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第八六話 無限の時間の中で

「そおおれッ!」


「うわあっ!」

 ヴィラン「ファータ」が軽く手を振ると、虹色の鱗粉が振り撒かれていく……その鱗粉は風に乗って周囲へと拡散したのと同時に、電流となって空気を震わせる。

 電流が走る直前に超加速を使って駆け出した私を見たファータは軽く舌打ちをしつつ空中でくるりと回るが、あどけない外見とは裏腹に凄まじく凶悪なスキルだ。

 鱗粉は非常に軽いらしく風に乗って拡散する速度が異常に速い……壁を蹴って回避する私の肌にチリリ、とした何かが触れた感触を感じた。

 咄嗟に私はほんの一瞬だけ超加速してその地点を駆け抜けるが、その後ろでゴアアアッ! と炎が舞い散る。

 スパークほどの火力はないとはいえ、人間が巻き込まれたら一瞬で黒焦げだろう……先回りしたはずの鱗粉すら避けた私を見てファータは流石に驚いたような表情を浮かべる。

「あれー? 今の避けるんだぁ……動物並みの反射神経だねえ」


「危なかった……!」


「だけど鱗粉がどこにあるかまではわからないでしょー……それえっ!」

 ファータが手を振るとともに今度は波のように紫色の煙が私へと迫る……私は床を蹴って大きく飛び上がると、そこに伸びていた街灯を蹴って大きく空中へと舞い上がる。

 適当に避けていたわけじゃない、あくまでも目標に向かって迂回しながら近づく……イチローさんから散々教えられていた戦い方を思い出しながら距離を詰めていたのだ。

 だがそれを見たファータはギラリと凶暴な笑みを浮かべる……ヴィランの本能というべきか、見た目が幼く見えてもその本質は人を殺すことを楽しむ凶悪な人格を持っているのだろう。

 拳を振りかぶった私を見てその背中に生えた翅を前へ、身体を守るように展開する……ドンッ! という音とともに翅へとめり込む拳。

「な……」


「……ははーン? 柔らかいと思った?」

 なんだこれは……拳が軋むような感覚を覚え私は思わず眉を顰める……見た目は毒蛾の翅にしか見えないのに手応えはまるでコンクリートのように表面だけが柔らかく、芯は驚くほど硬い。

 そして衝撃で一気に鱗粉が舞う……まずいっ! 私が防御姿勢をとりながら翅を蹴って飛んだ瞬間、視界が白色に染まる。

 ガガガッ! という音とともに全身に凄まじい痛みが走ると、悲鳴を上げる間もなく私は落下しそのまま地面へと叩きつけられた。

 指が一本も動かせない……全身が痺れたように動数、私はその場で痙攣しながら倒れているがその横にふわりとファータが舞い降りてきた。

「あははっ! 瞬時に体の自由を奪う麻痺……思い切り喰らっちゃったね」


「あ……あ……あ……」


「うひははッ! 舌も痺れてるでしょ? 私の鱗粉はいろいろな効果が生み出せるの……今の麻痺やさっきの炎……紫色のは毒なんだけど、ちょっと効果が薄いんだよねぇ」

 ファータは麻痺で動けなくなっている私の頭にその小さな足をドカッ、と乗せるとニヤニヤと笑いながら踏み躙るように足に力を込める。

 だが麻痺した感覚は何かが乗っているというのはわかるのだが、痛みがまるでない……指一本も動かせない状態なのにはっきりとした意識がある、というのは拷問に近い。

 私の目が自分を見ていることに気がついたのか、ファータは視線を合わせるとあどけない顔には似つかわしくないほどの凶暴な笑みを浮かべる。

「なんだよその目は、言いたいことがあるなら言えよ」


「あ……ぐ……」


「悔しいって言ってみろよぉ! 言えねえよなあああっ! ハハハーッ!!」

 そのまま私の顔面に全力の蹴りをなん度も叩きつける……ガンッ! ガンッ! という音とともに視界に火花が散り、血が舞う……鼻の奥からドロリとした何かが流れ出す感覚はあるのに、痛みがまるでない。

