そう言って剣を交差しようとした、しかしアデルの持つ剣が交差してぶつかることはなかった。アデル自身苦渋の決断を下して再びイゴールを虚無の空間へと送り出そうとしていたまさにその時だった。右手に違和感を感じたアデルは自身の腕を見る。
「待ってくれアデル」
レイだった、レイがアデルの腕を掴んでいた。
「イゴール、あんた本当にそれでいいのか?」
今までずっと見つめているだけだったレイが突如としてイゴールに話しかける。それに対してイゴールは何も発言することはなくじっとレイを見つめている。
「本当は悔しいんだろう? 帝国に一矢報いたいって言ったじゃないか、今まで受けてきた事を返したいんだろう? なのにあんたは本当にそれでいいのか?」
「……」
「それにあんた言ったよな、力をくれてやるって。だったらこのまま僕と一緒に来ないか?」
その場にいた全員が虚を突かれた、突然言い出した言葉に思わずアデルは耳を疑ってしまった。確かに無害にはなったと思われるイゴールではあるが過去の厄災の一人をこのまま体内に残すというのだ。
「レイ、お前正気か!?」
「もちろん、それにイゴールの力はアデルもよく知ってるだろう? 僕はまだ実際にそれを見てないから分からないけど、話を聞く限りじゃ先生でも太刀打ちできない程の力だったっていうし。今後僕達の力になってくれると思ってる」
確かに戦闘能力だけで見ればそれは凄まじいものはある、しかし、本当に安全だろうか? それだけがアデルの脳裏をよぎる。
「僕からもお願いするよおじちゃん」
炎帝に手をつないでもらっている小さなレイがそう言った、視線を落として小さなレイを見る。その表情には迷いの色は見えなかった。
「僕がこの黒いおじちゃんの事見張っとく! だから大丈夫!」
「大丈夫たってお前」
小さなレイがアデルの元へと歩いてきた、そしてレイの手を握る。二人は顔を見合わせて頷きアデルを諭す様に続ける。
「元はと言えばこの子の提案なんだ、直接頭の中に声が流れ込んでくるような感じで話しかけてきてさ。きっとこうするのが一番良いって。僕自身迷ったけどどうしてもっていうんだ、きっとこの子なら何とかしてくれると僕は信じる」
「と言ってもなぁ……どうするよ爺さん」
困り果てたアデルが炎帝へと尋ねる、暫く成り行きを見守ってきた炎帝が突如として笑い出す。大声で笑い両手を叩く。
「好きにさせればえぇ、こやつももう何もできんだろう。それに」
チラッとイゴールに目配りをする、当の本人は何が何だか分からないでいた。目の前でしゃべるこいつらは一体何を言っているのだろうと終始あたふたしている様子だった。
「仇討ちって言うのは本人がやるべきことじゃ無かろうかのぉイゴール?」
一筋の光が見えた、イゴールの失った目にそれは確かに映っていたと思う。流すことのできない涙を流し、目の前にいる者達に感謝し、その場に崩れた。同胞たちの無念を討てる、それもこの手で。二度と仲間達の仇討ちなんて出来ないだろうと思っていたところに見えた一筋の光。まさに希望の光だった。
「私は――」
アデルも他の三人の意見にため息をついて観念する、そして後ろを振り向き崩れ落ちて震えているイゴールを見る。後悔などはもうしない、それはレイ達が決めた事だと言い聞かせ。
「私は、一矢報いたい! 我らが同胞の敵を倒したい! それが例え大隊でも――いや、一人でも!」
その声は遠く、ずっと遠くまできっと届いていただろう。無念のまま死んだ仲間達へ届くような気がする。草原は広く広く遠くまで広がっている。見渡す限り地平線のその景色の中で彼らはイゴールの決意を受け取る。封印されて千年、どれだけの苦痛がイゴールを襲ったのか、それは彼等には分からなかった。それでも今は少し分かるような気がする。特にレイはその感情に涙する、彼もまた同じであった。その涙の理由はまだ彼には分からないだろう。小さなレイが抑え込んでいる記憶がいずれ本人の帰ってきたときにそれが分かる。その時までは――今はまだ。
因果とは時に残酷なものである、時代さえ違えどレイとイゴールは似たような境遇だったのかもしれない。お互い帝国に大事な者を奪われ、その者たちを自らの手に掛けている。数奇な運命とはよく言ったものだ。だからこそ彼らは魅かれあい、こうして一緒になったのかも知れない。
帝国――それは遡ること二千年以上前から続く武力国家である。いつの時代も世界を思いのままに操ってきた巨大な組織。しかし設立当初は今のような姿ではなかったと伝わる。それを知る者はこの世になく、古い書物の中で書かれてきた嘘か本当か。今となっては調べることも真意を知ることもできない。だが少なくとも千年も昔から続く独裁世界にこの世界は疲弊しきっていた。各地で反乱が起こり戦争が始まる。そんな現代に彼らは終止符を打とうとしている。まだ小さな少年少女達だが心に抱くのは大きな思い。たったの数人でどこまで帝国に抗うことが出来るのかそれはまだ分からない。分からないからこそ強くなる必要があると彼らは常々考えていた。反帝国が根強い東大陸の英雄の名前を借りた反乱軍、FOS軍はこれからもまだまだ強くなるだろう。誰に求める事の出来ない暴走列車を止めるべく彼らはその先を目指し始めていた。
