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第七六話 暴風出陣

「お姉ちゃんありがとう〜」


 笑顔を浮かべた少女がお母さんと共に私たちへと手を振るのを見て、手を振り返した私は思わず顔がほんの少し綻ぶのを止められない。

 お礼を言われる、感謝されるというのがヒーローにとって最大のご褒美だなんていう人もいて、実際にこれはこれで悪くないんじゃないかと思うわけで。

 だがそんな私を見たスパークがやれやれとでも言いたげな表情を浮かべると、すぐに別の方向へと視線を向ける……お台場だけでなく日本中で今かなりの騒ぎが起きているからだ。

「他のヒーローは無事かしらね……」


「別れて突入してますしね……」

 ヒーロー協会の情報網や現地からの連絡などを受けて、お台場には複数のヴィランが陣取っていることまでは把握できている。

 ただ、彼らに随伴するマフィアの総数まではわかっていないし、どれだけの人が閉じ込められているのかすらわからない。

 根本的な原因はヴィラン側にどうやら視界を遮る霧を発生させているスキル所有者がいるようで、この霧がお台場周辺に展開されており、軽い電波障害などが発生したため重要な情報が取得できないという状況にあるからだ。

 ヴィラン「フォスキーア」……この霧を発生させているのは、海外でも姿を知られていない超級ヴィランの一人であると判明している。

「しかし日本にここまで超級ヴィランを集めるなんて何考えてるんですかね……」


「さあ……でもここで彼らを一網打尽にできれば、世界が少しでも平和になるわ」


「そうですね……」

 お台場にいるヴィランとしては、先日姿を現したヴィランの王であるネゲイション、オグル、フォスキーア……そして上空に散布されている鱗粉の成分分析でファータもいるのではないかとされている。

 ファータは超級ヴィランの一人であり、巨大な羽を持った妖精のような姿をした凶悪な性格のヴィランの一人と言われている。

 本当に世界中に散っていた超級ヴィランを集めてきたとでもいいたげな戦力となっており、その意図がいまいち読みにくい。

 とはいえ日本政府も含めてここで超級ヴィランを倒せれば、今後日本のヒーローに挑戦しようなどと思うヴィランは減るのではないかと思われる。

「……もしかして、それが目的なんですかね?」


「何が?」


「いや……ここでお台場を占拠してヒーローを狩ることで自らの価値をあげようとか?」

 私の言葉にハッとした表情を浮かべるスパーク……お台場に投入された戦力はそれほど多くないが、厳選されているヒーローが多い。

 ヘラクレス、スパーク、ジ・ロックなどランキング高位のヒーローたち……その他バックアップ要因としてマザー・サージョンやミンストレルといった援護能力の高い人が投入されている。

 言わば日本における最高戦力のヒーローが一堂に会しているといっても過言ではない……それを倒せれば、ここに集まっているヴィランの価値は相対的に向上するだろう。

 彼らは裏社会と癒着し、そのスキルを持って支配しているともされるが、能力の高いヴィランはその価値が高くさまざまな恩恵を受けているとされている。

 さらに価値を上げるため、そして可能であればお台場でヘラクレスのような普通のヴィランでは太刀打ちできない存在を抹消できれば……彼らの活動はさらに拡大するのだ。

「……ということは私たちがどこに入ってくるのかを予想してヴィランを配置している可能性はありますわね」


「イチ……いやヘラクレスに当てるとしたら……オグルでしょうね」

 悪鬼のような見た目、そして圧倒的な戦闘能力……ヒーローにおける最高戦力がヘラクレスであるとしたら、ヴィランにおける最高戦力はオグルになるだろう。

 オグルの強さは尋常ではなかった……今でもなぜ私が互角に渡り合えたのかよくわかっていないところはあるんだけど……そんなことを考えていると遠くの方で爆発音が響く。

 お台場各地で戦いが起きているのだろう……私とスパークは顔を見合わせて同時に頷くと、その場から走り出す。

 早くネゲイションを探し出して止めなければ……ヴィラン側の戦闘能力が完全に判明していない現状では、どんな強力なヴィランが出てくるかわかったものではない。

「……すごいのが出てこなきゃいいんだけど……」




「……じゃあ俺は行くぜ? 美味しいところは俺がもらうつもりだ」

 手に持ったエールの瓶から残った液体を一気に飲み干すと、超級ヴィラン「ウカラーン」は彼の背後で悠々と手に持ったタブレットで何かを見ている仮面の怪人ネゲイションへと話しかける。

 ネゲイションは彼の言葉に反応したのか、軽く手を振って「行っていいぞ」とばかりのジェスチャーを見せるが、それを見たウラカーンは軽く舌打ちをしてから手に持った瓶を軽く放る。

 瓶は途中までは壁際にあったゴミ箱の方向へと弧を描いて飛んでいたが、ほんの少しだけゴミ箱に届かず地面へと落下すると甲高い音を立てて地面を転がっていく。

 その音に反応したのかそれまでタブレットを覗き込んでいたネゲイションがわずかに視線を動かすと、ウラカーンへと話しかけた。

「珍しいな、お前が的を外すなど」


「やれやれ……そういう日は酒を飲んで寝るほうが良いのだがね」


「私がお前に期待しているのは闘争に掛ける情熱と残虐性だ、それさえ果たして貰えれば何も文句は言わない」


「わかっているさ王様、運命の女神は無理矢理な方が好みでな、いい具合に乱れるものさ」

 ウラカーンが軽く指を動かすと、その場に突然強い風が吹き荒れ地面に転がっていた瓶が空中にふわりと浮かぶと、回転しながらゴミ箱の中へと飛び込み……あまりの衝撃に耐えられなかったのかガシャーン! という感高い音を立てて砕け散った。

 それを見たウラカーンは口元を歪めて笑う……ゴミ箱に瓶を投げたのは今の調子を測るためで、外国で活動している時にはうまく入らない時は活動を控えるジンクスを信じていた。

 だが……どうにも身体中が収まらない……シルバーライトニングを継いだヒーローがすぐそこまで迫っているのに、戦わずして逃げ出すなどあってはならないからだ。

 彼は胸元についた一筋の傷跡を指でなぞる……それは古傷となった火傷のように引き攣り、醜い跡であった。

「ヒーローは俺の人生を滅茶苦茶にした敵だ、それを殺せるなら何にでもなるさ」


「期待しているよ、ウラカーン……君の暴力は純粋で美しい」


「俺はシルバーライトニングを殺したいと思っている、それ以外はどうでもいい」

 吐き捨てるとウラカーンは少し重量感のある足音を立てながらその場から立ち去っていく……それを見たネゲイションは仮面の下で満足げに笑う。

 オグルだけが最強戦力だとヒーロー協会は考えているだろう……それほどまでにオグルは海外で有名になりすぎた。

 軍隊を相手に立ち回る暴力性、そして圧倒的な戦闘能力は確かに目立つ……だがそれだけではヒーローと戦えない。

 そこで用意したもう一つの切り札……少し扱いにくい駒ではあるが、オグルに匹敵する残虐性の持ち主であるウラカーンを海外から呼び寄せたのだ。

 ヘラクレスとオグルが衝突するのは予定通り……どちらが勝つにせよ、戦闘能力は著しく低下するだろう、そこにウラカーンを投入することでヒーローを一網打尽にする作戦である。


「……クハハッ、ここまで来るものがいれば良いのだがな……少しは骨のあるところを見せてもらおう、ヒーロー諸君……」

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