 何度か蹴りを叩き込んだファータは、満足したのかぺっ、と床に唾を吐くとふわりと宙へと浮き上がる……そこでようやく自分の体に感覚が戻ってきたことに気がつき、私は遅れてやってきた痛みに耐えながらゆっくりと体を起こす。

 先ほど何度も蹴り付けられた頭がひどく痛む……そして鼻からドロリとこぼれる血の匂いで頭がくらくらする。

 ふらふらと立ち上がった私から少し離れた場所で、ヴィラン「ファータ」は空中に浮かんだままニヤニヤと私を見つめていた。

「寝てりゃいいのに……鱗粉で動けなくなるくらいの雑魚なら見逃してやろうって思ったのに」


「な、何を……言って……」


「ケハハハッ! 加速するだけのゴミが真剣なツラしてんじゃねえよクソが」

 その表情には侮蔑、いや蔑みの色が浮かんでいる……見た目と違ってとんでもない凶暴さ、そしてあどけない仕草の裏に潜む粗野な性格。

 欧州で散々に暴れ回ったファータという凶悪なヴィランの本性を垣間見た気がして私は背筋がさむくなる……だが、今目の前で対峙しなければいけないのは自分だけ。

 私は軽く鼻を手で拭ってから軽く抑えて中に溜まった血液を噴き出すと、ゆっくりと構えをとった……さっき私から急に離れたのは鱗粉で生み出された麻痺の効果時間が切れるとわかっていたからだ。

 頭の中で数えていた効果時間は大体二分程度というところだろうか? 火炎はもっと短くて二〇秒も燃えていなかったように思える。

「加速するだけ? いいや、それだからこそ私は肉体を鍛えた……」


「全く……どちらにせよ格闘戦以外に見るべきところがないから、殺すか」


「……ッ!」

 ギラリとファータの瞳に殺気が宿った瞬間、私の肌にチリッという感触が触れる……咄嗟に超加速を使って後方に大きく飛ぶと、それまで私がいた場所が一瞬で炎に包まれる。

 ゴオッ! という音とともに空間が燃え上がるが、その時間を頭の中で数えていくとやはり最も強い火力を発揮していたのは最初の数秒で、そこから二〇秒くらいまで時間をかけて火勢は一気に衰えていくのがわかる。

 鱗粉に様々な効果を乗せられるのは驚くべきことだが、効果時間はそれほど長くない……麻痺もその後の効果時間はそれなりにあるけど、麻痺の効果を発揮するのは一瞬なのだろう。

 それを避ければあの鱗粉は無効化できるかもしれない……私はほんの少しだけ姿勢を低く保つとじっと相手の動きを観察し始める。

「なんだその目……むかつく、その赤い目はムカつくんだよォッ!」


「鱗粉……くるっ!」

 私は周囲の空気が変わる瞬間……風に乗ってキラキラとした鱗粉が視界の片隅に入った瞬間、地面を蹴って超加速を使用した。

 だがそれと同時に周囲が炎に包まれる……視界が驚くほどスローに見える、私の感覚が超加速とともに体感時間を驚くほどゆっくりと進ませており、私は鱗粉をつたって炎が次々と周囲に生み出される光景を見ていた。

 駆け出す足が自分のものではないかのように重く、まるで無限の作業を強制されているような感覚……だが、私は前に出ている。

 ゆっくりとだが炎は次第に私へと迫ってくるのがわかる……昔だったらこの炎に巻き込まれて私は全身を焼かれて悶絶したかもしれないな。

 しかし……間一髪体感では驚くほどの時間をかけて炎を突破した私は、ゆっくりとだが勝ち誇ったような表情でこちらを見ていたファータへと一気に迫る。

 拳を構えて振りかぶった私にようやく気がついたのか、彼女の目が見開かれる……ちょうど一秒、私のスキルが解除されるのと同時にファータが防御姿勢をとる間もなく私の拳がヴィランの顔面を撃ち抜いた。


「悪を打ち抜け……私の拳っ!」


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