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36.監視

(世羅への嫌がらせに失敗したから、今度は孝輝にターゲットを移したのか……? やっぱり、何かと悪い方向に物事が進んでしまっている気がするな)


 結局、俺は今回も孝輝が事故に遭うのを防ぐことが出来なかった。一度目のタイムリープを終えて現代に戻って来た時──凪沙は、「孝輝君は夏祭りの後に事故に遭ってそのまま退学した挙句、音信不通になってしまった」と言っていた。つまり、事故に遭うタイミングが変わっただけだったのだ。

 ……このままだと、孝輝はまた同じ結末を辿ってしまうのではないか。そう考えた瞬間、俺は居ても立っても居られなくなった。


(……なんとか、それだけは阻止しないと。きっと、何か回避する方法があるはず)


 そう、まだ諦めるのは早い。現に、俺は世羅があの迷惑客達によってSNS上で理不尽に晒されるのを未然に防ぐことができた。だから、孝輝とその家族が同じ結末を辿らないように未来を変えることも不可能ではないはずだ。

 たとえ難しくても、やらないで後悔するよりは断然マシだ。そう心に誓った俺は、凪沙に向かって口を開いた。


「もし、それが本当だとしたら警察が動くと思う。故意にブレーキに細工がされた可能性があるとすれば、いずれ犯人を特定してくれるはずだよ」


 俺の言葉を聞いて安心したのか、凪沙の顔に明るい色が戻る。


「そ、そうかな……?」


「うん。だから、俺達は自分が出来る範囲で何か孝輝を守れる方法を探そう」


「そうだね……よしっ! 私、頑張るよ!」


 意気込む凪沙を見て、俺は小さく笑みを浮かべる。とはいえ……タイムリープ前の世界では孝輝の自転車に細工をした犯人が捕まったという話を聞かなかったし、いつの間にか一家はこつ然と姿を消してしまっていた。

 だから、警察に任せたところで解決する保証はないのだが……凪沙を不安にさせるわけにもいかないので、黙っておくことにした。


「とりあえず、ここにいても仕方ないから病院から出ようか」


「あ、うん。そうだね」


 俺たちは、そんな会話をしながらも歩き出す。ロビーまで来た時、俺はふと見覚えのある後ろ姿を見つけた。


「あれ……? 向こうにいるのって、もしかして高嶺さんじゃ……」


「え……?」


 凪沙は驚いたように声を上げると、俺と同じ方向を見る。そこには、やはり高嶺鈴によく似た人物が立っていた。


「本当だ……なんでこんなところに……?」


 凪沙は訝しげな表情を浮かべると、警戒するように後ずさりをした。


(やっぱり、俺を見張っているのか……?)


 思わず身構えるが、予想とは裏腹に高嶺はこちらに振り返ることもなく出口に向かって歩いていく。

 拍子抜けしてしまったが、どうにも様子がおかしい。結局、彼女は俺達の存在に気づかないまま病院を出て行った。


(高嶺の目的が何だったのか気になるところだけど……きっと、下手に追いかけないほうがいいよな)


 俺はそう判断すると、凪沙に「帰ろうか」と声を掛けた。


(やっぱり、気になるな……)


 凪沙と別れた後、俺は家路につきながらそんなことを考えていた。

 というのも、一度目のタイムリープの時──夏祭りの日に、二条と小日向が「高嶺さんの姿を見かけたから気をつけて」と忠告してくれたのを思い出したからだ。

 あの時、結局高嶺は俺たちに接触することはなかったのだが……今回は違う。明らかにこちらの行動を見張っていたように見えたのだ。

 一度疑惑が生まれたからには何らかの対策を講じたほうがいいのかもしれないが、具体的に何をすれば良いのかが思い浮かばない。


「まあ、でも……今のところ世羅はSNSで誹謗中傷を受けていなさそうだし。後は、孝輝の自転車に細工をしていた犯人さえ突き止めればそう悪い方向に向かうこともないよな」


 俺はそう自分に言い聞かせるように呟くと、「よしっ」と気合いを入れて家までの道を急いだ。



「あ、おかえり。湊」


 玄関のドアを開けるなり、リビングの方から母の声が聞こえてきた。どうやらキッチンで調理をしているようだ。


「ただいま」


 俺はそう返すと、手早く靴を脱ぐ。その時、リビングからひょっこりと母さんが顔を覗かせた。


「孝輝君、どうだった? 大丈夫そうだった?」


「うん。命に別状はないって」


 俺がそう答えると、母さんは「良かった……」と安堵の息を吐いた。


「あんた、いきなり『孝輝が事故に遭ったらしいから病院に行ってくる!』なんて言って家を飛び出したもんだからびっくりしたわよ」


「ご、ごめん……緊急事態だったからさ」


 そう返した俺に、母さんは苦笑する。


「それで……孝輝君はすぐに退院出来そうなの?」


「しばらく入院しなきゃいけないらしいけど、そこまで長引くことはないだろうって」


 俺の言葉を聞いて、母さんは「それなら良かった」と安心したように頷いた。それから「晩御飯、もうすぐ出来るからね」と言ってまたリビングの方に引っ込んでいった。

 俺はそんな母さんの背中を見送った後、階段を上っていく。


(そういえば……タイムリープ前の世界では、母さんにも随分と心配と苦労をかけていたっけ……)


 両親は、俺の無実を信じてくれた。息子がクラスメイトの女子に痴漢呼ばわりされた挙句、教師から学校に呼び出されるという事態にさぞや心労が絶えなかったことだろう。

 担任教師に「湊がそんなことをするはずがない。何かの間違いだ」と訴え擁護してくれていた両親。それを見て、思わず涙を零した。そんな自分を強く抱きしめてくれた二人の姿を今でも鮮明に覚えている。


 けれど……両親は近所からの心ない批判の目に心を病んでしまった。そして、そんな日々に疲弊し、結局離婚を選択せざるを得なかったのだ。

 本来ならば息子である俺が助けるべき場面だったのに、何もできず支えることすらままならなかった後悔は今も消えてはいない。


(今回は、うまくいくのだろうか……)


 二度目のタイムリープをしたことで、未来がどう変わるのか分からない。俺の想像の範疇を超えているからだ。

 けれど、両親にとって温かく幸せな未来を手に入れてほしいと思う一心だけは確かにあった。

 家族や友人たちのこれからが健やかであること──俺の願う未来は、ただそれだけなのだ。


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