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第五六話 毒蛇再び

「で……特別対戦カードってなんですか?」


「スポンサーの意向らしいよ、君の戦いが認められたってことかな」

 あの激戦から一週間ほど……ようやく病室での生活が終わり、私シルバーライトニングは久しぶりにヒーロー事務所である「クラブ・エスパーダ」へと出勤した。

 いつものクソ地味スタイルで事務所へとやってきた私は、少し早めに事務所へとやってきていたヘラクレスことイチローさんの少し困ったような表情に出迎えられた私は、彼から「特別対戦カード」なる謎の新システムについての話を聞くこととなった。

 予選トーナメント……あの時決勝を戦っていた私とヒプノダンサーの前に超級ヴィランである「オグル」が現れ、対戦者であったヒプノダンサーはあっさりと殺されてしまった。

 あのまま戦いを続けていたとしても私は彼に勝利しただろうとは思うけど、本音を言うのであればあのような終わりを強制されたことで、多少なりともフラストレーションを感じてはいる。

「スポンサー……ああ、ウォー・ゾーン社ですか?」


「そうそう……トーナメント全ての放送システムはあの会社が手掛けていたからね」

 ウォー・ゾーン社は、現社長である「岡村・アイル・かりん」と言う女性によって起業された新進気鋭のアイティーベンチャー企業である。

 たった数年で日本の証券取引所へと上場し、莫大な資金を手に入れ今なお日本の成長企業ランキングでトップをひた走る会社というのは私でも知っている。

 人工知能を活用したサーバーシステムや、業務用プログラム、そして独自のアルゴリズムを採用した管理システムなどを作ることに長けており、先日のヒーロートーナメントに使われていた放送システムは全てこの会社が管理、運営していたらしい。

 岡村社長はメディアにもよく登場しており私もメディアインタビューを見たことがあるけど、「できる女」って感じの印象だった記憶がある。

 でも……言葉を選ばずにいうのであれば、なんていうか岡村社長の瞳は不気味で、ちょっと違う世界の人間ではないのか? と思わせる光を感じる……流石にそんなことを言うと怒られそうなので人には言えないのだけど。

「で……なんでスポンサー様がそんなことを?」


「各地で行われた予選トーナメントの中から特に注目の選手を集めて、競わせて視聴率が取りたい……とんなところじゃないかな、特に君が出ていた会場はトラブルで大変だったみたいだし……」

 他の会場では結構普通に対戦がつつがなく行われ、特に揉め事もなく終了したのに対し、私が参加したS県の予選トーナメントのみが流血の大惨事になったり、ヴィランの介入などで混乱の中途中で終了してしまっている。

 それに対して一部の視聴者からかなりのクレームが寄せられた……というのは聞いているけど、それでも不測の事態だから仕方ないじゃないか、とは個人的には思う。

 ヴィラン……特に超級ヴィランであるオグルなんて怪物が来ちゃったんだから仕方ないじゃん! とは思うのだ。

 あのまま戦っていたとして、私は彼に勝てただろうか? それは少しだけ残念な気分と、あれだけの強者と渡り合えた自分の成長に内心驚いたりもしている。

「……ま、次は負けねーってやつか……」


「……オグルと戦って無事だったのは本当に良かったよ」


「それそうと……イチローさん結局病室に一度もきませんでしたよね?」


「う゛……!? そ、それは後始末で忙しくて……」

 イチローさんの表情が露骨に歪む……所長も、岩瀬さんも、なんならスパークも病室に来たにもかかわらず、イチローさんは薄情にも一度も病室へと足を運ばなかった。

 まあ、忙しいのはわかっているけど少なくとも同じ事務所所属のヒーローなんだし、上司、訓練担当となっているんだから少しは気遣って欲しいところだったのだ。

 別に私の恋人でもなんでもないから、そうして欲しいなんて言葉に出しては言わないけど……せめてなんらかの言葉くらいはあの場所で欲しかったんだけどな。

 私の非難するような視線を受けたイチローさんは、露骨に動揺したのか少しギクシャクとした動きのまま、懐からタブレットを取り出すと、作り笑いを浮かべて画面を見せてきた。

「体も治ったようだし、任務を受けないか?」


「……へー……仕事あるんすか?」


「そうそう……僕と一緒に、君の成長具合を見たい」

 イチローさんが気遣いできないちょっとダメなところがあるのは知ってる、そもそも女性の一人暮らししている部屋に朝っぱらから「訓練するぞ」とか言って乱入してくるくらいはイケてない人だけどさ。

 ちょっとでもこの人カッコイイなあとか思っちゃった過去の自分に少しだけ腹がたつ……いやイケメンなのは変わらないし、訓練の結果私は強くなったので彼の教え方もちゃんとしていたとは思う。

 そう言った意味では感謝しているけど……もう一歩踏み込んで欲しいな、とは少しだけ思うんだよね……病室でスパークとも話したけど彼女もイチローさんが妙に余所余所しいって文句言ってたしな。

 不器用すぎませんかね、この誤魔化しかたは……とそう考えながらじっと彼の顔を見つめていると、その視線に動揺したのかイチローさんは露骨に目を逸らした。

「……わかりましたよ、行きます」


「あ、そ……そっか、なら良かった」


「何が良かったんです?」


「そりゃ君がヒーロー活動をしてくれるのがね」


「別にやめる気ないっすよ? 確かに痛い思いをしたし、辛いこともあるけど……私、ちゃんとヒーローとして活動したいので」


「そっか……良かった」

 イチローさんはかなりホッとした顔で微笑むと、嬉しそうな顔で何度か頷く。

 まあ、一緒に行きたいって言うならそれはそれでいいか……私もイチローさんに色々まだ教えて欲しいことはたくさんあるし、こんな状況で来ている任務がどんなものか気になる。

 私はイチローさんからタブレットをひったくると、その画面へと目を通す……なになに、ヴィラン専用の刑務所からヴィランが逃走?!

 大事件じゃないか……と私がイチローさんの顔を見ると、彼は先ほどまでの表情を打って変わって真剣な眼差しで私を見て頷いた。

「……君にも縁のあるヴィランだよ、パフアダー……毒物のスペシャリストがどう言うわけか刑務所を脱出して潜伏したんだ」


「パフアダー……私が逃してしまったやつですかね」


「ああ……あの後スパークが捕らえたんだけど、内通者がいたみたいでね」

 パフアダー……犠牲者の体に強力な毒物を注入するっていうかなり趣味の悪い悪事を働いていたヴィランの一人だ。

 自らの体内で生成した毒物を特殊な注射器付きグローブで相手に注入するのだ……ちなみに生成する毒物は自らの血液を変化させて作るらしい。

 よく考えるとパフアダーの毒を喰らっていたら私も危なかったわけで……恐ろしい任務であったにもかかわらず、当時の私はその危険性をわかっていなかった。

 捕まった後正確なスキルの測定が行われて彼は私が任務を受けた時には三級ヴィランだったはずが、今は一級ヴィランとして認定され、危険度が跳ね上がっており、名実ともに超危険人物へと昇格している。

 それが逃げて社会に潜伏しているとなると……とてつもなくヤバい事態なのではないだろうか? 私の表情から危機感を感じ取ったのか、イチローさんは頷くと私に向かってそっと手を差し出す。


「……一度対峙している君だからこそ、任務で再び彼を圧倒して捕まえ、そしてその時の汚名をそそぐチャンスなんだと思う……ぜひ手伝ってくれシルバーライトニング」

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