その後アデルの意識が戻ったのはすぐのことだった。ガバっと起き上がり腹部を手で触る。貫かれた筈の傷が跡形も無く消えている。そして周りには真っ赤に燃える炎、まるで全てを焼き尽くすかのような業火だった。
「熱くない?」
「気が付いたか若造」
後ろを振り向くと先ほどの老人が立っていた、両手を腰に回し激しく燃える業火を見つめていた。
「お主はこの業火をどう見る」
「どうって」
アデルはもう一度目の前に広がる灼熱であろう業火を見る、真っ赤に燃え全てを焼き払うその灼熱の炎。
「お主は炎と言う物をどう感じどう受け止める、その先に見えるものはあるか?」
「――いや」
「この業火を見ても何も感じぬか?」
一瞬、目の前に広がる業火の海がうねりを見せ一本の道を作った。その道を老人が進む、それをアデルがゆっくりと追う形になる。
「炎とは即ち生命の力、天高くから我らを照らす恒星もまた炎。全ては恒星の光を受け、熱を感じ、それを糧に我らは生きる。炎とは命を司り、また終焉をも呼ぶ」
「終焉?」
「そうじゃなぁ、呼び方はたくさんあるが……お主でも分かるように説明しなくてはならんな」
「助かるよ爺さん、俺は頭が悪いんだ」
業火のトンネルをゆっくりと二人が歩いていく、先にもアデルが言ったとおり熱さは無いらしい。
「始めに無が有った、無は有を作り出し全てを作った。極限までに熱せられた世界を灼熱と言うのであればこの業火は蝋燭の炎と等価じゃろうて。始めの炎は主ら生命をも作り出すほどの物じゃ」
「宇宙誕生の炎、ビックバンか」
「そうじゃ、それが創生の炎。対して終焉を呼ぶ物は何か、我らが頭上高く有るあの恒星の事じゃ」
ゆっくりと業火の中を二人は歩いていく、次第にその業火は姿を縮小させていく。
「主らが住んでいるこの星は後何億年かすれば恒星に飲まれるだろう、それが終焉の炎じゃ」
「なら俺には関係のない話だな、その時代まで生きてる自信はない」
アデルが横に流れる業火の川を見ながらそういった。
「お主が今まで作ってきた炎はワシの本の一部じゃ、インストールとはワシを理解しワシと契約を交わしワシを知ることに始まる。それの使い手がどんな理想を抱きどんな使い方をしようとワシの知るところではない」
「それが例えこの世界の秩序を破壊して世界を壊そうとしてもか?」
「関係の無い話じゃ、ワシは貴様ら人の中に生きておる。仮に世界が崩壊したところでワシは人、大地、恒星の下で作られる。ワシは一人じゃ無いのじゃよ小僧」
老人が立ち止まった、同時に回りに流れる業火の炎はブワっと風にかき消されたように姿を消した。
「小僧、ワシを理解できるか?」
「……」
「貴様はワシを知ろうとするか?」
老人は手に持つ杖をアデルに突きたてた。それを眉一つ動かさずアデルは老人の顔を見つめていた。
「愚問だったようじゃな」
「必要とあれば俺は修羅にでもなるさ、爺さんを理解する事は時間がかかるだろうけどな」
「修羅か、悪鬼と言えばまだ聞こえも良かろうて」
老人はそう言い残して笑った、対してアデルは先ほどと同じように老人の顔だけを見つめてその場をピクリとも動かない。
「では本題に入ろうかのう。炎とは始まりであり終焉である、これは先も述べたとおりじゃ。問題はこの先、それを扱う者の意思次第で炎は姿を変える」
老人は右手を前に持ってくると手のひらを上に向けた。すると青白い炎が手の平からあふれ出した。次第にそれは紫色に成り、だんだん白く色を変色させていく。
「青白い炎は冷たさにも似た冷徹な炎じゃ、決して冷たく無いその熱は次第に灼熱へと姿を変え最後には白く成り消える。まるで人と同じじゃな小僧」
「どういう意味だ?」
「そのままじゃ、人とはなんとももろく儚い。だからこそ弱く力を欲する。力を手に入れる代償が廃人じゃて……真意を理解せずに炎を使えば灰塵と化す」
その言葉にアデルはとある噂を思い出す、二年前の話だった。
「噂で聞いた事有るな、法術未鍛錬者が己のエーテル貯蔵量に過信しすぎて大法術を使い、エーテルが暴走して自身すらをも焼き殺す事件が。確かその時の法術者は骨すら残らなかったと聞く」
「近いものがあるのぉ、それは単純にエーテルバーストしただけだろう。だが例えとしては悪く無い。術とは己の中にある魔力の源エーテルの残量によって変わる。カルナックも言うてた通りじゃがワシ等は術使用者を喰らう事も有る、その結果人では無い何かに変貌させてしまう事もしばしばじゃ」