「さて、イゴールにはこのまま僕の中に残ってもらうとしてだ」
先程の話し合いからしばらくした後レイが話し始める、イゴールを体の中に残すと決めた後の事を話すようだ。それぞれがゆったりとした状態で話を聞く。
「イゴール、僕はあんたの力をどうすれば使える?」
「通常下であればその子によって制御されていますが、レイ君の呼びかけで私が表に出ることもできる」
「表に出る?」
「先程暴走した時に、体の主導権を私の自我で制御することが可能です、それ以外だと私のエーテルをレイ君に分け与える程度にはなるがどうだろうか?」
イゴールは両手を組んで話し始める、暴走時に起こった出来事をアデルは思い出しながら「なるほど」とうなずく。あの爆発的な機動力と攻撃力は確かに見方であれば頼もしい。
「ですがキーマンはレイ君以外にも用意しておきましょう、もしもレイ君が気絶していたりまともな判断を下せない状況下の時、その身に危険が及んでいても私は彼を助けることが出来ないかもしれない。その時の為に他の誰かが私を呼び起こす何かが欲しい」
「気絶してる時って、自分の意志で表に出ることはできないのか?」
アデルがそれを聞いていて首を傾げた、だがイゴールは首を横に振って答える。
「それは難しい、エーテル等を補うことは出来ても今の私には直接表に出るだけの力が残っていないのですよ。先ほどの暴走時に私の八割以上を剝がされてしまいましたから」
「あぁ~……それじゃぁ俺でいいかな? 多分こいつとは離れずにずっといるだろうしな。それに、これは俺達だけの秘密にしておいた方がいい」
レイがその言葉に疑問を抱く、不思議なことを言うアデルに対して難しい表情をしていた。
「秘密?」
「あぁ、この先何があるか分からない。イゴールの力は戦っている俺が良く分かってるがとても強大だ、それを悪用されたりしたら困る。言わばイゴールの力は今の俺達にとって切り札に近いんだ、まだ小さなFOS軍だけどこれから力をつけて大きくなっていけばいずれは帝国が黙っていない。スパイなんて送り込まれた日にはたまったもんじゃないだろ? だからこれは俺達だけの秘密にしておくんだ、保険は掛けておいて損はないと思う」
「アデル君の言うとおりです、この情報はなるべく知らせない方がいいでしょう」
アデルの提案はイゴールの賛成によって成立した、いざという時の事を考えての発言ではあったがレイは驚いていた。そこまで考えていてくれたアデルに内心びっくりしている。普段おおざっぱでぶっきらぼうな彼からそんな言葉が出てくるとは思っても居なかったからだ。
「で、どうすればお前を表に立たせられる?」
話がまとまった処でアデルが次へと進む、腰に刺していた剣を引き抜いて地面に突き立てる。その剣の柄の部分に腰を掛けた。
「まずは私とアデル君のエーテルを同期させます、次に僅かですが私の一部をアデル君の体に移しておくのです。後は私のエーテルにアデル君のエーテルを反応させてもらえればそれを起爆剤に表に出てこれると思います」
「俺のエーテルとイゴールのエーテルを反応させる……俺にそんな芸当が出来るかな」
アデルは苦笑いした、現在の彼にそこまでのエーテルコントロールがあるとは自分自身でも思えなかったからである。それを見た炎帝が笑い出した。
「確かにそうじゃのぉ、今の貴様じゃそんな芸当できぬのぉ」
「うるせぇよジジイ!」
「何じゃとこのクソガキ!」
二人は突如として言い合いを始めてしまった、同じような性格だなとレイとイゴールが二人そろって呆れている。
「ではこうしましょう、キーワードとなる言葉を作るのです。それを言っていただければ私のエーテルが自動的に彼のエーテルに反応するようにしましょう」
手を挙げて提案をした、二人の仲裁をするべくレイが間に割って入って止めている。引き離されたアデルはご機嫌斜めでイゴールの提案を飲む。
「じゃぁ絶対に言わない言葉の方が良いな」
「そうですね、日常では絶対に使わないような言葉が良いでしょう。そこで私から提案なのですが」
キーワードと発言してから自身の中で考えていた言葉を口にする、今までレイの目から外の世界を見てきた彼だからこそ思いついただろうその一言、ぴったりとも思える合言葉だった。
「*******」
「悪くないな」
その響きが良かった、レイもその合言葉に頷く。こうして三人は秘密の合言葉を作った。まるで契約するかのような気分が三人にはあった。強大な力を得たという感じではなく、あくまでも契約をしたと。そんな様子が伺えた。
「ではアデル君、私の前に来てください。今から君のエーテルと同期します」
「おう」
地面に突き刺していた剣を引き抜いて再び鞘にしまう、深く帽子を被りなおしてイゴールの正面に立つ。こうしてじっくりとイゴールの姿を見るが改めてすごい体になっているとアデルは感じていた。全身真っ黒に焦げていたと思っていたその体、実は黒色病で塩化し掛けていたと分かったからだ。改めてこの病気の恐ろしさを知った。
「では準備は良いですか?」
「あぁ、始めてくれ」
「分かりました」