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第五九話 組事務所にて

 ——戸塚組……首都圏K県に本拠地を持つ暴力団で、その始まりは東海道の宿で賭場を経営していた一家に起源をもつといわれる中規模程度の団体である。


「……ささ、兄さんもそちらの姉さんもこちらをどうぞ」

 イチローさんと私が案内された組事務所……漫画やアニメなんかでは組事務所の風景が出ることがあるけど、まさに絵に描いたような場所に案内され、ソファーに腰を下ろしたところでテーブルに湯呑に入ったお茶が置かれる。

 先ほどの言葉を信じるわけじゃないけどぶっちゃけ彼らは見たところスキル持ちではないし、戦闘力としては普通の一般人に毛が生えたようなものだ。

 また私たちスキル所持者というのは一般人が考えるよりも薬物への耐性が高く、それ故に普通の病院などでは麻酔が効かなくて大変なことになったりするわけだが、それ故にお茶に何か入ったところで大した影響が出るわけでもない。

「……どうも」


「……いただきます」

 イチローさんも同じことを考えていたようだが、私たちはほぼ同時に湯呑に手を伸ばすと一口お茶を啜って……ほっと息を吐く。

 うーん、いいお茶だ……「クラブ・エスパーダ」も岩瀬さんの趣味で出されるお茶なんかは結構いいものを使っているのだが、それに負けず劣らず……このお茶はおいしい。

 茶菓子も添えられているのをみた私はさっさとそれに手を出すと、包み紙を剥がして中に入ってた餡子を使った和菓子を食べ始める。

 あ、これも美味しいなあ……区内を横切る電車の沿線にある有名な和菓子店のお菓子だな……ここのお菓子は朝早くに並ばないと買えないくらい争奪戦になるので有名な店で、忙しいのも相まってなかなか訪問できていないお店の一つでもある。

 私たちがそれほど警戒もせずにお茶を啜りお菓子を楽しんでいるのを見て、戸塚さんはあっけにとられたように少し呆けた表情をしていたが、すぐに人懐っこい笑顔を浮かべて声を殺して笑う。

「……くっくっく……お前ら本当にすげえな……普通の人間は菓子にまで手が出ることは少ないんだが、度胸もあるし実績も高い……気に入った」


「……ご存じだと思うけど、僕らのようなスキル所持者には薬物の効果はそれほど高くない、とはいえお菓子までは食べすぎだね」


「……むぐ……美味しいんですよ、これ……」


「がっはっは! 姉さん面白いな! おい、姉さんにもっと持ってきてやんな」

 イチローさんにまで突っ込まれた私は和菓子を口に入れたまま抗議するが、そういった姿勢がヒーローらしくないものだと感じたのか、戸塚さんは豪快に笑うと傍に控える舎弟の一人へと告げる。

 舎弟がお菓子を取りに行くと、戸塚さんは笑ったままそれを見送ると自らの前に置かれた湯呑から軽く中身を啜ると、気持ちを落ち着けるかのようにふうっ……と大きく息を吐いた。

 そしてすぐに真剣な面持ちで私たちの顔を交互に見ると、ゆっくりとだが深く頭を下げる……周りの舎弟も習うように一斉に私たちへと頭を下げたことで、思わず面食らってしまう。