右手を握ると炎はブワっと風に流れ姿を消した。アデルは難しそうな顔をしてその場にあぐらをかいた。
「俺は頭が悪いと言っただろう、もっと分かりやすく説明できねぇか爺さん」
「ふむ、ならば実際に体で覚えて貰おうか」
「体で覚える?」
「剣聖、あれからずいぶんと時間が経つけどいつまで続くんだ?」
部屋の出入りを禁じられた二人は居間でカルナックとアリスと四人で過ごしていた。あれからさらに数時間は経つだろうか、その時間がやけに長く感じられた。
「分かりません、三十分後かもしれませんし明日かもしれません。もしくは来月、来年……」
「二人次第ってことかよ、大そうな術だなしかし」
ガズルがソファーに寄りかかって悪態をつく、それを横目にカルナックはため息を一つ。
「仕方有りません、こればかりはあの二人の強さ次第でしょう。先ほどから二人のエーテルの量は変わっていませんのでまだ何も変化はおきて無いでしょう」
スッと立ち上がりカーテンの外を見る、この季節にしては珍しい大雪の日だった。昨夜から降り始めた新雪は次第に量を増して道を隠していく。
「ただ、先ほども説明した通り最悪の事態には備えて置いてください。エーテルバーストが起こり自我を亡くしたら最後。彼らは見境なく私達を襲うでしょう。その時は心を鬼にしてください」
「それだけは避けたいな、仮にバーストしたとしてその力はインストールした時と同じなんだろう? 元々の強さが桁違いのあいつ等が更に強化されたとなれば俺達が太刀打ち出来るかどうか。剣聖が使った精神寒波が常に出されてる状態であれば俺達は身動き一つ取れないだろうからな」
最悪の事態に備えろと言われてはいるがまさにその通りだった。その前に二人は親友である二人と戦う事自体に違和感を覚えている。今まで一緒に過ごしてきた仲間と急に戦えとは剣聖も人が悪い。だがそうでなければ自身すらも守れない事は分かっている。カルナックが一番恐れていた事はまさにこれなのかもしれない。
「だがよ剣聖、仮に習得できたとして勝算は正直どうなんだ? インストールマスターのレイヴンの力は一度戦ってるから有る程度は分かるけど、それでも全力じゃなかったはずだ。あの時戦ったレイヴンのさらに何倍も強いんだろう?」
「そうですね、どの位の力を出したのかは分かりませんが比較になら無いでしょう。ましては炎のインストールです。尋常では無い戦闘能力である事は確実です、私の元で修行していた時とは比べ物に成らないほど強いでしょうね」
フフと笑って見せる、その笑顔にガズルとギズーは正直呆れていた。
「剣聖、あんたって人は本当に雲をつかむような人だな。何がそんなに嬉しいんだ?」
ギズーが壁により掛かってカルナックを睨む。同じようにガズルも睨んでいた。
「嬉しいって訳じゃ無いですよ、ただ……彼には悪いですがその化け物の様な相手に喧嘩を売る皆さんは本当に若いなって思っただけです。私ならお断りですね」
「ちぇ、本当にそれが本心かどうかも怪しいな。大体剣聖あんたは――」
そこでガズルの言葉が止まった、同時にカルナックの動きも止まる。二人は咄嗟にレイとアデルが居る部屋に顔を向ける。
「ん? どうしたんだ二人とも」
「ギズー、お前分からないのか? エーテルが殆ど無い俺にだって感知できるんだぞ」
「だから何を言ってやがる――」
何一つ感じられないギズーもガズルの表情を見て悟った、瞬時に自分の獲物を両手に構え部屋を凝視する。
「剣聖、何が起きてる?」
ギズーとガズルの顔は汗だくだった、両腕は鳥肌で逆立ち本能がその場から逃げろと騒いでいた。だが恐怖のあまり動く事が許されない。
「どちらかがエーテルバーストしたようです。アリス隠れて居なさい」
その言葉に一つ頷くとアリスはキッチンの下に有る収納庫へと身を隠す。カルナックは立ち上がると左に添えていた刀を鞘から引き抜く。
「レイ君がバーストするとは考えられません、アデル君の確立が高いでしょうね」
「簡単に言ってくれるな剣聖、炎のインストールを身にまとったアデルとかもはや化け物クラスじゃないか!」
「だから覚悟を決めてくださいと言ったでしょう」
ゆっくりとだが確かに違和感が部屋のドアへと近づきつつある、三人はゆっくりと戦闘準備を作り各々の武器を構える。
「来ます!」
カルナックの叫びと同時に部屋のドアが吹き飛び、中から尋常では無いエーテルの量が外へと溢れて来る。同時にとても嫌な気配と共にそれは現れた。