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第七五話 激戦の始まり

「わかってんだろうな?」


「……はあ?」

 インノ・スケルツォが人質に鋭い刃を持ったサバイバルナイフを突きつけているのを見てもなお、二人の女ヒーローにはあまり響いていないのか、驚いたり焦ったりする様子もなく少し呆れたような表情を浮かべて何か行動を起こすような様子すら見せない。

 それを見たヴィランは相手の考えが読み解けずに、内心焦りを感じ始めている……彼の持つスキル「インノ・スケルツォ」は触れた相手の横隔膜を強制的に振動させて行動不能に陥らせる強力なものだ。

 振動している間はまるで腹を抱えて笑い転げているように見えるため、この名前がついておりその効果は非常に高いとされている。

 反面彼はスキルを触れた相手にしか適用できず、接近戦にしか効果を生み出せないことから使いどころが難しく、彼はいかに自分の間合いに相手を入れるかを必死に考えているところなのだ。

「いいのか? こいつが死ぬことになるぞ……?」


「いやああっ!」

 ヴィランがナイフを突きつけた少女……彼女の首に押し付けられたナイフの切れ味は本物であり、皮膚が軽く切れてスウッと一筋の血が流れ出す。

 それを見たシルバーライトニングがハッとした顔で飛び出そうとするのを、スパークが肩を叩いて彼女の動きを押し留める。

 何をする気だ……? とインノ・スケルツォが訝しげるように眉を顰めて彼女達の行動を見守っていると、スパークが一歩前に出る。

 そして彼女は挑発的な笑みを浮かべて笑うと、笑いを堪えきれないと言わんばかりに口元を手で覆いインノ・スケルツォへと話しかけた。

「はぁ? クソ雑魚ヴィランの癖にわたくしに命令するなんざ……図に載るんじゃないわよ」


「……な、ああああアタシの髪がッ!」

 ギラリとスパークのオレンジ色をした瞳が軽く光り何かが弾けると、突然インノ・スケルツォの髪の毛が激しく燃え上がる。

 突然燃えた髪の毛に驚いて咄嗟の防御反応で両手を頭にかけたインノ・スケルツォの視界に銀色の閃光が走る。

 シルバーライトニングがスパークの意図を全て読んでいたのかどうかはわからない、だが女ヒーロー二人は言葉を交わさずに阿吽の呼吸を持って連携してのけたのだ。

 少女を抱えたまま、スキルを使って距離を離したシルバーライトニングを見たスパークは、凶暴な笑みを浮かべて笑うと、大きく手を広げるようなポーズをとった。

「燃え上がりなさいッ!」


 ゴオオオッ! という轟音と共にその場にいたインノ・スケルツォとヴィランの視界が真っ赤に染まる……凄まじい衝撃で弾き飛ばされ壁に叩きつけられた彼らは、目の前で何が起きたのか理解ができなかった。

 彼女の持つスキル「スパーク」……メディアなどで喧伝されている彼女の能力は、というものだけだ。

 その言葉尻だけを捉えれば、スパークのスキルは炎を操るものとしか思えないが、実際には非常に複雑なプロセスや工程を経て炎を操っている。

 その中のプロセスを変更することで、先ほど見せたように視界に入った地点に炎を弾かせてヴィランの髪を燃やせるのだ。

 そして先ほど見せた大技とも言える圧倒的な破壊力を持つ炎はそれを応用したもので、小規模な爆発を起こして衝撃波を発生させ、相手を吹き飛ばす効果を生み出している。

「うわ……えぐ……」


「ふう、女の子は無事かしら?」


「大丈夫? よく頑張ったね」

 シルバーライトニングにしがみ付いていた少女は彼女にそう話しかけられると、目に大粒の涙を溜めながらも気丈に頷いてみせた。

 それを見たシルバーライトニングが優しい笑顔で少女の頭を撫でるのを見て、スパークも釣られて口元が軽く緩む……しかし油断なく意識を失ったヴィラン達へと近づくと、一人一人に捕縛用の結束テープを使って動けないように縛っていった。

