——東京湾を一望する海辺……台場と呼ばれた場所にその人物は立っていた。
「……知っているかい? 台場というのは幕末に建築された大砲を設置した要塞のことを表すそうだ、今の観光地としての意味は全くないそうだよ」
黒づくめの格好、鳥を模した仮面の奥に光る赤い瞳……ヴィランの王であるネゲイションはお台場を一望する高いビルの上からじっとその場所を見つめていた。
彼の背後には複数のヴィランが……その中には彼を支えるファータやフォスキーア、そして変身前のオグルなど複数の人物がじっと彼の言葉を聞いている。
彼らの前には数多くの人で賑わう東京お台場が広がっている……観光地としての名前は有名で、ここには数多くのレジャー施設やショッピングモール、そして企業の本社などが集まる場所だ。
過去には恐ろしいほどの人数が訪れる場所として知られていたが、最近は景気の落ち込みなどもあり最寄駅の乗客数は次第に減ってはいるものの、一日に数万人が訪れるメジャースポットと言える。
「ここはね、アクセスがあまり良くないんだ……橋を使うかトンネルを潜るか、必然的に抑える場所がそれほど多くないので防衛はしやすい」
「そーなんだ、でも私達だけだと全員を抑えるのは難しいと思うよー?」
「協力者が大半の場所を押さえ込む……私達はヒーローとの決戦のみを考えればいいさ、それに……そもそもオグルを抑えられるようなヒーローは数少ない」
ネゲイションの赤い瞳が不安そうに左右へ視線を向けていたオグルに突き刺さると、彼はビクッ! と体を震わせると威圧されたように黙って頷く。
それを見たファータは軽いため息をついてからネゲイションへと視線を戻す……このタイミングでお台場を占拠して一気に決戦を挑む、という彼の案は少し性急にすぎるように感じるからだ。
何が目的なのかそれがわからない……その考えを見透かすようにネゲイションは引き攣るような笑い声を仮面の下で漏らす。
「ヴィランの活動はずっと抑圧されてきた、常に我々は虐げられ蔑まれてきたのだ……だが、この行動により全世界に散らばる同志に希望を与える、ヒーロー社会は我々を支配できないと印象付けより多くの支援を得る……」
「……思想の犠牲になれとでも?」
「ちゃんと脱出の手筈は整えてるよ……ただ時間厳守でない場合はその限りではない、君は問題ないだろう?」
ネゲイションは手元にある端末から、ヴィラン達に持たせている別の端末へとメッセージを飛ばす……そこには『今夜零時、湾内、潜水艦』という文字と、その脱出ルートがいくつも浮かぶ。
さすがはネゲイションだとファータの背後にいるヴィラン達は湧き立つが……実際にはヒーローとの戦闘を経てそこに辿り着かねばならないため、達成の難易度は恐ろしく高い。
そこに時間通りに到達すれば助かる……それは天上より垂らされた一筋の糸のように思えるが、ファータは画面を見つつ少し考え込む。
ネゲイションは嘘をつくことは決していない、むしろ行動で全てを示す頼もしいリーダーである……だが今回の脱出ルートを考えるに、背後で盛り上がっているヴィラン達全てが到達できるとは思えないルートが複数存在しているからだ。
ついてこられないものはこれに乗れない……その意味を考えているのだろうか? 後ろで騒いでいる馬鹿どもは。
「人が悪いですね……まあ、選別も必要……ってことかな?」
「そういうことだ、次は再び欧州だ……テストケースとしてこの国で色々やるさ、我々はレジスタンスだ」
「そういうことなら……ファータちゃん頑張っちゃうゾ♡」
ファータはふわりと宙に舞い上がる……他のヴィランはどうかわからないが、彼女は長時間飛行できる能力を持っているため、地上を移動する必要がない。
今いるヴィランの中で最も生存確率が高いものは彼女である……彼女自身のスキルが圧倒的な生存能力を有していることは確実である。
歓声を上げるヴィランを横目にネゲイションは仮面の下でほくそ笑む……この行動は選別にすぎない、日本における活動は肥大化しすぎた。
これはペルペートゥオが予想以上に優秀すぎたとも言えるが、それにしても有象無象含めてあまりの数に膨れ上がってしまっている。
「必要な人材は少なくていい……彼女は優秀すぎた、素晴らしい人材ではあるが少し厄介だな」
ネゲイションはそっと呟くと未だ多くの観光客で賑わうお台場の方向をじっと見つめる……その瞳には憎しみと憐れみ、そして嘲りの光が覗く。
彼が求める理想に必要な人材はそれほど多くない、実際には彼一人いれば世界を相手に戦えるかもしれない……しかしそれでも仲間を作った。
王として振る舞うことにも慣れ、権力者として部下を作り、組織を作り上げた……本質的には彼自身はそれを煩わしく思っていた節はある。
だが……今回の戦いでヒーロー協会が誇る最強のヒーローを倒すことで、ヴィランの勝利は確約される。
ヘラクレスという最強のスキル所持者が生きてもらっては困る、そして彼と行動を共にするシルバーライトニング……この脅威のスキルを所持する女性を倒せば。
ネゲイションは仮面の下で引き攣るような笑い声を上げると誰にも聞かれないようにそっと呟いた。
「成長されては困るが、成長してもらわなければ楽しくない……因果なものだ」
「どうされました?」
フォスキーアが心配そうな顔でネゲイションへと話しかけるが、仮面の王はなんでもないとでも言いたげに軽く頭を振ると、彼女の頭をそっと優しく撫でる。
その垣間見える王の愛に応えるように、青髪のヴィランはうっとりとした表情を浮かべてされるがままに微笑む……だが、ネゲイションの瞳には感情の色は感じられず、あくまでも事務的……言い換えてみれば単調な作業を繰り返す昆虫のような光が宿っている。
だが、うっとりとした表情を浮かべるフォスキーアはそれに気がつかない……役にたつ部下ではあるが、余計な感情を持たれては困るな、とネゲイションは冷めた瞳で彼女を見つめる。
「フォスキーア……私の言うことを聞いて、しっかりと足止めを行うと良い」
「……王よ、私の命は好きなようにお使いください」
「わかっている、お前の気持ちも理解しているつもりだ」
わかるわけがない……ネゲイションは自らが発する言葉に内心失笑しそうになる。
自分が人の気持ちなどわかるはずもないのだ、このスキル「ネゲイション」を手に入れた時から、人が発する言葉と内面の剥離に気がついてしまった。
人は平気で嘘をつく……どれだけ否定しても、どれだけ肯定しても言葉などは遷ろうものだ、それを操るネゲイションだからこそ、人の言葉など信用に値しないと知っている。
フォスキーアは単に言葉に酔っているだけ、それがわかるからこそ感情を表に出す彼女は操りやすいのだ。
「この仕事が終わったらお前との時間を作ろう」
「そんな……私だけを愛してくださると?」
フォスキーアの唇にそっと指を添えると恥ずかしさからなのか彼女は頬を赤らめる……そう、人の心は簡単に操れる、それが嘘であっても。
ネゲイションは仮面の下で赤い瞳を輝かせると彼女をそっと送り出す……フォスキーアはまるで別離を悲しむ恋人のようにじっとネゲイションを見つめていたが、すぐに表情を引き締めると駆け出していく。
ネゲイションはそれを見送りながらクフフッ! と引き攣るような笑い声をあげた。
「踊るがいい我が子らよ……この惰眠を貪る国に衝撃を」