは不明だ。おそらくたくさんの申請があると思われるが、時間を要することは分かっている。額面として協力金という名分けで東京の場合は50万円、2店舗以上の場合は100万円になっている。額面については最高でということになっているので、私たちの場合がどれくらいになるのかは未定だ。4月22日から受付になっているため、早々に申請したいと思っているが書類が多く、会社でお世話になっている税理士の先生に相談しながら対応しているが、遅々として進まないのが現状である。
同じような思いでこの期間を過ごしている人が多いと思うが、仕事には継続性が必要であり、1回の協力金だけで乗り切れるかどうかは分からない。幸いこれまでの貯えからもう少しは頑張れるが、その資金を使ってしまえば3号店のオープンに支障が出る。悩ましいところだが、今はお店をきちんと続けていくことが大切であり、この気持ちだけが今の私たちの支えになっている。