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第五七話 忠誠心とカリスマ

 ——都内のとある廃ビル……その中に一人の男が部屋の中でじっと身を潜めていた。


「くそっ……あのクソアマ……俺の顔を焼きやがって……」

 緑色に染め上げられた髪は半分ほどが黒く焦げたあとが生々しい印象を与える姿に、そして半身は治療されているのだが、皮膚が引き攣ったように醜く爛れており時折痛みを堪えるように歯をギリギリと鳴らし、時折震える手は彼がなんらかの薬物で興奮状態にあることを示していた。

 奇妙なことに、酷く傷ついているはずの男が纏う衣服は真新しいもので、漆黒の衣装の中に蛇の鱗をイメージさせるような模様が刻まれた特殊なものだった。

 男の名前はパフアダー……三級ヴィランとしてヒーロー協会から手配された過去をもつ裏社会の住人にして、シルバーライトニングを見事に手玉に取った男である。

 捕縛後にその能力の高さが協会に知られることとなり、一級ヴィランとして登録され危険すぎる故に厳重に刑務所の独房に閉じ込められていた。

 だが……シルバーライトニングを翻弄したはずの彼だが、その後に差し向けられたヒーロー「スパーク」の圧倒的な戦闘能力の前になす術もなく敗退し、囚われの身となっていたはずだった。

「くそッ……いてえよ……あのアマ絶対に許さねえ……」


「ずいぶん酷くやられたな、だがその怒りはお前の力となるだろう」


「……アンタか……」

 パフアダーの血走った瞳が見つめるその先には酷く暗い闇が広がっていたが……その中にぼんやりとした赤い光が二つ灯る。

 ゆっくりと姿を見せたのは、鳥を模した仮面をつけ黒ずくめの衣服に身を包んだ不気味な雰囲気を醸し出す人物……そして先日S県の予選トーナメント会場へと姿を現したヴィランの王「ネゲイション」その人だった。

 ゆっくりと暗闇の中から姿を現したネゲイションは、小さなパイプ椅子を手に取るとパフアダーから少し距離の離れた場所に置いて腰掛ける。

 パフアダーからすると一息に飛びかかり首をへし折れるはずの位置ではあるが、ネゲイションが醸し出す雰囲気に本能的な恐怖を感じ、じっと息を潜めるように彼を見つめていた。

 その瞳には多少なりとも恐れや、恐怖が混じっていただろうか? ネゲイションは少しの間黙ったままだったが、急に引き攣るような笑い声を上げた。

「クハハ……よろしい合格だ、君が単なる暴力を愛するものであったなら、この位置にいた人間を殺しにかかっただろう、だが君はそうしなかった」


「……アンタ何者なんだ、俺をあの場所から出しただけでなく、何をさせようとしている?」

 パフアダーは震える手を押さえながらネゲイションへと尋ねるが、その震えはすでに痛みを堪えるための薬物によるものではなく、恐怖も入り混じったものになっている。

 ヴィランとして活動してきた彼は、どちらかというと独立した一匹狼的なスタイルを貫いてきている……裏社会の猛者たちと交渉と対立を繰り返しながら、今まで生き抜いてきた自負と勘の良さのようなものが備わっており、その勘が目の前の「ヴィランの王」と名乗る人物には逆らうなと告げてきているのだ。

 ネゲイションは独房の中で腐っていた彼の前にいきなり現れた……前触れもなく、看守すら彼の存在に気がつかないかのように振る舞っていた。

 最初は看守を買収したのかと勘繰ったが、そうではなく恐ろしいことに看守はネゲイションの存在そのものを全くのだ。

「もう一度自己紹介をしようと思う……私はネゲイション、日本には数ヶ月前にやってきている」


「そりゃどうも、俺の名前は……わかっているよな?」


「ああ……名前のモチーフとなった毒蛇だが、私は好きだよ? あれほど美しく残虐な狩人はそう見ないからね」

 パフアダーというヴィランネームは彼のスキルに起因しており、体内で血液を変換して毒を生成しそれを体外へと抽出すると言う特性を持っている。

 その副作用とも言うべきだが、彼は体外から摂取した毒物の影響を受けることはなく、さらにその摂取した毒物を生成できるのだ。

 元々彼が好んで使用していた特殊な注射器付きのグローブは、抽出した毒物を効率よく蓄積できるという効率の面から使用していたものであり、一日に抽出できる毒は血液を変換する以上命に関わる大量生産は難しく、数週間から数ヶ月にわたってじっくりと貯めていく必要があった。

