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第十七話 記憶の彼方にある物は―― Ⅲ

 あれから数分、彼等は焦土の景色へと戻ってきていた。

 アデルは地面に突き刺さったグルブエレスを引き抜きそれを鞘に納める、厄災はあれからずっとどこか遠くを見ているかのように一点だけを見つめている。動かずただひたすらと遠くの一点だけを見つめていた。


「終わったのか小僧」


 体の動きを封じられていた炎帝が突如として動き出してアデルに問う。それに対して首を横に振って静かにアデルは答えた。


「イゴールのほうは終わった、後は逆光剣でこいつを消し去れば俺のミッションは終了だと思うけど」


 視線をずっと立ち尽くしているレイ本体へと移す、微動だに動くことなくそこに立っている。


「その前にレイをどうやって正気に戻すか」

「何じゃと?」

「仮に今イゴールをレイの体から除去したところで本人がこの状態じゃ廃人と同じだと思うんだ。魂の無い抜け殻みたいな状態になっちまう」


 ゆっくりとレイの元へと足を運ぶアデル、ずっと怯えていた小さなレイはやっと正気を取り戻して泣くのをやめた。その小さなレイを炎帝が介抱し抱きかかえる。


「多分こいつは、イゴールに見せられたあの記憶をそのまま真正面から受け止めちまったんだ。まっすぐな性格してるだけあって多分トラウマにも似たものを植え付けられたんだと思う。それから自分自身人間の事を信じられずに自身暗鬼になって塞がっちまったんだろう」


 それは異常なまでにレイの心境を獲ていた。何故アデルがこうまでもレイの現状を把握できたのか、それは再起動にある。厄災の記憶に再起動を掛けた時、互いの深層意識がリンクしてる厄災とレイの心の中を同時に覗くことができた。正しくはレイの意識が流れ込んできたと言えば正しいだろう。


「確かにあんなものまともに受け止めちまったら俺だって狂っちまいそうだ、それを助けてくれたのがレイだ。こいつ、こんなんになっても多少なり俺の事考えてくれてるみたいでよ。まぁなんでか恨まれたけど」

「恨まれていた?」

「あぁ、今更何の用だってさ。イゴールの記憶より俺はそっちに腹が立って半場それどころじゃなかった。だからこそある意味客観的にイゴールの記憶を見ることが出来たのかもしれねぇ」


 淡々と寂しそうな表情をしてアデルは話す、だがその右手は握り拳を作っていた。


「だが俺はそれが気に入らねぇ、レイはそんな男じゃねぇんだ。自分の意思を他人に捻じ曲げられるようなやわな人間じゃないんだ、それをこんなにも簡単に洗脳されちまったコイツが気に入らねぇ!」


 左足を一歩前に踏み出して地面を踏み込んだ、腰を捻って右腕を大きく後ろに振りかぶって反動をつける。


「レイ、歯ぁ食いしばれこのくそったれ野郎!」


 腰を入れて思いっきりレイの左頬に自分の右手を力いっぱい殴った。殴られた衝撃でレイの目に光が戻り意識を呼び起こした。だが殴られた衝撃は無防備でただ立っていたレイの体を吹き飛ばす結果になる。そしてあたりの景色が一変する。最初に現れた無限に広がる広大な草原へと移り変わった。

 全力で殴った、文字通り全力全開で自分の親友を殴り飛ばす。レイ自身意識が戻ってきたが自分が現在どんな状況に置かれているのか全く理解できていなかった。


「目ぇ覚めたかこの野郎!」

「アデル? え、何がどうなってるんだ」


 レイは殴られた左頬を押さえながらゆっくりと立ち上がる、最後に見た景色とは別の場所にいることに驚きながら辺りを見渡し、今自分がおかれている状況を整理し始める。


「確か僕は、イゴールの記憶を見せられて……そうだ、イゴールは!?」


 アデルが正気に戻ったレイを見て一安心する、ほっと胸を下すと首を傾げて後ろに向けて親指を突き立てる。そこには厄災が立っている。相変わらず遠くの一点を見つめて。


「お前はあいつに洗脳されていた、それを俺が解除してあいつの事もどうにか大人しくさせたんだ。もう悪いことはしねぇだろうよ」

「そっか。いや、助かったよアデル」


 レイが素直に感謝を述べている横で炎帝はため息をつく、ゆっくりと小さなレイを下すと手をつないでアデル達の元へと歩み寄る。


「何が解除したじゃ、お主はただ思いっきり殴っただけじゃないか」


 炎帝が渋い顔をして話しかける、それを聞いたアデルは気分を悪くしてムッとにらみつける。


「この方は?」

「炎のエレメント、炎帝ヴォルカニックじゃ。お主とは本来なら相容れぬ存在じゃよ、今はアデルの深層意識とリンクしているからこそこうして会話することもできるがの」


 そう、本来であればレイに炎のエレメントに対する適応力がない為こうして会話することも姿を見ることもできない。だが存在だけは感じることはできる。


「そうですか、お手数をお掛けしましたご老人。それと――」


 炎帝と手を繋いでいる小さな子供に目を向ける、すると小さなレイは肩をビクッと震わせ炎帝の後ろへと隠れてしまった。


「この子は、僕?」

「ケルミナ襲撃の時のお前だ。自分でも無意識のうちにあの記憶から隔離しちまったんだろう」

「あの記憶?」


 レイが首を傾げた、それにアデルは驚く様子もなく何かを悟ったような表情をした。あの残虐な記憶を思い出さないように記憶だけを分離したのだろう。だが同時に小さなレイにアデルは複雑な表情を向けた。


「アデル?」

「いや、大丈夫だ。なぁちびっ子」


 アデルがゆっくりと足を曲げて小さなレイと同じ目線に顔を落として複雑な表情を今まで誰も見た事のないような優しい微笑みを見せた。


「大変だったな、俺の親友を守ってくれてたんだな。ありがとう」


 そう言って頭に右手を乗せ撫でた。思えばこの世界にダイブしてきた、レイを見つけ声をかけた時もこの小さなレイが本人を庇う様にアデルの注意を引いていた。この子は自分だけ辛い思いを、あの悲惨な思い出を何度も何度も繰り返し見続けてきた。その記憶を本人に悟られないように、記憶が漏れ出さないように。


「辛かったな」


 ゆっくりと小さなレイを引き寄せて抱きしめた。当時の年齢でいえば七歳、そんな小さな子供が自分の将来の事を考え行った小さな行動。だがそれは大きな勇気でもあった。抱きしめられた小さなレイはその言葉に目から大きな、大粒の涙を零した。

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