言われればその通りだった、だがカルナックが仕掛けた攻撃は精神寒波の他にも法術による真空波の対人攻撃があったと思うのだが、それには一切触れずに話を進める。まず今回カルナックが行った攻撃を詳しく分析すると次のようになる。
「先生が使った攻撃は主に二つ、一つは対法術圧迫、きっとこれが精神寒波。僕自身受けたのは初めてだったけど障壁のおかげで殆ど無力にすることが出来た、逆に障壁を展開せずにまともに受けていたらギズーやガズルのように体の自由が奪われて途轍もない恐怖が体を襲う。身動き取れない上に恐怖まで刷り込まれたら絶望が襲うから対人にはものすごく効果的なんだろうね。次に行ったのが風の法術を使った衝撃波だと思う、同じものだったら僕も使えるけど威力が桁外れに違うと思う、先生がその気にあれば周りの木々も含めて僕達は一瞬で真っ二つになっちゃうよ」
「レイ君、おだてても何もでませんよ?」
またお茶を啜るカルナック、ニコニコと笑顔でそう話をした。
「ですがレイ君、障壁を使えるぐらいではインストールマスターと戦うのは無謀ですよ。特にレイヴン、彼を相手にするのであればこちらもインストールを習得し更なるレベルアップを行わないと勝ち目はありません」
口にくわえていた指を離して絆創膏を張るレイはカルナックの言葉を頷きながら聞いている、回りのガズルとギズーも頷いた。
「レイヴン・イフリート、先生の一番弟子で現存する四人の剣帝の頂点。今一番剣聖に近い人間ですね」
「その通りです。剣技はもとより炎の法術なら何でも使いこなします、油断は出来ません。インストールを使えばその法術の破壊力は暫定でも三倍、スピードも格段に上がり今の君達では手に負えないでしょう」
「待ってくれ剣聖、仮にレイとアデルがインストールを使えたとしたらどうなるんだ?」
ゆっくりと茶飲をテーブルにおいて目の前のお饅頭に手を伸ばす、一つ頬張って再び笑みをこぼした。
「分りませんね、レイ君が習得できるのは氷と風のインストール。アデルは炎のインストールだと思いますが何ともいえません。元々インストールで効果が大きいのは炎です、主力となるアデルが使ったとしても持って五秒、その間に何が出来るでしょうか。はたまたレイ君がどちらかをインストールしたとしても正直戦力にはなりません。氷は障壁の強化や自分のパワーアップ、風は自分や特定の人間を治癒させる目的。仮に障壁の強化や治癒で傷を癒そうとしたところでレイヴンがそれを上回る攻撃をしてきたら意味がなくなります。つまりは即死です」
スッと立ち上がると空になった湯飲みにお茶を入れ始め懐からタバコを一つ取り出して口にくわえた、右手で指を鳴らすと人差し指から炎が湧き上がる、それでタバコに火をつけて一服する。
「インストールで出来ることは限られています、全部のエレメントに様々な効果があるのと同じですが、すべて自己の強化も可能です、その中でも炎は風と氷以外の長所を取り込んだ最上位クラスです。その代償も大きく、自己破壊や最悪の場合エーテルバーストも引き起こします」
「エーテルバースト?」
ギズーが首を傾げた、元々彼は法術が全く使えずその手の話は苦手だった。法術の変わりに銃火器を使い攻撃するスタイルだったギズーは聴いたことの無い言葉に反応していた。
「エーテルバーストとは、自信のエーテル全てを暴走させ体内から破壊する現象を言います。一度エーテルバーストが発動してしまえば術者の体は木っ端微塵に破壊されるかもしれません、今のアデルなら起こりかねませんね。万が一無事で居たとしても精神が破壊され見た目は激変し化物に転化してしまうでしょう」
一同がゾッとした、それほどまでに代償が大きいとは思いもよらなかった事。そしてそんな術を何故この人は編み出したのか、編み出さなければならない理由があったのか。
「最悪エーテルバーストが起きなかったとしても、炎の力に精神が乗っ取られ暴走。敵味方関係なく攻撃を行い最終的には自害します。炎は気性が荒いですからね」
淡々と説明を続ける、左手でタバコを指にとって煙を吐き出した。口から吐き出されたそれは白く部屋を濁していく。
「そうだ先生、話は変わってしまいますが聞きたいことがあります」
「聞きたいこと、ですか?」
突然の話題変更に目を光らせながらレイの顔を見る、再びタバコをくわえると自分の指定席に戻ってまた饅頭に手を伸ばす。
「神苑の瑠璃について何か知っていることはありませんか?」