 今の彼は特殊グローブを失っていたため、毒物を抽出できない……そのため戦闘能力は皆無に近かった。

「……それで? 俺に何をさせようと言うんだ?」


「ヒーローへと復讐したいと思わないか?」


「……したいがどうすればいい? 俺のスキルは毒物の抽出だ……特注のグローブはスパークとかいうクソアマに燃やされてしまった」

 女性ヒーロー「スパーク」の顔は忌々しいほどにはっきりと思い出せる……その女は突然現れると、それまでのヒーローとは違い、パフアダーには手出しのできない恐るべき相手だった。

 炎を自在に操り、炎を使った華麗な攻撃に思わず見惚れるほどスキルを使いこなしていたと思う……そしてヴィランに対する態度も無慈悲に近く、殺されはしなかったものの容赦無く顔を焼かれた。

 痛みと恐怖で悲鳴を上げたパフアダーへと容赦無く拳を叩き込んだスパークは一言だけ『今まで貴方に傷付けられた人の痛みを知りなさい』と告げた。

 痛みを知れ? 何を言っているのだあのヒーローは……安っぽい正義感を振りかざして何を、と思ったが反撃を許すことなく、スパークはパフアダーを無力化してのけた。

「君には新しい武器を用意したよ、パフアダー……気に入ってもらえると嬉しい」


「こいつは……」

 ネゲイションはどこからともなく失ったはずの特殊グローブを取り出し、彼の前へと放る……床へと落ちたそのグローブを見て、パフアダーは前のものと違うと直感的に気がついた。

 以前のグローブは彼が手作りしたもので様々な部品を組み合わせて作った一品ものだった……それ故に細部の作りは荒く、使い続けていく中で何度も補修を繰り返していた。

 そう言った補修跡が全くない……さらに細かい部分の作りは非常に効率化されており、再設計したとしか思えないほどの精度で組み上げられた逸品と呼んでも良いものだった。

 だがパフアダーは、失ったはずの武器が再び目の前に現れたことで、歓喜に湧き、その違和感を忘れ去る……自らが活動するためにはどうしても必要な部品とも呼んでも差し支えないものなのだ。

「……ずいぶんと馴染む……どうやって作ったんだ?」


「私達に資金提供をしてくれる優しい人がいてね、その人の伝手を使うとこうなるんだ……装着した感じはどうかな?」


「……完璧だ、俺が以前使っていたものはこれに比べたらゴミのようなものだ」

 ネゲイションはその答えを聞くと引き攣るような笑い声を漏らし、細かく肩を揺らす……ひどく不気味だ、だが目の前にいる男はパフアダーを牢屋から最も簡単に救い出し、そして彼のスキルを使うための道具すら与えてくれた。

 初めての感覚……パフアダーは自然に目の前に座る仮面の男へと跪き、首を垂れる……そしてそれは過去一匹狼のヴィランとして活動していた彼にとって、初めての行動であった。

 彼にとって人生で秘めての忠誠を尽くす価値のある人間……ヴィランの王に相応しいカリスマを持つ男、それが目の前に座るネゲイションなのだと理解した。

 パフアダーは首を垂れたままネゲイションへと問いかける、それは孤独な野良犬が凶暴かつ忠実な狩猟犬へと変化した証なのかも知れない。


「……ネゲイション、俺はアンタを信頼する……何をすればいい? 何を求める? 命令をくれ」

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