 スパークの放った破裂によりほとんどの男達は気絶していたが、インノ・スケルツォだけはかろうじて意識を保っていた。

 とはいえすでに戦闘能力は喪失し、憎々しげに自らを手際よく縛り上げていくスパークを睨みつけるだけになっているのだが……それでも彼はスパークへと言葉を投げかける。

「ふざけ……あんな攻撃を出せるなんて聞いてないわ……」


「商売道具だもの、そりゃ簡単に教えたりはしないわ」


「ぐ……また負けるとは……」

 インノ・スケルツォは最後に呟くとそのまま意識を手放す……頑強なヴィランとはいえどあれだけの攻撃をまともに喰らって無事でいられるわけがない。

 さらに彼女は攻撃を敵対者に限定して放っており、人質となった一般人にはまるで被害を出すことなくこの場を収めてみせたのだ。

 現代における異能、ヒーロー最強格とも称される爆炎の女神はまるでなんでもなかった、と言わんばかりの表情で軽く息を吐く。

 その場にいた一般人は尊敬と憧れの視線で彼女を見つめる……自然と称賛の拍手が誰からともなく始まっていくと、次第に波のように広がっていった。

「ありがとう……!」

「さすがスパークだ……」

「シルバーライトニングもすごかったぞ!」




「……さて、今度はちゃんと決着をつけようか」

 お台場の観光スポットであるレジャーパークへと赴いたヒーロー「ヘラクレス」こと高津 一郎は軽く指をゴキリ、とならすと目の前に立っている巨大な鬼のような姿をした人物へと話しかける。

 目の前に立つ鬼としか形容できない赤銅色の肌を持つ怪物の名前は「オグル」……ヴィランの中でも最も巨大な体を持つ人物であり、その力と凶暴性は彼らの中でも群を抜いている。

 オグルはヘラクレスの姿をチラリと見た後、誰かを探すように左右を見渡すが……今この場には彼ら二人しかいないことを改めて認識したのか、残念そうな深いため息をついた。

「あいつは来ないのか……今度こそ打ちまかしてやろうかと」


「雷……いやシルバーライトニングは別の場所だよ」


「俺の元に来てくれるかと思って期待していたのだがな、まあ今は前菜を楽しむことにしようか」


「残念ながら料理されるのはお前だよ」

 オグルは首をゴキリと鳴らし、ゆっくりと距離をとるように歩き出す……彼はシルバーライトニングと戦うためだけに、この場所にいた一般人を人質にすることなく解放した。

 全てはシルバーライトニングという女性を待ち構え、今度こそ自分のものとするためだ……彼自身は力で打ちまかした後、そのままここから離脱するつもりであったが、それも目の前にいる最強のヒーローを倒さなければ実現しようはずもない。

 お互いの緊張感が次第にボルテージを上げていく……次に何かがあれば一気に飛び掛かるであろうことはお互いが本能的に理解している。

 それは獣同士が死闘を前に感覚を研ぎ澄ませているような光景だった。

「貴様は最強と呼ばれているらしいな」


「そうだね、自分でもそう思ってるよ」


「ではその鼻をへし折っていくとしよう」

 いうが早いかオグルの巨体が驚くほどの俊敏さで前に出る……その速度はまさに獣じみたものであり、ヘラクレスは内心ここまでの速度が出ることに多少なりとも驚いていた。

 オグルが無造作に突き出した拳を両腕で受け止める、いや受け止めなくてはならなかった……それほどまでに眼前の怪物の速度は予想を遥かに超えていたのだ。

 バゴオオッ!! という音を立ててヘラクレスの腕に食い込む拳……だが彼は普通の人間であれば骨が砕け散るであろうその一撃を受け止めてみせる。

 それを見たオグルは不思議そうな表情を一瞬浮かべた後、口元を歪めて笑った。


「……退屈な時間かと思ったが、これはどうして……お前はディナーに昇格だ!」

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