饅頭を取ろうとしたその手がピタっと止まる、ゆっくりとレイに顔を向け凝視する。レイは何か聞いてはいけないことを聞いてしまったのかと驚いている。心配そうにレイの指を擦っていたメルもビクっと肩を震わせる。ギズーとアリスもピタッと動きを止めてしまった。
「レイ君、どこで瑠璃の事を?」
「アデルが話してくれたんです、まだ明確ではありませんが帝国も瑠璃の捜索に動き始めた様子です」
一段とカルナックの表情が険しくなった、その顔を見てレイは恐怖を覚える。今まで見たこと無いその目、話しかけるにも怖くて声を掛けづらい感じだった。
「――指揮を取っているのは誰か分りますか?」
「剣帝序列筆頭、レイヴン・イフリート」
居間に居た全員が声がした方を見る、そこにはフラフラとまっすぐ立つ事もできないアデルが居た。頭を左手で抑えて右手で壁に寄りかかっている感じだった。
「ここに来る途中に聞いた話だ、中隊規模を引き連れて向かうところを見たって行商人が居たんだ。おやっさん、神苑の瑠璃っていったい何なんだ? 帝国が狙うほどの代物なのか? アレほどの権力と力を持った帝国が今更何でそんな石を欲しがる、中央大陸と西大陸を武力で制圧するほどの力を持っておきながら今更何を願う?」
「……」
カルナックはスッと立ち上がりアデルの傍へと歩き始めた、険しい表情でアデルを見つめ一つ溜息をついた後笑みをこぼした。
「君達が知る必要の無い物です、その石の事は忘れなさい」
「でもおやっさん!」
「なりませんアデル、あの石に近づくことでレイヴン達は全滅するでしょう。わざわざ貴方が戦う必要も無くなり無理をしてインストールをマスターする必要も無くなった、良い事じゃないですか。自分の命は大切になさい」
そういうとカルナックはアデルの肩に手を置いた、アデルは何か言いたそうな表情をしていたがそれをカルナックが首を振って止めた。そして自分の部屋へとゆっくりと戻っていく。
「どうしたんだろうな剣聖」
ガズルが口を開いた、重たい空気の中最初に言葉を発する。それからまた暫く沈黙が流れ風の音だけが居間に流れていた。
「アリス姉さん、何か知りませんか?」
食器洗いを再開しもくもくと片付けているアリスにレイは尋ねた、だが何も言わずに食器を洗う。その顔には動揺とどこか悲しそうな目をしていた。
「貴方達は神苑の瑠璃の事を聞いて、どうするつもりだったの?」
一通り片付け終わった後アリスが手を拭きながら話す。
「分りません、先生のあの動揺を見る限り僕達には危険すぎる代物かもしれません。ですが挑む価値はあると思うんです、アデルが話したとおり帝国がその石を狙うのであれば僕達はそれを阻止します。何でも願いを叶えると僕は聞いています、帝国なんかが手に入れたらこの先何をするか分りません。ですから」
「石を手に入れ、破壊する……とか?」
ココアをコップに注ぐアリス、ゆっくりとカップの中にココアが溜まっていく。七分ほど入ったところで入れるのを止めてテーブルへと向かい、一際大きな椅子に座った。
「かつて、あの人も石を探しに旅に出た。もう何年も前のことよ」
「おやっさんが?」
「そう、今日みたいに風が強くて雪が降りそうなぐらい寒い日だった」
時刻は夜の十一時を回っていた、部屋を明るく照らすランプも程よく光っていて暖炉に近いプリムラは寝息を立てて眠っている。アデルはレイの隣に座り両腕をテーブルに置きその上に顔を乗せた。
「当時の弟子達は皆石を探すことに反対していた、その中でも異常とまでに反対した一人の弟子がいてね。私と同い年位だったと思う、その人は石について詳しかった。だからこそカルナックが旅に出ることを反対した」
「それで、その石って一体何だったんですか?」
「色々と噂はあったわ、君達の聞いた通り何でも願い事をかなえてくれる奇跡の石だという人もいたし、石を手に入れれば巨万の富と名声を得られるって言う人も居たわ。……全て違ってたけど」
両手でコップを持ち上げると中に入ってるココアを回し始めた、くるんと回るとカップの縁で円を書いて少し静まる。それを繰り返していた。
「神苑の瑠璃はね、異世界の魔王を蘇らせる儀式で使う神器として一度封印された。二千年も前の話よ」
「アリス姉!」
ギズーが立ち上がって怒鳴る、アリスはそれを申し訳なさそうな顔をして続ける。
「ごめんねギズ君、私から黙っているように言ったのに」
瞳を閉じて、困った顔をしながらアリスは首を傾けた。他のメンバーはこの二人が何を話しているのか全く分からないでいる。
「えっと、二人とも一体どうしたの?」
レイが戸惑いながらも口を開く。
「本当は内緒にしているつもりだったけど」