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第十六話 知られざる事実とケルミナ襲撃 Ⅰ

 何処までも続く草原があった、そこに一人だけ少年がいた。アデルだった。

 カルナックにより深層意識の中へと再びダイブしたアデルだったが、そこは自分の深層意識の中ではなかった。彼の親友レイ・フォワードの深層意識の中である。見渡す限りの大草原がアデルの眼下に広がっている、草は風に揺られて同じ方向へと揺れる、まるで風が通った後を示すかのように。


 アデルはごくりと唾を飲み込む、何があるかわからないその世界で彼はゆっくりと歩き始めた。その先に何があるのか全く分からないが歩くしかなかった。彼の親友を助け出すためにアデルはひたすら歩く。しかし歩けど歩けど草原はどこまでも広がっている。地平線が三百六十度広がり続けている。唯一目にしたのが深層意識の中に到達した時、目の前に現れた巨大な木だった。これがレイの深層意識なのかとアデルが首を傾げた。自分の時とは比べ物にならないほど清々しい景色だったからだ。それにちょっとだけアデルは嫉妬する。今まで一緒に過ごしてきたからこそ分かるがこれ程までに清々しい空間を持っているレイにあこがれ始めた。


 数分歩いてアデルは一つの事に気が付く、彼が今まで歩いてきた道には歩いた後が見当たらないことだった。アデルはここで首を傾げて右足を上げる、そこにはアデルの足で踏みつけられた草が根元から折れている。そこから数歩歩いて後ろを振り向く。だがそこにアデルが歩いた痕跡は残っていなかった。


「不思議な処だ、レイは一体普段からどんなこと考えてんだろう」


 笑いながら呟いた、それからしばらく歩くが景色が一向に変わる気配がない。流石に歩き疲れたのかアデルはその場に座り込む、もう一度周囲を見渡すが何一つ景色が変わっていない。ここでもう一つアデルは気が付く。


「あれ……あの木」


 視界に入ったのは一本の木だった、この世界に飛ばされてきて最初に目に映った物である。これだけ無限に広がる草原の中に一本だけ立つその木は嫌でも目立つ。アデルは腰を上げてその木を目指して歩き始める。一歩一歩確実に草原を歩き木に近づいていく。一度歩みを止め後ろを振り返ると今度はちゃんと通ってきた印が残っていた。


「移動してるつもりが移動出来てなかったんだな」


 そう、アデルは歩いているつもりがもとに戻されていた。気が付いたのは一本の木だった、彼是十分以上は歩いているはずなのにその木はアデルが深層意識の中にダイブした時と同じ場所にあったからである。そして今度は目標物を見つけそこに歩き始める。今度は確実に移動していた。


「大きな木だな、お前のおかげで助かったぜ」


 木の根元まで歩いたアデルは目の前に聳え立つ大きな木に一つノックする、コツンと音を立ててその木に直接触れた。その時大きな風が吹いて木の枝を揺らし始めた。揺ら揺らと枝を揺らしその間から木漏れ日がアデルを照らす。まるで真夏にそこにいるような感覚だ。だが不思議と夏のような暑さは感じない、木漏れ日は夏のようで気温は春の陽気だった。


「なぁ、親友を探してるんだけど知らないか? 青髪で青い瞳、ついでに青いジャンパーを着てるんだけど」


 木に問いかける、それに反応したのか一本の枝が生えてきた。その枝はアデルの後ろのほうにまで伸びてピタッと止まる。その方角に行けと言ってるような気がした。


「俺を迷わせるつもりか案内するつもりか、どっちかな?」


 お道化て見せた、それに対して草木が突風で揺れる。アデルのふざけた態度に遺憾を唱えるかのようにも見えた。


「ははは、悪かったよ。あっちにいるんだな?」


 今度は穏やかな風が吹いてきた、それを見たアデルは笑顔を作って帽子を右手でとる。一つお辞儀をすると帽子を被りなおして枝が指す方に体を向ける。


「ありがとさん」


 左手を上げて挨拶をしてその木から歩き始める、風は相変わらず優しく草を撫でている。その中を歩くアデルはとても気分がよかった。理由は二つ、一つは自分の深層意識の中では味わえなかった明るい世界であったこと。もう一つは自分の親友の心の中がこんなにも穏やかだったこと。真っ暗だった自分の深層意識の中を歩いていた彼はとても不安であった。自分の心にこんな闇があるなんて、最初はそう思っていた。だが次第にそれは間違いであることに気が付く。真っ暗ではあったが、それは炎帝が作り出した世界なのかもしれないと。もう一度自分の深層意識の中に潜ってみたい気もが湧いてくる。次に潜ったときはどんな光景が彼の目の前に広がるのだろう。アデルはそれをひそかに楽しみにした。