「……な、なに?!」


「……俺たちを信じてここまで来てくれた二人に恥を忍んでお願いがある」


「……お願い?」


「ああ……実は今うちのシマにヴィランがいる……」

 戸塚さんの言葉に思わず私はお茶を吹きそうになる……軽く咳き込んでから彼の顔をマジマジと見つめるが、戸塚さんの顔は真剣そのもの。

 私はどう言うことかわからずに混乱しつつイチローさんを見つめると、彼は案外動揺せずにじっと戸塚さんを見つめて黙っている。

 動揺したのは私だけか……当たり前だけどヴィランと裏社会の人間は手を組むことが多いので、普通はヴィランが勢力圏にいる場合は匿ったりすることが多い。

 そのほうが彼らも動きやすくなるし、いざという時は互いに協力する共生関係のようなものを築くのだ、それが一番双方にメリットがあるからだ。

「……あの……そんなこと言って良いのですか?」


「……どう言う意味だ?」


「い、いや……普通はうちのシマにヴィランがいるなんて言わないかなーって」


「……そりゃ抗争している組ならそうだけどよ……うちは揉め事起こしていないだろう?」

 戸塚さんの言葉でようやく思い出したけど、確かに戸塚組はかなり古風な暴力団組織で実はエスパーダ所長ともやりとりをしていると聞いたことがある。

 所長はヒーローとして活動しているが、いくつかの大きな暴力団組織の組長との交流があり、情報交換などを行なっていると話していた。

 最初はどう言うことか理解出来ていなかったが、話を聞いていくとヒーロー活動も結局のところ持ちつ持たれつ……という部分があり、逆にそう言った形でエスパーダ所長とやりとりをしている組織は、ヴィランを排除する方向に進んでいたのだと言うのを教えられた。

「……そういえば戸塚組は所長とやりとりしてましたね」


「ああ、エスパーダさんはオヤジが懇意にしてもらっているからな、俺たちも不義理を働く気はねえよ」


「シルバーライトニング……どう言うこと?」


「あー……その、所長の方針で本当に悪くない場合は不可侵というか……戸塚組は古風な組織なので、義理を守ってくれているそうです」


「……最近そういうのは珍しいね」

 まあ、実際に地方なんかだとそういうケースはあるらしいし、あのヒプノダンサーは一線を超えて癒着していたとはいえ、うまく付き合っていたと言えるのではないだろうか?

 ヒーローが絶対善、裏社会が絶対悪というわけでもないのがまた複雑なところであり、地方ヒーローによっては、地元の裏社会と共同でヴィランを追い詰めたなんて事例もあったりするらしい。

 戸塚さんは私とイチローさんの話を聞きながら黙って頷くと、この付近の地図を取り出してテーブルへと広げてから、ある場所を指し示した。

 それはエスパーダ事務所が管轄するこの区の中でも、特に大きな公園のあるエリアだった。

「……一度ヴィラン……パフアダーとか名乗ったかな、そいつから接触されたのがこの公園だった」


「……そういえば、大きな公園ありますね、ここ」


「ああ、俺たちとしても用心棒になる人物なら黙っていようかと思ったんだが、ちょっと厄介そうなやつでな……」

 戸塚さんが苦笑交じりに頭を掻くが、本当にヴィランという連中は千差万別……まともに社会に出れないような性格の人間から、案外社交的で周囲に溶け込むことに長けた者もいて、それがまた捜索を難航させる原因にもなっていたりするのだが。


どうやらパフアダーはそういうレベルのヴィランではないようだ……実際に毒物を生成するというかなり危険な能力を有するスキルであるし、私が逃した後にスパークがこてんぱんに制圧した、という話を聞いているので、かなり恨み辛みは抱えているだろうとは思う。

「……どんな状態でした?」


「マトモじゃねえよ、あれは……ヒーローへの恨みに凝り固まっているって感じだな」

 戸塚さんの表情からなんとなくパフアダーの状態が想像できる……スパークと話してて思ったけど、彼女はヴィランに対してあんまり手加減を考える人物ではない。

 能力が強力すぎて手加減が難しいというのもあるけど……パフアダーだけではないけど、他のヴィランの皮膚を焼いてしまったりして、必要以上にヘイトを生み出しているという気がする。

 本人は圧倒的に強いからそれでもなんとかなるんだろうけど……ちょっと心配な性格ではあるんだよね、彼女。

 私がなんとなく納得感を感じて黙って頷いていると、戸塚さんはそれを見て少し「なんで納得しているんだろ」という表情をしながら話を続けた。


「……パフアダーと組まなかったのは、それ以上にどうもアイツの裏にもっと厄介な奴がいそうな感じがしたからだ、姉さんと対峙したネゲイション? 多分それが糸を引いている……」

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