サラが初めて読んだ本は料理の本だった。
目玉焼きの作り方
たまたま初めて手に取った料理の初めに書かれていた。
その本を手に取る前から、サラは目玉焼きくらい焼けていた。だから、その本を馬鹿にするような気持でページをめくった。
サラが作れる片面焼のサニーサイドアップ。
書かれているのはそれだけでなかった。
両面焼きの半熟の黄身のオーバーイージー。
両面焼きの堅半熟のオーバーミディアム。
焼き後が両面に残るほど焼くターンオーバー。
黄身が完全に火が通るまで両面焼きするオーバーハード。
片面焼きだが途中でお湯を入れて蒸し焼きするベースドエッグ。
目玉焼きだけでもこれだけの焼き方がある。
ゆで卵にポーチドエッグ、フライドエッグ、スクランブルエッグにオムレツなど。
サラは卵という食材だけでも数多くの料理があることを知って思った。
料理は魔法で無限だと。
「サラ、おいしいね」
小さなアリスは、頬に玉子を付けながら天使のような笑顔をサラに向けた。
その笑顔がサラの未来を決めたと言っても良い。
料理を作る喜びの全ては、この笑顔のためにあると言っても良かった。
サラはアリスの笑顔を見たいために、料理にのめり込んだ。
ファーメン家は古い家系である。ゆえに多くの貴重な本が書庫に眠っていた。この国の料理だけでなく、遠い国の料理についても書かれている本もあった。サラはアリスのお世話をするとともに、時間があれば料理の本を読み漁っていた。
そして、あの日、とうとう出会ってしまったのだ。
魔導書である発酵の本に。
発酵の本は菌という、今までの考えを覆すものだった。
そしてそれは発酵の知識だけでなく、発酵の力もサラに授けた。
サラは夢の中で、魔導書に再会していた。
その本は表紙のタイトルの文字はすり減り、まともに読み取れない。タイトルは読み取れないが、それがあの魔導書だと言うことは間違いなかった。
サラは初めてこの本を手に取った時のように、静かにページをめくる。
昔見た時と同じだった。
サラは発酵の基本から、発酵食品、発酵料理と読み進み、あるページで手を止めた。
『ここから先は料理の本にあらず』
昔は本に大きく書かれているこの文字を読んで、その先を読むのを止めてしまったのだった。料理に関係しなければ読む必要がないと。
しかし、今は違う。
発酵の力は人を病から救うことも可能だと知っている。
サラは直感的に思った。
この先は発酵料理なのではなく、菌の別の使い方が書かれている。
サラは意を決っして、ページをめくった。
その瞬間、サラは光に包まれた。
~*~*~
「……まぶしい」
サラの瞳には西日が差し込み、思わずつぶやいた。
その声に反応して、西日から守るようにカーテンを引いた男が声をかけて来た
「おはよう、サラ。身体は大丈夫か?」
「……エリオット?」
「おいおい、他の誰に見えるんだ? まだ寝ぼけているなら、まだ寝ていても大丈夫だぞ」
そう言って、エリオットはサラに布団をかけ直すが、サラは身体を起こして言った。
「私は大丈夫よ。それよりもアリスちゃんは大丈夫!?」
サラはそう言うと急いでベッドから降りようとしてふらつき、エリオットに支えられた。
疲れた身体に近距離から見るエリオットは刺激が強すぎる。サラは赤面した顔を隠すようにエリオットから離れる。
そんなサラを強引に引き寄せて、エリオットは言った。
「アリスは熱も下がって、大人しく眠っているから安心しろ。だから無理をするな」
「アリスちゃんは大丈夫なのね……良かった……本当に良かった」
サラはエリオットの胸で涙を流すと、エリオットはサラを優しく抱きしめた。
サラを抱きしめながらエリオットはアリスに嫉妬した。
(自分の無事を喜んで涙を流してくれる家族がいるなんて……)
そんなエリオットの気持ちに気がつかないサラは、涙を拭いてエリオットに言った。
「ありがとう」
「なにを言っているんだ。アリスを助けたのはサラの力だろう」
「いいえ、私一人の力なんかじゃないわよ。エリオットがいなければ、こんなに早くここに来ることもできなかったし、二人が私の身体を気遣ってくれなければ、アリスちゃんの治療を終えることが出来なかったわ。本当にありがとう」
サラはエリオットの手を握って言った。
サラのぬくもりとともに、その震えが手からエリオットに伝わって来た。
それはサラでもアリスを助けられるか自信がなかったことを、エリオットに伝えた。
だからこそ、その不安を払しょくし、安心する権利があるはずだ。
「アリスに会いに行こう」
「でも、アリスちゃんはまだ体力が戻っていないだろうから、ゆっくり寝かせてあげたいわ」
「何を言っているんだ? 体力は眠っていても回復するが、心の力は寝ているだけでは回復しないんだぞ。唯一の家族なんだろう。姉が妹に会いに行って何の問題があるんだよ」
「でも……」
「そうか、サラが会いに行かなくても俺は行くぞ。アリスに話があるからな」
「アリスちゃんに話が?」
「ああ、そうだ。じゃあ、俺は行くぞ。サラはどうする?」
「行くわ!」
サラの手から震えは止まっていた。
エリオットはその手を強く握り返して、サラを離れの部屋へと誘った。