 しばらく歩き続けるとまた一本の木が見えてきた、今度の木は先ほどと異なり少し小さいように見える。アデルはポケットに両手を突っ込んでその木を目標に歩き続ける。時折吹く風が心地よい、草原を駆け抜ける風はアデルの黒く長い髪の毛を優しく撫でる。それがアデルにはくすぐったく感じた。まるで子供が意地悪してるようにも思える、そんな風が時折吹いていた。アデルはそれが可笑しくクスクスと笑っている。


「さて」


 二本目の木に到着した、先ほどの物より少し小柄ではあるがこれも立派な木だった。幹は地中深くにまで伸びしっかりとその体を固定している。ちょっとやそっとじゃ折れないだろうとアデルは確信する。見上げると枝は無数に伸びて緑色の葉っぱを無数につけていた。


「よう、親友を探してるんだけど知らないか?」


 同じように問いかける、しかし今度は何も返事がなかった。風が吹いて枝が揺れてはいるが何のアクションがなかった。だがアデルはしばらくその場で待っていた。先程の木もそうだが現実世界でそんな反応があるはずもなく、まるでおとぎ話の中にいるような気分にさせてくれる。


「なぁ、知らないかな? 青――」


 そこまで言うと突然黙った、何やら木の後ろでガサガサと音が聞こえてきたからである。アデルはゆっくりと木の裏側に回ってみた。


「はは、答えてくれてたのか。悪いな気が付かなくて」


 そこには木製のドアがあった、ただぽつんとドアだけがそこに置かれていた。木からはそのドアに向かって枝が伸びている。真後ろで反応していてはアデルは気が付かない。だがそれを知らせる手段が見つからなかったのだろう。枝が揺れていたのは多分このことを必死に知らせようとしていたのだとアデルは思った。せかせて悪い気がしたアデルは一言。


「ありがとな」


 そうお礼を言うとアデルはまた帽子をとってお辞儀をする。ドアノブに手を掛けてゆっくりと回した、するとドアはゆっくりと開き始める。その中は別の空間につながっていた。一歩足を踏み入れるとそこはまるで戦争でもあったかのような焦土だらけの土地だった。土が焦げるような匂いがアデルの鼻につく。左手で鼻を覆いドアを跨いで次の空間へと入った。

 するとドアはゆっくりと薄れていって消えてしまった、それを見てアデルは後戻りができないことを知る。ため息一つついて焼け焦げた世界を歩き始める。

 木々が焼け焦げてそこら中に散らばっている、それらから煙が立ち上り視界が悪い。先ほどまでいた空間とは真逆な景色にアデルは驚いていた。先ほどの景色がレイの深層意識であればこの景色はなんだろうか。これが炎の厄災なのだろうかと自問自答する。

 だが答えはすぐに分かった、そこに漂うエレメントを感じたからだ。常に隣にいた親友の周りにまとわりついてたエレメントをその空間で感じた、つまりこの景色もレイの記憶の一部なのだろうか。はたまた彼が感じている不安や恐怖といった感情がこの空間を作り上げているのだろうか? それはまだわからない。


「何だ」


 相変わらず焼け焦げた匂いが鼻につく、それも動物が焼ける匂いも混じっている。彼自身炎を使った法術剣士であることから人が焼ける匂いには多少なり慣れている。しかしこれは――一人や二人ではなかった。複数の生きたものが物が焼ける匂いがする、それ以外にも血の匂いが混じっていることに気が付く。鼻が曲がりそうだった、これ程の匂いを彼自身経験したことがない。あまりの匂いに表情は歪み思わず後ずさりする。


「何だよこの場所」

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