「……さて、今日はこの商店街をパトロールするよ」
「懐かしい……私ここ子供のころよく歩いたんですよ……」
私とイチローさんはヒーロー協会から受託した任務として、二人で「クラブ・エスパーダ」が管轄する区の商店街を回っていた。
まずこういう任務になったのは、パフアダーの脱走から行き先がまるで判明していないものの、少ない目撃情報からこの区のどこかに潜伏しているであろう、という結論が出ていたこと。
また、「クラブ・エスパーダ」の本来の活動が最近エスパーダ所長一人にのしかかっていたこともあって、さすがにどうにかしなきゃいけないという話になったのがきっかけだ。
ヒーロー活動は派手でいかにも颯爽と現れるようなイメージを持たれているのだけど、実際にはとてつもなく地味で、誰もが嫌がるようなどさ回りのような活動も多い。
「そういえば君は地元がこのあたりなんだっけ?」
「そうですよ、生まれも育ちもこの区です……高校生の頃は別の区に通ってましたけど、結局仕事も住居も変わっていないですね」
『あ、ヘラクレスとシルバーライトニングだ!』
『珍しいね二人で行動しているなんて……』
『最近活躍しているよねー』
同じ事務所で尚且つ師匠と弟子みたいな関係だけど、公の場でイチローさんと行動するのは初めてか? グリス・エスペスーラとの戦いの際もほぼ単独行動だったしな。
イチローさんが遠巻きに彼に向ってスマホを向けている通行人へと軽く手を振ると黄色い歓声が上がる……なんやかんや彼は若い女性に人気だなあと思うわけだが。
そういえばあの予選トーナメントのあと、事務所へと送られてくる私宛のファンレターの数がかなり増えた、と岩瀬さんが話していた。
以前は業務妨害まがいの手紙なども送られてきていたが、最近はどちらかというと応援の声が増えてきているのだとか。
「ほら、シルバーライトニングもサービスしないと……」
『シルバーライトニング! こっち向いて!』
『試合見ましたよ! これからは全力で応援します!』
『……あのケツいいよなぁ……前からいいケツしているって思ってたんだ……』
「あはは……どうも……?」
なぜだろう、妙に視線を感じて背中に悪寒が走った気がするのだけど……私もイチローさんに倣って微笑みながら手を振り返すと、どちらかというと男性の声が多い歓声が上がる。
私たちがそんなことをしながら区内でも珍しい屋根付きの商店街を歩いていくが、夜の遅い時間だというのに案外人が歩いているものだな。
飲み屋やファストフード店などはまだ営業しているし、今その場所を歩いている人たちは帰宅するか、二件目の飲み場所を探すかしている酔客が多い。
だがこの商店街を歩き始めたころからずっと遠くから視線を感じているのは、おそらく裏社会の人間がどこからか見張っているのだというのだけはわかっている。
「ヘラクレス、視線が……」
「まだだよ、今動いてもパフアダーの情報は得られないだろう」
そうだ、今はとりあえずパトロール警戒を続けているが私たちの本来の目標は脱走して潜伏しているはずの一級ヴィラン「パフアダー」の捕縛である。
シマをヒーローに荒らされても手出しをしてこない裏社会の連中と事を荒立てる必要はないのだ……ただ、イチローさんも私もおそらくパフアダーは彼らに匿われていると考えていた。
過去の事例を考えてもパフアダークラスのヴィランは、用心棒としても有能でありいざというときに頼りになる戦力として考えるはずだからだ。
だからあちらから手出しをしてきた後で、ゆっくり潜伏場所を聞き出すつもりだったのだが……。
「……おい、ちょっとツラかしなよ」
「……へ?」
「随分と馬鹿正直に……」
私たちの前に立ちはだかるように数人の男たちが姿を現す……服装はすこしくたびれたスーツで、全員がそろいの紋様の入ったピンバッジをつけていたため、どうやら一般的な表現でいうところの暴力団関係者であることがわかる。
声をかけてきたのは三〇代くらいの若い男性で、体格もよく眼光の鋭さから彼がまとめ役だというのがわかる雰囲気を醸し出している。
私は彼を見ながらスキルの使用準備に入ると、体の表面に軽く電流が流れていくがそれを見た男たちはどよめきながら一歩後ろへと下がった。
まとめ役の男は彼らに何もするなと言いたげに手で合図すると、私に向って話しかけてきた。
「待ちなよねーちゃん……俺らは話がしてえだけだ、荒事でアンタらに勝てると思うほど俺は馬鹿じゃねえ」
「……シルバーライトニング」
「はいはい……」
イチローさんに促されて私はスキルの解除をするが、それと同時に身体の表面を走っていた電流が収まったことで、彼らはほっと息を吐くと姿勢を正して私たちへと軽く頭を下げた。
私とイチローさんが少し困惑気味に、思わず会釈を返すとそれを見たまとめ役の男が最後にゆっくりと頭を下げた後、「ついてきてくれ」と手招きしながら商店街のはずれ……この区ではそれなりに有名な組織の組事務所がある方向へと歩き出した。
ついて行ってもよいものか少し悩み、私はイチローさんへと視線を向けるが彼は少し考えた後に黙ってうなずくと歩いて男たちのあとをついていく。
少し遅れて私が歩き始めると、事の成り行きを興味深く見守っていた通行人たちはほっと息を吐いてから再び思い思いの方向へと歩き出していった。
「……ヘラクレス、大丈夫ですか?」
「今のところ敵意はないよ、それにさっきあの男が言っただろう? 僕らに勝てると思ってないって」
「当たり前だ、俺ら一般人がヒーローに勝てるなら、もっとこの国の治安は悪くなっているだろ?」
まとめ役の男は私たちへと振り返ると、そんなこともわからないのかといわんばかりの表情で話しかけてくるが、その表情が少しイラっとするものだったので私は思わず言い返しそうになる。
だが急に肩をぐい、とつかまれて口元を大きな手でふさがれたことで思わず私は体をびくっと硬直させてしまう……イチローさんの体温が直接伝わってきてなんだがドキドキする。
私が彼に視線を向けると、黙ったままイチローさんは首を振ったことで、ここで言い返しても何もならないという意図を理解して私は軽くため息をついてから押し黙る。
が、正直なところ今声を出すと変な声でしゃべっちゃいそうな気分だ……イチローさんにあんなに強く肩を掴まれたのは初めてで、驚きで悲鳴を上げそうになったからだ。
「……手を放してください」
「あ、す、すまない……」
イチローさんは慌てて両手を放すが、そんな私たちのやり取りをみた男たちは小さな声で「イチャイチャしやがって……」と話していたが、そこのお前ら全部聞こえてるからな?
少し気まずい気持ちでほんの少しだけ距離を開けて歩く私たちをみて、まとめ役の男は何らかの結論に至ったのか、突然にやにやとした笑みを浮かべて声を上げずに笑った。
くそ……私は男性に肩を掴まれたりするのが慣れないんだ……こんなのはじめてに近いんだよ。
だがそんな私の内面の思いなどつゆ知らず……まとめ役の男は何かに気が付いたかのように両手をぽん、と叩くと歩きながら顔だけをこちらに向けて挨拶してきた。
「おっと済まねえ……俺たちはあんたらの名前を知っているけど、教えてなかったな……俺は戸塚組で若頭張っている